太っちょ貴族と摩訶不思議なる肉料理2
「さあ、それじゃあ始めましょう! みんな、お願い!」
私がそう声をかけると、ダイニングの扉が開かれ、アンとクロエとサラ……私の班の三人が、ワゴンを押して現れました。
三人はてきぱき動くと、おぼっちゃまとマグダナウ卿の目の前に卓上コンロを設置します。
「……なんだこれは? 何を始めるつもりだ」
マグダナウ卿が面食らった様子でそうおっしゃるので、私はニッコリ笑顔で答えます。
「こちら、宮廷魔女が作りし、いと珍しき品、卓上コンロにございます。この通り、安全に火が出る仕組みになっております!」
そう言ってつまみを回すと、コンロがぼうっと火を上げます。
それにマグダナウ卿は一瞬驚いた顔をしましたが、すぐに余裕の笑みを浮かべました。
「なるほど、これは珍品だが、まさか目の前で調理をすれば新しいなどと思ってはおるまいな? 狩りで獲った獲物は、焚火ですぐに調理するのが一番の食べ方。それだけでは、珍しくもないぞ」
おやおや、あくまで強気な方です。
それを聞き流しながら、コンロに、底の深い丸形のお鍋を乗せる私。
そして鍋が温まったタイミングで、私は牛脂を載せて広げます。
「ほう……良い匂いだ。さすが王宮に献上される牛だ、良い脂をしておる」
鼻をクンクンさせながら、そうつぶやくマグダナウ卿。
なんだかんだ言って、脂が焼ける匂いはテンションが上がるようです。
そしてその目の前で、白菜、長ネギ、春菊、しいたけと野菜類を鍋に投入していくと、マグダナウ卿が不満そうに言いました。
「なんだ、野菜ばかりではないか。私は野菜はあまり好かんぞ。食わないわけでもないが」
そう、そちらがお嫌いなのはリサーチ済みです。
向こうではおぼっちゃまも、ご自分の鍋に野菜が投入されていくのを嫌そうな顔でみてらっしゃいます。
トマト入りのサンドイッチはお好きになられたのですが、他の野菜を試したところ、「美味しくない」とのことでした。
ああ、まだまだ野菜好きへの道は遠い。
でもいいのです、最悪これらには手を付けていただけなくても。
この子たちは、味に深みを持たせるのが役目。
今日の料理には、肉だけではたどりつけない地点というものがありますから。
そして、続いて私は、この料理の主役であるお肉を出してまいりました。
「こちら、本日のお肉でございます!」
と、自慢するようにサシ(お肉の白い部分の事です)のたくさん入った、薄切りの高級肉を見せつける私。
ですが、それを見たマグダナウ卿はまたもや不満げ。
「なんだ、随分と薄い肉だな。向こうが見えそうだ。肉を薄く切る料理法は知っておるが、厚く切ってじっくり焼いたほうがずっと美味い。勉強が足りんわ、勉強が」
まあ、なんと浅いお言葉。
肉の厚みは良い悪いではなく、それぞれに適した調理法が存在するもの。
今夜のお肉を薄切りにしたのは、それが一番美味しくなる料理だからでございます。
そのあたりがわからぬとは、どうやらこの方の底も見えてきました。
「では、肉も入れてまいります」
そう言って、肉が直接鍋に触れぬよう野菜の上に乗せる私。
肉に火が通りすぎるのを避けるためでございます。
そして、それをぼうっと見ているマグダナウ卿の前で、私は白い粉が入った容器を取り出すと。
それを、一気にお鍋の上に振りまいたのでした!
「なっ、なに!? お前、なにをしておる? なんだ、その白いのは……!?」
驚いた様子で声を上げるマグダナウ卿。
それに、私はニッコリ微笑んでお応えします。
「こちら、お砂糖でございます」
「さっ、砂糖だと……!? 馬鹿な、貴様正気か!? 肉に砂糖をぶちまけるなど!」
慌てた様子で身を乗り出し、鍋の匂いを嗅ぐマグダナウ卿。
そして、甘い匂いを確認したのか、絶望の表情で叫びました。
「馬鹿な、ありえない! 上から砂糖をぶちまけるなんて、肉に対する冒とくだ! こんなふざけた料理、聞いたことがっ……ハッ!」
そこまで言ったところで、慌てて口元を抑えるマグダナウ卿。
いえいえ、もう手遅れですよ。
聞いたことないって、もう言っちゃいました。
「マグダナウ卿よ。お主、もう食べたことのない肉料理などない、と言っていたのではなかったか?」
「うっ、そ、それは……」
少し意地悪なおぼっちゃまの言葉に、返答に困るマグダナウ卿。
ですがすぐに気を取り直すと、ワインのグラスをひっつかみ、そっぽを向いて言いました。
「そりゃあ、めちゃくちゃな事をすれば珍しくもなりますぞ。ですが、大事なのは味。こんなことをして、美味しい料理ができるはずがない! 私は認めませんぞ、ええ認めませんとも!」
そのまま、ぐいぐいとワインを飲み干すマグダナウ卿。
慌てて次のワインを注ぐクロエを横目に見ながら、私は次の行程へと移りました。
「では、次にこちらを」
そう言って、容器に入った黒い液体を注いでいく私。
するとジュウ~という焼ける音と共にふわっと湯気が立ち上り、マグダナウ卿がまた驚いた顔をしました。
「なっ、なんだその黒いものは! それに、なんだこの匂い! 嗅いだこともない……! あ、だが少しだけ、知っている匂いが混ざっておるような……」
それはそうでしょう。
なにしろこちらの液体、つまり割下は、私が作った醤油をベースとしているんですもの。
醤油を、昆布から取っただし汁に、アルコールを飛ばした赤ワインと合わせてあるのです。
濃く作ったそれが、野菜たちからすでに出ている水と合わさり、良い匂いを放ち始めると、私はそっと鍋に蓋をします。
すると、それを食い入るように見ていたマグダナウ卿が呆然とつぶやきました。
「な、なんだこの料理は、全然理解ができん……。砂糖を入れて、謎の液体で煮る料理、でいいのか? まるで未開の部族が作る怪しい料理のようでもあり、なにやら恐ろしく高尚なようでもあり……。あ、味はどうなるのだ、味は……」
どうやら、強がるのも忘れて、完全にこの料理に心を奪われてらっしゃる様子のマグダナウ卿。
味の探求家であるこの方にとって、美味しいかどうかはすでに二の次。
ただ、味を確認したくてしょうがないようです。
そうして、煮えるのをじっと待つ間、私は小鉢を用意すると、それをそっと差し出しました。
「マグダナウ様。どうぞ、今のうちにこちらをおかき混ぜくださいませ」
「……は? ……待て、メイドよ。……なんで、ここでこれが出てくるのだ?」
そう言って、小鉢を手に取り、心底不思議そうにそれを見つめるマグダナウ卿。
そして、正解を求めるように声を上げたのでした。
「なんで、肉を煮ている間に、私に生の卵を差し出す!? これを、私にどうしろというのだ!」
そう、私が渡した小鉢の中身は、生卵。
完全に混乱した様子のマグダナウ卿にすぐにはお答えせず、私は鍋の蓋を取り、煮え具合を確認します。
十分であることを確認すると、菜箸でお肉を取り上げ、そして。
マグダナウ卿が手にする卵入りの小鉢に、そっとお入れしたのでした。
「もちろん、こうして食べるためですわ。どうぞ、卵をかき混ぜ肉に絡ませてお召し上がりください」
「!? な……はあ!?」
完全に混乱の極みといった様子の、マグダナウ卿。
卵の上に載ったお肉を見て、しばし呆然としていましたが。
やがてプルプルと震えながら、怒鳴り声を上げました。
「ふざっけるなあ! なんだ、貴様、これは! 砂糖で肉を煮て、生卵で食べる……だと!? 馬鹿にしているにもほどがある! これは侮辱だ、私と肉に対する侮辱だ!」
そう言って、小鉢をどさっとテーブルに置き、おぼっちゃまを睨みながらマグダナウ様が続けました。
「王よ、まさか私を馬鹿にするために、このような真似をなさっておいでなのですか! あまりといえばあまりの仕打ち……! 私には、こんな料理がお似合いだとでも!? 申し訳ないが、今夜は帰らせていただく!」
そのまま、ダイニングを出ていこうとするマグダナウ卿。
ですが、その背中に、おぼっちゃまの声が飛びました。
「よいのか? マグダナウ卿。味を確認せぬまま、帰って。後悔するぞ」
「なっ……」
驚いた様子で振り返るマグダナウ卿。
そんな彼に、おぼっちゃまが優しい顔で続けます。
「お主ほどの肉好きだ、後できっと考えるだろう。はたして、あの料理の味はどのようなものだったかと。言っておくが、再現はできぬぞ。これは、余も食べたことがないほど摩訶不思議な料理。余のメイド以外、だれにも作れぬ。今夜を逃せば、二度とは食えぬぞ」
「うっ……」
そこで、未練のこもった視線をお鍋に向けるマグダナウ卿。
そして、弱弱しくつぶやきます。
「で、ですが、生の卵など食べてはどのような病気にかかるか……」
そう、それが問題です。
この国では、生で卵を食べる習慣などありません。
卵は絶対、火を通すべし。それが鉄則でした。
ですが。
「その点は問題ありませんわ。こちらの卵、ちゃんと処理を施してありますので、生でもお腹を壊したりはしません。私が何度も食べて、確認済みでございます」
「む、むう……」
それにマグダナウ卿はしばらく迷っていた様子ですが、やがて戻ってきて、どすっと椅子に座り。
小鉢とフォークを手に、こうおっしゃったのでした。
「わかりました、王がそこまでおっしゃるのなら。ですが、まずければすぐにお暇させていただきますからなっ」
そしてフォークで卵をかき混ぜて、たっぷりと肉をからめると、そっと持ち上げるマグダナウ卿。
しばらくそれを恐ろしげに見ていましたが、やがて観念したのか、ぱくっとほおばって見せます。
そして、噛みしめること、数秒。
その目が、信じられないとばかりに見開かれ。
「なんだ、これは……。馬鹿な、こんなことが……許せん、許せん、がっ……」
そして、勢いよく立ち上がると。
彼は、満面の笑みで叫んだのでした。
「うンまああああああああああああああああああああああああああいいいいいい!!!!!」




