お嬢様と宰相と、とびきりの滋養食7
「ふう……食った食った。こんなに豪快に飯を食ったのは、何年ぶりだろう。実に、夢のような時間だった」
と、うな重を綺麗に完食してくださり、椅子にもたれかかって満足げに言うティボー様。
いちいち貴族らしくない豪快な方ですが、私にとっても夢のような時間にございました。
ああ、やはりうな重は最強無敵だった。
それを確認できただけでも大満足ですが、私にはまだ出すべきものが残されています。
「ティボー様。食後のデザートもご用意できますが、いかがいたしましょう」
そう、デザートにございます。
私は、おやつメイド。
デザートこそが、その本領を発揮する場なのでございます。
するとティボー様はわずかに驚いた顔をした後、やがてにやりと笑っておっしゃいました。
「そうだな。正直、うなぎの余韻に浸っていたい気もするが。噂のメイドのデザートを食べて帰らねば、嫁たちにみやげ話ができん。いいだろう、もらおうか」
「はいっ。では、今すぐご用意しますわっ!」
元気に応えて、会議室を後にし、メイドキッチンに向かう私。
するとアンがすでに下準備を済ませてくれていたので、それらをささっと容器に飾り付け、会議室にとんぼ返り。
そして、私はお二人の前にそっとそれを置き、元気にその名をお伝えしたのでした。
「お待たせしました。こちら、チョコレートパフェにございます!」
チョコレートパフェ。
透明で長い容器に詰め込まれた、夢のテーマパーク。
その中から顔をのぞかせているのは、バナナにいちご、そしてたっぷりの生クリームとコーンフレーク!
それをチョコレートソースが綺麗に彩り、さらにてっぺんのアイスクリームには、チョコパフェによく刺さっているアレ。
白と黒がくるくると回っているサクサク焼き菓子、ピコラもちゃーんと添えてございます。
「これは……ほう、なんと美しい! 見事なデザートだ……!」
それを興味深げに見まわしながら、感嘆の声を上げるティボー様。
ですが、そこでふと正気に戻った様子でこんなことをおっしゃいました。
「……しかし、なんでうなぎの後にこのデザートなのだ? なにか意味があるのかね」
うっ。
それを聞かれると、弱いです。
なぜかというと、それは……これが私にとって、特別な組み合わせだからでございます。
前世の私の家庭はあまり裕福ではありませんでしたが、すごく特別な日に、うなぎ専門店に連れて行ってくれたことがあったのです。
そこで食べたうなぎの味に感動し、まさに夢見心地だった私。
それだけでも特別だったのに、両親は、その後に喫茶店に連れて行ってくれて、なんとチョコレートパフェまで食べさせてくれたのでした。
うなぎの後にチョコレートパフェですよ!?
凄すぎます、幸せの許容範囲を超えちゃってますよ!
正直、この後捨てられるんじゃないかと不安になったほどです!
こうして、私の中で、見事に「うな重の後はパフェを食べる」というコンボが、至上の組み合わせとして沁みついてしまったのでございました。
「え、えと、うなぎの濃ゆい味の後は、こういったものが口直しに最適なのでございます」
「ふうむ、そういうものか。どれ、ではいただこう」
そう言って、特注の長いスプーンを手にし、アイスの部分から手を付けてくださるティボー様。
そしてそれを口にしたとたん、にへらっと相好を崩すと、深く染み入るようにおっしゃったのでした。
「うまい……! なるほど、濃くなった口の中を見事にさわやかにしてくれる……。そして、何とも冷たく未知の味だろうか。これが、王宮にグルメブームを起こしたメイドのデザートか。素晴らしい、ああ、素晴らしい……!」
そう言って、夢中になってパフェを食べ進めてくださるティボー様。
もちろん、おぼっちゃまも満面の笑みで楽しんでくださっています。
ああ……これだわ。このごちそうの後の、緩やかなデザートタイム。
まさにこれこそ、食の楽しみそのものです。
今日もまた、新しい方にその喜びをお伝えできた。
私、今、とっても良い気分です!
そうして、あっという間にチョコレートパフェを平らげてしまうと、ティボー様はにっこりと笑っておっしゃいました。
「いや、まいった。実に美味かった! これほどのものとは思わなかったよ。さすが、王宮内の食を征服したというお嬢さんだ。なるほど、大したものだ!」
「そんな、大袈裟ですわ。征服だなんて」
と、空になった容器を下げながら応える私。
するとティボー様は急に真面目な顔をなさると、こんなことをおっしゃったのです。
「やはり、国が動く時には大物が顔をのぞかせてくるものだな。どうだ、シャーリィ。君は今、君の父上と一緒に多数の出店を計画しているらしいではないか。それに、私からも後押しさせてくれんか」
「えっ……!」
なんと!
それは、願ったり叶ったりでございます!
宰相様の後押しがあるとなれば、鬼に金棒。負ける気がしません!
ですが、続く一言で、私は「えっ」と声を漏らしてしまいました。
「君のこの料理ならば、この国の飲食業界を塗り替えられる。そして、だ。それに、貴族たちも巻き込んでいくというのはどうかね」
なんと。貴族の皆様をお店に巻き込む……?
どういうことでしょうか。
「店を出すには、出資者がいるだろう。それを、貴族連中から引っ張ってくるのだよ。奴らと深いつながりを持ち、儲けさせることでこちらの陣営から離れられなくするのだ。君の料理で魅了して、ね」
このような凄い店のオーナーになれば、すごく儲けられるぞ。
そう思わせることができれば、金に目がくらんだ貴族たちをおぼっちゃまの味方に引き込める。
政治の世界で味方を作るとは、すなわち共に儲けるシステムを作ること。
そして、その元となるものはここにある。
ならば、後はやるだけだ、と。
そんな説明を聞いて、私は思わず感心してしまいました。
なんと、これはまさに一挙両得にございます!
宰相閣下のお墨付きなんていう約束された成功をチラつかせ、味方を増やし、貴族という太い出資者まで獲得できるとは!
さすがに、ずるがしこ……もとい、頭の回る宰相閣下。
政治の世界での立ち回り方というものをよく知っているようにございます。
私、ようやくこの方が宰相をやっている理由がわかりました。
この悪さは、たしかにおぼっちゃまにとって必要なものでございます!
「承知いたしました。私にどこまでできるかわかりませぬが、非才の限りを尽くしてやってみせますわ」
そう言って、メイド服の裾をつまんでお辞儀する私。
それにティボー様は大きくうなずくと、嬉しそうにおっしゃったのです。
「いやいや、それにしても、この歳になってこんなに楽しくなってくるとはな。なんだか、年甲斐もなく燃えてきたわい。……ところで、なのだが」
そこで、ティボー様は空になったお重をチラリ。
そして。
「もし明日も来ると言ったら、またこのうなぎを出してくれるのかね?」
と、茶目っ気たっぷりにおっしゃったのでした。




