春とおぼっちゃまとピクニックランチ8
翌朝。
おぼっちゃまの寝室で一夜を過ごした私は、日が出る前に目を覚ましました。
身を起こすと、隣には、穏やかな寝顔のおぼっちゃま。
(……可愛い……)
繋いだままだった手をそっと離し、おぼっちゃまの美しい金髪を撫でます。
すると、おぼっちゃまがわずかに身じろぎしたので、慌てて手を離しました。
おぼっちゃまにとっては、貴重な睡眠時間。邪魔するわけにはいきません。
そのまま、静かにベッドを降り、髪と服を整えて扉に向かいます。
そっと開くと、そこには護衛の兵士様と、何かあった時のために、侍女の方が控えてくださっていました。
私は、感謝を込めて一礼します。
そしてそのまま、まだ静かな王宮の廊下を一人で歩き、やがて自室に着くと、私はドレスを脱ぎ捨て、化粧を落とし、メイド服に着替えました。
メイド服は、私にとっての戦闘服。
着ると、自然と気が引き締まります。
「よしっ」
小さく気合の声を上げて、メイドキッチンに向かう私。
本日の分の仕込みをせねばならないからですが、それ以上に、作業しながら自分の考えをまとめたかったのです。
仕込みの時間は、私の時間。
考え事をするのには最適です。
慣れた作業をテキパキと進めながら、私は昨夜のことを思い出しました。
(……おぼっちゃまを王座から降ろそうとする連中がいる。そいつらは、傀儡にできる方を王座につけたいわけよね)
もし実際にそうなったら、どうなるか。
まず、税が上がり、それは貴族様たちの浪費に消えるでしょう。
父のような商人も、何かと理由をつけて金をむしり取られることに。
そして聖職者は信者を騙して不当に儲け、軍は軍拡のために過剰に国費をせびるようになる。
それはまさに、亡国の振る舞いと言えるでしょう。
(駄目よ。そんなこと、許せるわけがないわ)
そんなことになれば、私のような下々の者にとっては地獄です。
王宮のみんなも、望まぬ王に従わされて、どのような目に合うか。
……許せない。そんな事は、どうあっても許せません。
ただの国民としても、王宮のメイドとしても、そして、一人の女としても。
そんな事は、絶対許せない!
ふつふつと、自分の中で闘志が湧いてくるのを感じます。
いいでしょう。やってやりますとも。
私に持てる力のすべてを使って、おぼっちゃまを支えてみせます。
私にできることは、料理と、おもてなしだけ。
そんな事でなにができるのか、と笑う人もいるでしょう。
ですが、結局国を動かすのは、人。
そして、人の心とは、料理とおもてなしで動かすことができるのです。
ならば。
──料理で国が動かせないと、誰が言い切れるものでしょうか。
「やってやる、やってやるわ。この国の王としてふさわしい方が誰なのか、みんなに思い知らせてやる!」
力強く生地をこねながら、私は声高に宣言します。
こうして、この日から──私の、王宮での、本当の戦いが始まったのでした。




