お嬢様と宰相と、とびきりの滋養食2
オロオロする私と、慌ててお嬢様を押さえつけるミア様。
そしてミア様は、そのまま悲しげな表情で私に言いました。
「しかし、君とウィリアム陛下の仲がそれほどだったとはね……。正直、私もショックだ」
「……」
すみません、と言うわけにもいかず、黙り込む私。
できれば、ミア様には本当のことを伝えたい。
でも、それはできないことなのです。
ごめんなさい。
やがて、ぜえぜえと肩で息をしながらも、どうにか正気を取り戻したアシュリーお嬢様に、ミア様が諭すように言いました。
「お嬢様、時間もそれほどありません、そろそろ、本題をお話したほうがよろしいのではないでしょうか」
「うっ、ううっ、わかってるわよ。ううううっ」
本題……?
なんでしょう、本題って。
まさか、お嬢様が私になにか用事でもあるというのでしょうか。
なにか悪いことかしら、とちょっとビビってしまう私。
するとお嬢様は、あろうことかこんなことを言い出したのでした。
「……あんた、オーギュステ様のことは知ってる?」
「えっ。あ、えと。はい……その。王位継承権をお持ちの方で、その方を持ち上げている方々がいるとかなんとか……」
「そう、事情を知ってるなら話は早いわ。いいこと、今貴族社会は、ウィリアム様を敵視する方々が、オーギュステ様を擁立しようとして大きな騒ぎになってるの。おぼっちゃまが若すぎるとか理由をつけて! 馬鹿げてる、こんなこと王権に対する侮辱だわ!」
苛立たしげに爪を噛むお嬢様。
ああ、綺麗に整えられた爪がもったいない。
なんて思ってる私をよそに、お嬢様はがっくりと肩を落として続けました。
「でもね、なにより許せないのは……私のお父様が様子見を選んだことよ! 状況がどうなるかわからないから、しばらくウィリアム様と距離を置きなさいっていうの! 信じられない!」
「ええっ!」
これには、さすがの私も驚きの声を上げてしまいました。
アシュリーお嬢様のお父上といえば、国内でも有数の大貴族。
ウィリアム様にとって、最強レベルの味方なはずです。
それが、様子見を選ぶなんて……そこまで状況は悪いのでしょうか。
「で、でも本日アシュリーお嬢様がいらしたということは、お嬢様はおぼっちゃまのお味方なのですよね?」
「当り前よ! 私はウィリアム様一筋で、あの方以外と結婚する気なんてないもの! それに、ウィリアム様はこの国になくてはならない宝よ。それぐらい、馬鹿でもわかりそうなものなのに!」
そのお返事を聞けて、ほっと一安心。
この方まで敵になるなんて、さすがに辛いです。
と、私が胸をなでおろしていると、お嬢様が声をひそめて続けられました。
「だからね、あんたに提案があるの。ウィリアム様の寝室に呼ばれるぐらいなんだから、あんたもまあ一応信頼されてるんでしょう。だから、私たちで手を組んで、ウィリアム様の陣営を盛り上げるのよ」
なんと。
それは、予想外の提案でした。
願ったりかなったりというか、とっても心強いです!
「私たちは敵同士だけど、今回ばかりは手を組むのよ。あんたは、王宮の中から手を打ちなさい。私は、外から動くわ。それで、こまめに連絡を取り合って連携するの。どう?」
それに、私は力強くうなずいて、はっきりとお答えしました。
「はい、お嬢様。私も、よりおぼっちゃまのお力になりたいと思っておりました。私にどれほどの事ができるかわかりませんけれども、全力で当たらせていただきます」
「そう。わかったわ。じゃあ……はい。今までのことは、水に流しましょう」
そう言って、すっと手を差し出してくるお嬢様。
なんと、この方が私に握手を求める日が来るとは!
ちょっと感激しながら、しっかりと握手を交わす私。
しかし次の瞬間、お嬢様はキッと私をにらみつけながら、こう言ったのです。
「けど、あんたがウィリアム様の寝室に呼ばれたこと、私はまだ許してないからね……!」
そう言って、私の手をギリギリと締めあげるお嬢様。
やだ、この方、意外と握力がある……!
「なんにしろ、味方が増えたのは喜ばしいことです。シャーリィ、どうかよろしくお願いする」
「ミア様、こちらこそ。必ず、おぼっちゃまをお守りいたしましょう!」
言い合って、うなずきあう私たち。
こうして、私たちの協力関係が始まったのでした。
「それで、さっそくなんだけど。あんた、宰相のティボー様は知ってるわよね?」
手を放して、そんなことをおっしゃるお嬢様。
宰相、とは王を補佐して政治を行う地位のことを言います。
王の後見人や相談役としての意味合いもあり、実力と影響力を持つ人物が与えられる役職。
実務を取り仕切り、場合によっては王を超える権力すら持ち得る立場。
それが宰相なのでございます。
「あ、はい。何度か、お名前だけは。ただ、王宮にいらっしゃったことは数えるほどしかなかったような」
そう、この国の宰相ティボー様は、王宮の外にお住まいで、滅多にやっては来ないのでした。
おぼっちゃまがひときわ忙しいのは、そのため。
補佐役が来ないので、全部お一人でやる必要があるせいなのでした。
「そう、ティボー様がもっとしっかりなさってくださったら、ウィリアム様ももっと楽なのに……」
「どうして来てくださらないのでしょう?」
「簡単よ。ティボー様ももう高齢だから、体調が思わしくないらしいの。その上、いろいろと怪しい薬を乱用したせいで、ますます体を壊したとか」
と、ため息とともにおっしゃるお嬢様。
なんと、そういう事情だったのですか。
なら、宰相の地位を誰かに譲ればいいのでは、という私の感想を先回りして、ミア様が口を開きました。
「ティボー様は、それでも強い影響力をお持ちの方。宰相の地位にいてくださるだけで、価値があるのです。ご本人も、それがわかってのことでしょう」
「なるほど」
私にはよくわかりませんが、それが政治の世界というやつなのでしょう。
となると、お嬢様が私に言いたいこともなんとなくわかってきました。
「いいこと、メイド。そんなティボー様が、久しぶりに王宮にいらっしゃるらしいの。あんた、妙な料理が得意でしょう。料理人のローマンたちには話を通しておくわ。なにか元気が出るような料理を考えて、少しでもあの方を働かせるのよ!」
やはり、そうきましたか。
さて、医食同源とは申しますが、早々うまくいきますかどうか。
そうは思いましたが、私はこっくりとうなずくと、こう応えたのでございます。
「了解いたしました。私の知る中でも、とびきり滋養のある料理でおもてなしさせていただきますわ!」




