太っちょ貴族と摩訶不思議なる肉料理4
「ウドン……? 聞いたことがあるような。……おお、そうだ、街でどんどん店舗を増やしておるとかいう、庶民向けの料理ではないか!」
そこで少し正気を取り戻した様子で、むっとした顔になるマグダナウ卿。
どうやら、そのあたりのことはご存じのようです。
「ええい、庶民が食うようなものをこの私に出すとは……!」
「まあまあ、そうおっしゃらず。噂の料理がどんなものか、確認しておくのも大事ではございませんか?」
何のかんの言いつつ、目がうどんに釘付けになっているマグダナウ卿に、私はそっとささやきかけます。
「こちら、職人が手塩にかけて作ったうどんにございます。その味は、まさに極上。しかも、すき焼きに入れたものを出すのは本日が初めて。マグダナウ様が、この国ですき焼きうどんを食べる、初めてのお客様になりますわ!」
「わっ、私が最初!? そっ、そうか……な、ならせっかくだし試してみるか……」
そう言って、小鉢に手を伸ばすマグダナウ卿。
そして、フォークを使ってうどんを口に運び、噛みしめた途端。
くわっ、とその目が見開かれました。
「なっ、なんだこのもっちりとした麺は……! 噛むと程よく弾力があり、内から美味しさが飛び出し、のど越しも大変素晴らしい! それがスキヤキの、残った煮汁と恐ろしくあっている! 美味い、美味いぞおおお!」
叫び、夢中になってうどんを食べ続けるマグダナウ卿。
そう、しめのうどんは、様々な野菜とお肉の美味しさがしみだしたタレと相性ばっちり。
成長したタレを最後まで楽しむためのもの、それがしめのおうどん。
溶き卵の甘みも合わさって、いっぱいになったお腹をやさしく包んでくれる、まさに最高のしめなのでございます。
「はあ、ふう……。最高だ……最高の、ディナーだった……」
うどんをぺろりと平らげ、椅子にもたれかかり、至福の表情を浮かべるマグダナウ卿。
私がデザートとしてバニラアイスをお出ししていると、そこでおぼっちゃまが、こう切り出しました。
「どうだ、マグダナウ卿よ。うちのメイドの料理は。うどんが人気なのもわかるであろう」
「は、はい、我が王よ。痛いほどわかりましたぞ。……ですが。これは、庶民には過ぎた味ですな」
あれっ。
マグダナウ卿の予想外の反応に、びっくりしてしまう私。
……そう来ましたか。
「そうか? 余は、そうは思わぬ。このメイド、シャーリィは庶民の出だ。民が豊かならば、このように才能あふれる者も出てくる。それは、国の宝と言えるのではないか?」
「才能ある者を召し上げることには、なんら異存はございませぬ。ですが、民、とくに商人がでかい顔をするようになっては、国は治まりませぬぞ」
とろんとした目をしつつも、抗弁を続けるマグダナウ卿。
どうやら、ここだけはどうしても譲れないようでございます。
「いいですか、王よ。国とは、気高く生まれた者たちで、正しく庶民を導いてやるもの。下が上を脅かすようでは、国が乱れてしまいます。ましてや、商人どもが思うままに権勢を振るうようになっては、王すら脅かしかねませぬ! なにより……」
なんて、お説教のような持論をまくしたてるマグダナウ卿。
どうも、言い分を聞いていると、民が豊かになることで貴族の地位が怪しくなる。
それを警戒しているようでございます。
このままではまずい。
そこで、私は思い切って口を挟む事にしました。
「マグダナウ様。おっしゃる通りだとは思いますが……ですが。民が豊かになることで、より貴族の皆様も豊かになれるとしたらどうでしょうか」
「……なに?」
びっくりした顔でこちらを見るマグダナウ卿。
それににっこり微笑み返して、私はこう続けました。
「おぼっちゃまの偉大なる統治によって、今後ますます我が国は発展いたします。そうすれば、結果的に生まれ出るお金も増え、貴族の皆様に入るお金も増大いたします。それに、ですね」
そう言って、私はニコニコ笑顔でクロエが差し出す紙を受け取ると、それをマグダナウ卿の前に広げながら続けました。
「商人も、使いよう。彼らは、常に出資者を求めています。貴族と、腕のいい商人が組めばまさに無敵。……実は、私の父が大規模な店舗展開を考えておりまして。よろしければ、ぜひマグダナウ様のお力をお貸しいただければ、と」
「なに……」
つぶやきながら、その紙……つまり、契約書に目を通すマグダナウ卿。
やがて、そこに書かれている景気のいい数字を見て、その顔が驚きに染まります。
「な、なんと。本気か、これは? なんという好条件……しかし、この、ハンバーガー屋というのは?」
「王宮で出して大評判だった、ハンバーガーを提供するお店ですわ! ある程度裕福な方々向けの店舗で、できれば店舗名にも、マグダナウ様のお名前をお借りしたいと思っております」
「私の名前を? どんな感じでだ」
「はい。マグダナウバーガー、なんていかがでしょう!」
そう、それは私がマグダナウというお名前をうかがった時から考えていたことでした。
この人、マクドナルドと名前が似ているな、と。
ちょうどハンバーガー屋出店において出資者が欲しい、という時期でもあり。
私は、考えてしまったのでした。
そう、これは運命だ、と!
この世界にマクドナルドがないなら、似たものを作ってしまえ、と!!
「ま、マグダナウバーガー……。私の名前が付いた、店か。わっ、悪くない……」
「はい。うまくいけば、百年マグダナウ様のお名前が続きますわ!」
「ひゃっ、百年……!」
功名心もばっちりお持ちのマグダナウ様には、それがかなり魅力的に聞こえたことでございましょう。
そこで、ダメ押しとばかりに私はささやきかけました。
「想像してみてください。マグダナウ様のお店に、裕福になった庶民がやってきて、こぞってマグダナウバーガーを注文する様を。それは、まさにマグダナウ様の貯金箱に、みんながお金を入れていってくれるようなもの。第二の税金と言っても過言ではございませんわ」
「おっ、おおっ……」
「ほら、またお金が入ってまいりました……チャリン」
「っ……」
「チャリン、チャリン」
「おおおっ……」
「チャリンチャリンチャリンチャリンチャリン」
「……うおおおおおおおっ! する! 契約するぞ! 王よ、確かに民が豊かなのは悪くないかもしれませんなああああ!」
右も左もわからなくなった様子で、契約書にサインするマグダナウ卿。
それを見て、私はこう確信したのでした。
(落ちたな)




