太っちょ貴族と摩訶不思議なる肉料理1
「いやいや、陛下。まさか御自ら、この私めをディナーにお招きくださるとは! てっきり、私は陛下に嫌われているものとばかり思っておりましたぞ! はっはっは!」
王宮のダイニングに、甲高い男性の声が響き渡りました。
椅子にどっかりと座り、大きなお腹を揺すりながら笑っているのは、噂のマグダナウ卿。
年のころは四十歳ほどでしょうか。
その頭の上には、両サイドがくるんと丸まった、ザ・貴族とでもいうようなカツラが載っておりました。
そう、前世の世界で絵画などによく描かれていた、貴族の皆様の奇妙な頭。
あれは、基本的にカツラなのだとか。
薄毛に悩む人々が至った回答の一つなそうで、そのあたりの事情は異世界でも変わりない様子でございます。
「なにをいう、マグダナウ卿。余は、お主を嫌ってなどおらぬぞ。有能にして忠実なるわが臣下。お主の働きは、常々、高く評価しておるのだ。たまにこうして夕食を共にするのも、良いものではないか?」
「はっはっは、それはありがたき幸せ! おお、王宮の美味珍味にはいつも驚かされます。これもすべて、わが敬愛する、偉大なるウィリアム王の治世があってこそ。おお、あなた様の才が、百年この国を照らすことでしょう!」
気分よさげに適当なことを喋りまくるマグダナウ卿と、それを聞きながら、目を合わせて小さくうなずきあう私とおぼっちゃま。
そう、今日はついに作戦の決行日。
こうして王宮にマグダナウ卿を招き、ディナーを共にし、なんとか丸め込もうというのでした。
しかし、そこで気になることが一つ。
(こちらの方が、マグダナウ卿……。なるほど、聞いていた以上の強敵だわ、これは)
なんのかんのと、ワイン片手に美辞麗句を語り続けるマグダナウ卿。
ですが、その目はちっとも笑っていません。
用心深くおぼっちゃまのほうを見ていて、その口元には余裕の笑みが浮かんでいました。
そして、その表情が物語っています……お前たちの狙いなど、こっちはお見通しだぞ、と。
言っておくが、簡単にこの私を懐柔できると思うなよ。
今更すり寄ってきても、こっちはさんざん煮え湯を飲まされきているのだ。
こちらの言い分を全部受け入れるぐらいじゃないと、相手にしてやらんぞ、と!
「ふふふ、しかし今宵は楽しみですなあ。なんでも最近、王宮では珍しい料理が流行っておるそうで。私、こう見えても肉料理に目がありませんでして」
「うむ、それはよく聞いておる。なんでも珍味に目がないらしいな」
「はい、それはもう! あらゆる肉を試しましたよ。シカの脳みそに、クマの手、それにイノシシのアレ! これがまた極上の味わいで……」
得意満面、自分が今まで食べてきた珍味を声高々に自慢しだすマグダナウ卿。
それを聞いていた私は、後ろでうげえっという顔をしてしまいました。
珍味を否定はしませんが、それをこういう場所で語るのは、あまり好ましい行為とは思えません。
(でも、クマの手は私も食べてみたいかなあ)
クマの手は、たしか中国で三大珍味に数えられることもあるとかなんとか。
滋養たっぷりらしく、それにクマのお手手には、ハチの巣を漁るうちに甘い味がたっぷり沁みついてそうなイメージがあります。
……完全に、黄色い無職のクマの影響ですが。
「とまあ、こういうことで、私の舌はたいそう肥えておりまして。肉料理はむしろ飽きているぐらいなのです。ふふ、ですから、肉を細かくして丸めて焼いた程度の工夫では、何も感じませんと先にお伝えしておきましょう」
そう言って、見下すように私のほうを振り返るマグダナウ卿。
ああ……どうやら、事情はよくご存じのようです。
ハンバーガーもハンバーグも、すでにリサーチ済みのようで。
その二品だって、出せばこの方の度肝を抜いてやる自信はあります。
ですが、今日はたっぷり驚かせてやるのが目的ですから。
ここらでこちらも、一発かましてやると致しましょう。
「ふふ、マグダナウ様。あれは皆様のお口に合うように、かなり配慮した品ですわ。本日は、お肉のエキスパートでいらっしゃるマグダナウ様のために、上級者用の肉料理をご用意いたしました」
「ほお……大きく出たではないか。それは実に楽しみだ!」
見つめあい、バチバチと火花を飛ばしあう私たち。
そう、これはただの歓待にあらず。
絶対に驚く肉料理を出すメイド対、もう絶対に驚かない貴族という、一大マッチなのでございます!
いわば盾矛、私の肉料理という矛が貫くか、それともマグダナウ卿の舌という盾が防ぎきるか。
いざ、勝負とまいりましょう!




