二人の夜の悪だくみ
「おぼっちゃま。こちらの方は、いかがでしょう」
「……うむ、この者はどうにか取り込めるだろう。だが、この一派は難しい。すでに向こう側と密約を交わしておるようだ」
ティボー様に初めてうな重を出してから、ひと月ほど後のこと。
夜、王の寝室にて。
私とおぼっちゃまは、貴族の皆様の名が連ねられたリストを手に、そんな密談を交わしておりました。
初めて呼ばれた夜から、私は週に一度は必ず寝室に招かれ、密かに作戦会議を重ねているのでございます。
「こちらの方は、ティボー様が粘り強く説得してくださっているとか。どうにかなるとよいのですが」
そう、あの日から、ティボー様は大いに力を取り戻され、熱心に働いてくださっているのでした。
どうも、うな重……というより、ご飯がとても体に合ってらっしゃった様子で、肌つやがどんどん良くなっていくのでございます。
家でもお米が食べたいというので、私は泣く泣く備蓄の一部と共に、お米を使った料理のレシピをお譲りしたのでした。
なんでも卵入りのおかゆがお気に入りで、あまり食欲がない時も食べられるとご満悦だそうにございます。
「うむ、そのあたりはあやつに任せておけばよいだろう。後は……」
おぼっちゃまは私の足の間に挟まりながら、真剣な顔でリストを見てらっしゃいます。
ベッドの上に立てかけた大きな枕に私が背を預けて座り、そんな私におぼっちゃまがもたれかかる。
最近では、こんな体勢で過ごすことが多くなっていたのでした。
「こちらの方は、私の父のライバルである商人様と、懇意にしてらっしゃるとのことです。ですが取り扱っている作物が不作だったとかで、うまく交渉すれば……」
後ろからおぼっちゃまを抱きしめながら、商売関係のお話をする私。
ちょっと距離が近すぎる気もしないでもないですが、自然とこうなったのだから仕方ありません。
まあどちらかというと、仲のいい兄弟のような感じですし、問題ないでしょう。
でも、私にとっては本当に至福の時間と言わざるを得ません。
おぼっちゃまと一緒に過ごすのは楽しいですし、なにより。
(このベッドの、寝心地が良すぎるのよねっ……!)
手で、さーっとシルクのシーツをなぞって、うっとりしてしまう私。
職人が時間をかけて織ったそれは、まさに極上の手触りで、とてもじゃないけど元が虫の繭とは思えません。
その上で横になると、体が溶けるような感覚と共に、一気に睡眠へと引きずり込まれてしまうほど。
ただ、おぼっちゃまより先に起きないと、よだれを垂らしながら寝ているところを見られてしまいそうで、気が気じゃないのが玉に瑕ですが。
まあ、これでも一応乙女なので。
なんて私があれこれ考えていると、そこでおぼっちゃまが渋い顔でおっしゃいました。
「あとは……この者だな。マグダナウ卿。こやつは、まだ両陣営の間で揺れておる大物の一人だ。こやつを取り込めれば、かなり違ってくるのだが」
「それが、難しいのでしょうか?」
「うむ。こやつは、たびたび余に増税を嘆願してきておってな。その度に突っぱねたものだから、機嫌を損ねておる」
ああ、なるほど。
おぼっちゃまが気にしていた、増税を望んでいる貴族様のお一人ということですか。
そこでふと気になり、私は試しに聞いてみました。
「その方のためにも、わずかなりとも増税、という選択はないのでございますね?」
もちろん税は上がって欲しくありませんが、そのあたり一切譲歩しないものなのでしょうか。
そういう私の浅はかな疑問に、おぼっちゃまは渋い顔で応えてくださいました。
「シャーリィよ、税というものは、上げたら簡単には下げられぬものなのだ。一度金をとれば、国はそれありきで動くようになってしまう。むしろ、上げた実績があれば次を求められるようになる。そう、まるで転がる岩のようにな」
そうして、結局国は疲弊し破綻へと向かってしまう。
ゆえに、増税は最初のところで食い止めろと、前王様にきつく言いつけられているそうにございます。
(ああ……なるほど。痛いほど心当たりがあるわ……!)
それを聞いて、私はそう納得してしまいます。
そういえば、前世の国にも消費税とかいうものがございました。
あれも、今だけだとかなんとか言いながら、結局次から次へと増えていく一方でしたねっ……!
ここで折れるということは、すなわち消費税を導入するようなもの。
ああ、それだけはなんとしても止めねばなりません!
さて、ではどうするか、と私が考えていると、そこでおぼっちゃまがおっしゃいました。
「だが、突破口はある。こやつはグルメを気取っておってな。珍しい肉料理に目がないのだ」
「まあ。それはつまり……」
「うむ。ティボーが提案しておった策を試してみようと思う。奴を夕食に招き、料理で歓待し気を良くしたところで説得するのだ。増税以外の利権をぶら下げて、こちらに引き込む。どうだシャーリィ、余と一緒にやってはくれぬか」
なるほど、ここで私の出番というわけですねっ。
ええ、それはもちろんやらせていただきますとも!と、盛り上がる私。
ですがそこで、おぼっちゃまは、こんなとっても気になることをおっしゃったのでした。
「しかし、一筋縄ではいかぬかもしれぬぞ。こやつは、この世で食べたことのない肉料理はもうないと豪語しておるらしい。ハンバーガーやハンバーグでは、驚かすことすらできぬかもしれぬ」
「……まあまあ。それはなんともまあ、大きく出ましたね」
それを聞いたとたん、私の中でメラリとなにかが燃え上がりました。
食べたことのない肉料理がもうない、ですって?
なるほどなるほど。
……なるほどなるほど……!
「承知しましたわ、やってみせますおぼっちゃま。……ところで、なのですが」
そして私は、背後から抱きかかえるようにしておぼっちゃまの顔を見て、笑顔で尋ねたのでした。
「──その方。どれぐらい変わった肉料理までなら、許してくださると思いますか?」




