お嬢様と宰相と、とびきりの滋養食4
「どうだ、私の側室にならんか」
なんて、とんでもないことを言い出した宰相のティボー様。
側室とは、正妻ではないけど囲っている女性のこと。
つまり、妾や愛人ということでございます。
そう、この国では、貴族は複数の女性をそういう相手にしていいことになっているのでした。
とはいえ、普通王宮のメイドにいきなりそんなこと言いますかね……と、私がドン引きしていると、ティボー様はにかっと笑って続けます。
「輝くような髪に、ほっそりとした佇まい。その服もよく似合っている。それに、特に麗しい目元が良い、目元が。実に美しい、君はまるで銀の月の女神のようだ! おお、私の運命の人よ!」
「はあ……」
私の手を握ったまま、ひたすら誉め言葉を浴びせかけてくるティボー様。
ああ、いましたね、前世の世界にもこんな人が。
女性は褒めてなんぼ、ひたすら誉めまくれ! みたいな。
まあ、正直、私だって女ですから。
ここまでまっすぐに褒められるのはそう悪い気もしな──
「特に、胸元が涼やかなのがいい。私ぐらいになると、逆に自己主張しない胸に価値を感じるのだよ。ハッハッハ」
前言撤回。
顔面に、まっすぐに正拳突きを叩き込んでやりましょうか。
なんて、私が笑顔のまま拳を握りしめていると、そこでおぼっちゃまが苦虫をかみつぶしたような顔でおっしゃいました。
「……ティボー。その者は、余のメイドである。手出しは許さぬぞ」
低い、怒りのこもったお言葉。
あわわ、と私は動揺してしまいますが、ティボー様は私の手を握ったままにやりと笑って平然と言い返します。
「おお、これはなんと! 王よ、そうつれないことを申しますな。メイドの一人ぐらい、くださってもバチは当たりませんぞ。ご安心くだされ、きちんとわが邸宅で何不自由ない暮らしをさせますゆえ。それに……」
「……黙れ、ティボー。余は、余のシャーリィに、手を出すなと申しておる」
ですが、それを遮るようにおぼっちゃまがおっしゃります。
一触即発の雰囲気。いたたまれなくなって、そっと手を離し、後ずさる私。
すると、ティボー様は一瞬真面目な顔をした後、破顔一笑、こんなことを言ったのでした。
「はっはっは、これは失礼、王よ! 申し訳ありませぬ。王が銀色の髪のメイドをとても大事にしていると聞きましたもので、ついこのような真似を。失敬、失敬!」
「なっ……」
なんと……この人、つまりおぼっちゃまをからかったってこと?
信じられない、相手は王様ですよ!?
処刑されてもおかしくないような行為、ですがおぼっちゃまは、ふう、とため息をついておっしゃいました。
「相変わらず、お主はふざけたやつだ。いつもいつも余をからかいおって。余はもう王であるぞ、いい加減にせぬと城壁から蹴り落とすぞ」
……ああ、なるほど。
そのあきれた様子を見て、私はなんとなく二人の関係性がわかってしまいました。
これは、そう。
いつもからかってくる親戚のおじさんに、うんざりしている男の子!
でも、いろいろ世話になっているので本気で怒れない。
そういう関係と見ました!
「いやいや、失敬。どうしても、可愛いウィリアム王子のイメージが抜けませんで。ああ、つい最近まで、ティボー抱っこ抱っことわしになついてくれておりましたのに、もう女子に執心とは。時が経つのは早いものですな」
「ティボー!」
赤い顔をして、余計なことは言うなとばかりに声を荒げるおぼっちゃま。
ああ、こんなおぼっちゃま初めて見ました。
焦ってらっしゃるおぼっちゃまも、なんと可愛い。
部屋の隅に控えながらそんな感想を抱いていると、そこでティボー様は声をひそめてこんなことをおっしゃいました。
「ですが……庶民のメイドに、あまり執着なさるのは感心しませぬな。お父上が、あまり位の高くなかった王妃様と結婚なさる時も、かなり反対の声が上がりましたゆえ。それが知れ渡ったら、ますます王としての資質が問われることとなりましょう」
「っ……」
それを聞いたとたん、どくん、と私の心臓が跳ねました。
うそ、この方……私のことを、すでに調べている!?
私がおぼっちゃまと仲良しなのも、庶民なのも、全部調べた上であんな真似をした、ってコト!?
(くっ……曲者だわ、この方! しかも、かなりの!)
ぞわっ、と毛が逆立つような感覚。
これが、国内に多大な影響力を持つという宰相閣下。
恐ろしい人。そう思っていると、そこでティボー様が続けました。
「もしも面倒になるようなら、先ほども申しました通り、いつでも私のほうで保護しますぞ。なに、私の邸宅は広いですし、花が増えるのは大歓迎。私の嫁と十人の側室たちも歓迎しますぞ、はっはっは」
ああ……女好きなのは、ただの地のようです。
しかも、側室だけで十人もいるんだ……。
「やめよ、ティボー。余とシャーリィはそういう仲ではない。大事な相手ではあるがな」
「左様ですか。それならば、私からはなにも。まあ、さしあたっては山積みの問題に集中すべきですしな」
うんざりした様子のおぼっちゃまと、矛を下げるティボー様。
そして、やがて真面目な顔で話し合いが始まったので、私は控えながら、お茶のおかわりなどのお世話をさせていただきます。
お二人のお話は、どこの貴族が相手についたとか、金の動きがどうとか、かなりやばい種類のものもありましたが、私を人払いしようとはなさいませんでした。
信頼してくださっている、ということでしょうか。
……私の頭じゃ理解できないだろう、と思われてるだけかもしれませんが。
そうしてお二人の議論は長く続き、立ちっぱなしの私も疲れてきたあたりで、ふうとおぼっちゃまが息をつきました。
「おっと、そろそろ昼か。ティボーよ、昼は食べるのであろう?」
「ええ、それはもちろん。実は、今日はそれが楽しみでもあったのですよ。私があまり来れてない間に、王宮はグルメブームと聞いておりましたので」
そう言って、ティボー様は私のほうを向き、にやりと笑っておっしゃいます。
「なんでも、メイドが実に珍しい異国料理をふるまうのだとかなんとか。もちろん、宰相たる私にも、珍しくも元気が出る昼食を用意してくれているのだろうね?」
ああ……この方、本当に調子が狂うわ。
全部お見通しのようです。
そして、おそらくこれは、この方が私を試しているのだろうと理解しました。
いいでしょう。
その挑戦、受けて立ちましょう。
話し合いを続けたいから、昼食はここで、とおっしゃるおぼっちゃま。
承知しました、と部屋を出て、その足で厨房へ。
準備万端だったローマンさんから昼食を受け取り、ワゴンに載せておぼっちゃまたちの元に戻る私。
そして、私は黒くて四角い箱をお二人の前にお出ししました。
「……なんだ、これは? これに料理が入っているのかね」
黒い箱、つまりうるしで飾られた重箱を見て、ティボー様が驚いた顔をなさいます。
どうやら、インパクトは十分な様子。茶器と一緒に仕入れた甲斐がありました。
「ええ、そうでございます。こちらは、遥か東方で好んで食べられているという、最高の滋養食」
そして私はにやりと笑うと、ティボー様の重箱をぱかり。
すると、中から湯気が立ちあげり、私は自信満々にその料理の名前を告げたのでした。
「その名も……うな重にございます!」




