春とおぼっちゃまとピクニックランチ7
「えっ……」
あまりにも予想外なお言葉に、私はつい間の抜けた声を出してしまいました。
おぼっちゃまが、王座を追われる……つまり、王様をやめさせられる!?
「どっ……どうしてですか! おぼっちゃまのお仕事ぶりは、誰もが認めていること。おぼっちゃまより素晴らしい王様なんて、いません! それを、どうしてっ……」
「……余は、民には好かれておるが、貴族たちからはそうでもない。そして、貴族たちが結託すれば、王座を動かすことすら可能なのだ」
それを聞いて、私はハッと、以前の出来事を思い出してしまいました。
おぼっちゃまを舐めた感じの、若い貴族たち。
まさか、ああいう人たちがおぼっちゃまを降ろそうとしている……!?
「余は、貴族の浪費を禁じておる。だが、それが面白くない奴らがいるのだ。それだけではない。軍人たちは幼い王を不安視しておるし、聖職者どもは過剰に儲けることを禁じられて、余を恨んでおる」
「なんと……」
貴族。軍人。聖職者。
それは、国を構成する、大きな力を持つ人々です。
その意志は国自体を動かし、将来を決定する力を持っています。
そんな彼らに、おぼっちゃまは嫌われている……!?
「でっ、ですが、王位継承権においておぼっちゃまは圧倒的な存在。兄弟もいませんし、どこの誰を後に据えようというのですか?」
私が尋ねると、おぼっちゃまは小さく頷き、こう答えてくださいました。
「余の遠縁に、オーギュステという人物がおる。これがとんでもない放蕩者で、愚かな男なのだが、王位継承権は一応持っておってな。本来なら王になどなれる器ではないのだが、余が若すぎるから、こやつをかついで王に、という機運が高まっておる」
「そんな……。今でも国はよくまとまっているはずです。どうして……」
「……オーギュステは、馬鹿だが気前がいい。王になった暁には、税を上げ、あちこちに派手に金をばらまくと言って人気を集めておるらしい」
……なんて愚かな!
そんな目先の金に飛びつくなんて、馬鹿丸出しじゃないですか!
それに、そんな人を王様にしたら、えらいことになりますって!
そうは思いますが……人というものは、目先の金に飛びついてしまうものと私もよく知ってます。
前世でも、汚職の話なんか嫌になるほど聞きましたし。
この国のお偉方も、まさに今、愚かな選択をしようとしているところなのですね……。
「もちろん、余も手を尽くしておる。だが、このままでは万が一のことがある。それをお主に知っておいて欲しかった」
「……まさか、暗殺、とか、そういう危険が……?」
「いや、おそらくそういう事態にはならないであろう。我が国において、以前、暗殺を繰り返して王座についた人物がいた。だが、結局そのやり方が非難され、すぐに処刑されたという。それ以降、この王宮では暗殺はご法度とされている」
なんと、そういうことがあったとは。
それはありがたいです。
(でも、逆に、王の権力でその相手を先んじて処刑、とかはできないってことね……)
できたとしても、おぼっちゃまはそんなことなさらないでしょうけども。
「それに、オーギュステは小胆で知られている。自分がされることを恐れて、そういう真似はしまい」
小胆、とはつまり肝っ玉が小さいということです。
ああ……まだ会ったことはありませんが、なんだかそのオーギュステなる人物のことがちょっとわかりかけてきた気がします。
「では、どのように攻めてくるのでしょう?」
「うむ。おそらく、各方面の機嫌を取り、自分の後押しをさせることだろう。不満があるとはいえ、余が国を栄えさせていることは事実。権力者たちは、どちらを取るか揺れておるはずだ」
なるほど。
つまり……。
「……より、人気を取ったほうが勝ち。そういうことですか」
「そういうことになるであろうな。このまま国を栄えさせて長い目で稼ぐか。それとも、御しやすい男を王座に就けて、国がどうなろうとも一気に稼ぐか。そして、その争いの最中で甘い汁を吸おうと考える者も多かろう」
つまり、争いはおもてなしや儲け話の有無で決まる。
だが、今は相手の方が魅力的に見られている、と、こういうことのようです。
ですが、そこでどうしても気になることが一つ。
「……もし万が一破れた場合、おぼっちゃまはどうなるのでしょう……?」
「さて。おそらく、処刑されるということはあるまい。我が父も、王位継承権を持つオーギュステを排除しようとはなさらなかったゆえ。おそらく出家させられて、田舎の修道院にでも幽閉される、というところかな」
そして、おぼっちゃまは苦々しい表情で続けられました。
「そうなったら、毎日、岩のように硬いパンと薄いスープで生活することになるであろう。馬鹿な、それなら死んだほうがマシだ……!」
ああ……わかる。
嫌になるほどわかります。
今、そういう生活をなさっている皆さんには申し訳ないですけども……!
「……まあ、そういうことだ。余の状況は、芳しくない。その上で、なのだが」
そして、おぼっちゃまは少し言いよどむと、じっと私の目を見つめ、こうおっしゃったのです。
「……それでも、お主は。余の味方で、いてくれるか? シャーリィ」
「…………」
じっと見つめ返し、すぐにはお返事できずにいる私。
答えに悩んでいるのではありません。私の気持ちは、決まっています。
ただ、どうお伝えするのが良いのかがわからなかったのです。
一瞬、ベッドの上で手をついて、深々と頭を下げるべきかと思いました。
ですが、すぐにそれは違うと否定します。
今、おぼっちゃまは、私に臣下としての忠誠を問うているのではありません。
一人の友人として、最後まで一緒にいてくれるかと言っているのです。
なら……やるべきことは、決まっています。
「おぼっちゃま……」
そして、私はなけなしの勇気を振り絞り。
そっとおぼっちゃまに近づくと、両手を広げ。
そのお体を、ぎゅっと抱きしめながら、こうささやいたのでございます。
「私と、私の作るものが。ずっと、ずっとあなたのお側におりますわ」
「……シャーリィ」
私の腕の中で、おぼっちゃまはもぞりと動かれ。
そして、ぎゅっと私を抱き返しながら、こうおっしゃったのでした。
「……ありがとう。お主がいてくれるなら……余は、誰にも負けぬ」




