太っちょ貴族と摩訶不思議なる肉料理3
「おおおっ、なんということっ……なんと深い味わいだ! このような肉料理、たしかに食べたことがない!」
お肉を食べるなり、大絶叫を上げたマグダナウ様。
そして、私のほうを見て興奮気味にこう言ったのでした。
「おい、お主、これは何という名前の料理だ!?」
それに私はニッコリ微笑み、こう答えたのでございます。
「はい、マグダナウ様。こちら、すき焼きと申します!」
すき焼き。
言わずと知れた、日本が誇る肉料理。
砂糖をかけたお肉を野菜とともに鍋で調理し、卵で食べるという、恐ろしくオリジナリティにあふれた一品でございます。
「スキヤキ……! 砂糖で肉を煮るなど、と思っていたが、それが肉の輪郭をはっきりさせていて、より高みに導いている! それに、この煮汁の、異国情緒に満ちた深い味わいよ……それが卵と絡み合い、とてつもないレベルにまで到達しておる! おお、なんという、素晴らしい肉料理だ!」
と、早口で説明を入れてくれるマグダナウ卿。
うーん、貴族の皆さんは、リアクションが大きいのが基本なのでしょうか。
(でも良かった、気に入ってくれて。食べずに帰ろうとした時は、さすがに焦ったわ)
おぼっちゃまが事前に、「万が一の時は余に任せろ」と言っててくださらなかったら、動揺してボロを出すところでした。
そう、すき焼きはその衝撃的な調理方法と食べ方から、好き嫌いが分かれる料理。
前世の海外の方も、映像だけを見せるとこぞって気味悪がり、特に生卵で食べるのが許せないようでございました。
なにしろ、卵を生で食べるのは非常にリスクの高い行為とされ、日本国外では避けるべき行動としてよく口にされることですから。
そんな卵ですが、私はこちらの世界でどうしても生で食べたかったし、マヨネーズも作りたかった。
なので、父のつてを頼りに、生で食べている農家さんを探し出したのでした。
そちらでは、飼育場所を日々清掃し、エサを選別し。
さらに採れたばかりの卵を、秘伝だという洗浄液につけてよく洗い、その日のうちに生で食べているのだとか。
そんな卵をすぐに使用しておりますし、何度も食べて安全は確認しております。
そもそも、野生動物の肉を口になさっているマグダナウ卿なら、いまさら気にすることでもないでしょう。
「ああ、うまい、うまい、たまらん! ああああ、もう肉が無くなってしまったではないか!」
ご自身で鍋から肉をとり、あっという間に平らげてしまったマグダナウ卿。
そして寂しそうな顔でこちらを見るので、私はこうお伝えしたのでした。
「次の分を厨房でご用意しております。よろしければ、すぐにお持ちしますわ」
「おおっ、本当か、気が利くな! すぐに持ってきてくれ!」
「ええ、それはもちろん。ですが……よければ、お野菜も美味しゅうございますよ」
と、私がまだネギなどが残っている鍋を見ると、マグダナウ卿もそちらを向き、つまらなさそうに言いました。
「野菜ぃ? せっかく肉でテンションが上がっておるのに、野菜など……ふん」
そう言って、しぶしぶといった様子でネギや白菜を小鉢に取るマグダナウ卿。
そして卵によく絡め、口元に運びながら言います。
「野菜なんてものは、食べるものがない時に食べるもの……これも、うんまあああいいい!!」
ネギを口にしたとたん、また絶叫を上げるマグダナウ卿。
忙しい人だなあ……。
「馬鹿な、なんと甘く、美味しい野菜だ! よく味が染みておる! おおおっ、卵ともよく合うぞ! 生卵というものが、これほど美味しいものとは! うまいぞおお!」
と、野菜を次から次へと口に運びながら、心底嬉しそうなマグダナウ卿。
本当に、予想以上に気に入ってくれたようです。
何回も何回も試行錯誤して、ディナーシェフのマルセルさんと一緒に味を調整し続けた甲斐がありました!
向こうでは、おぼっちゃまも夢中になって(肉だけ)食べていますし、すき焼きは熱烈に歓迎されたと見ていいでしょう。
ですが。
(本番はここからよ、ここから)
そう思いながら、ワインの瓶を持ち、そっとマグダナウ卿にささやきかける私。
「マグダナウ様。こちら、ワインとも最高に合いますわ」
「おおっ、そうだな、いただこう! ……ううーん、うんまあああああい!」
ワイングラスを傾け、心底美味しそうに飲み干すマグダナウ卿。
すき焼きの濃ゆい味は、お酒が進むといいます。
大いに食べ、大いに飲み、どんどん緩んでいくマグダナウ卿のお顔とお腹。
そして、盛大に飲み食いした後、マグダナウ卿が夢心地で言いました。
「はあ……美味かった……。素晴らしい、素晴らしい料理だ……。なんという美食! ああ、私の負けだ……」
もうプライドも何もなく、素直に負けを認めるマグダナウ卿。
こんな気持ちいい負けなら大歓迎だ、と言わんばかりです。
ですが、そんな彼に私はなおもささやきました。
「マグダナウ様。まだ、しめが残っておりますわ」
「しめ……? 何の話だ?」
と、不思議そうな顔でおっしゃるマグダナウ卿。
そんな彼に、私は皿に乗った、白くて細長いものを差し出しました。
「こちらでございます。こちらを、こういたします」
そう言って、鍋から具材を取り除き、残った煮汁に細長いそれ、つまりうどんを投入する私。
そしてしばらく煮込み、うどんにある程度の火が通ったら、卵を回しかける。
卵にも火が通ったら、別に煮ておいた牛肉と長ネギを加え。
びっくりした顔で見ているマグダナウ卿の小鉢にそれをとりわけると、私は笑顔でこう言ったのでした。
「こちら、すき焼きのしめの、おうどんにございます!」




