春とおぼっちゃまとピクニックランチ5
やったっ!
やりました、おぼっちゃまにもおにぎりは大成功!
そこですかさず、私は次の攻勢に移りました。
「おぼっちゃま、おにぎりはおかずと一緒に食べると無敵ですわ! ささ、どうぞ!」
そう言って、卵焼きをフォークで刺して差し出す私。
おぼっちゃまはそれもぱくりと召し上がってくださり、そして、とっても嬉しそうなお顔をしてくださいました!
「これは、卵料理か? 甘い、甘いぞ……! なぜかは知らぬが、これも凄く美味しい!」
ですよねっ!
お弁当の玉子焼き、最高ですよね!
調子に乗って、からあげ、ミニトンカツ、ミートボール、それにタコさんウィンナーと怒涛の連続攻撃を放つ私。
それらすべてを、おぼっちゃまは美味しい美味しいと召し上がってくださり、そしてこうおっしゃったのでした。
「不思議だ。どれも作りたてではないのに、信じられないぐらい美味しい。これは、最高のランチだ!」
ええ、ええ。
それこそが、お弁当の醍醐味。
料理は冷えたら美味しくないなんて、誰が決めたのでしょう。
むしろ、冷えてこそ美味しいものを目指す。
それがお弁当道というものなのです!
なんて、上機嫌で次から次へとおぼっちゃまに料理を差し出す私。
ですが、そこでふと、遠巻きにこちらを護衛してくださっているローレンス様と目が合いました。
(ありがとうございます、ローレンス様。上手くいっていますわ!)
と、感謝を込めて小さく手を振る私。
すると、ローレンス様は小さく手を振り返してくださいました。
けど……なんだか、その目が死んでいるように見えるのは気のせいでしょうか。
「素晴らしい……。正直、余は、冷めてしまってはせっかくの料理が台無しになるのではないかと心配しておった。だが、こういう美味しさもあるのだな」
おにぎりをかみしめ、感動した様子でおっしゃるおぼっちゃま。
そうですとも、温かいのも良いですが、冷めても美味しいのがおにぎりなのです!
そして、そこでおぼっちゃまはあることに気づいて、こうおっしゃってくださいました。
「そういえば、余ばかり食べてシャーリィは食べておらぬではないか。遠慮するな、一緒に食べよう」
「はい、おぼっちゃま! では、恐れ多いですが、私もご一緒させていただきますわ!」
そう言って、別に用意してあった自分用を取り出す私。
それは、二つのサンドイッチと、少しばかりの卵焼きとミートボール。
私の昼食は、これで十分。
……少食だからではありません。
朝から試食をたくさんしたので、あまりお腹が空いていないだけでございます。
それでもサンドイッチを手に取ると、とたんに食欲が湧いてくるから不思議です。
「それでは、失礼して……うーん、美味しい!」
あむっ、とかぶりつくと、口の中にとびきりの美味しさが広がり、思わず笑顔になってしまいます。
このサンドイッチは、マヨネーズたっぷりのたまごサンド。
ですが、挟んであるのはたまごだけではありません。
アガタ農園特製の、新鮮トマトとレタスも一緒に挟んであるのです。
かみしめると、瑞々しいお野菜の味がたまごと混ざり合い、口いっぱいに広がって……ああ、最高です!
さらに胡椒やマスタードがよく効いていて、なんというか、我ながら完璧な出来栄え。
春の日に、王宮の素敵な庭で、おぼっちゃまと一緒にサンドイッチを食べる。
なんて素晴らしい日なのでしょうか。
そう、食事は、場所と、一緒に食べる相手も重要なのです。
ああ。私は、きっと今日のことを一生忘れないことでしょう。
「……お主、本当に美味しそうに食べるな。そのサンドイッチ、そんなに美味しいのか?」
そこで、いつの間にか私の方を見ていたおぼっちゃまが、そんなことをおっしゃいます。
そういえば、おぼっちゃまは以前もトマト入りのハンバーガーを、少し羨ましそうに見てらっしゃいました。
やはり、未知の味に興味があるのでしょうか。
「……よろしければ、今度、トマト入りをご用意いたしましょうか?」
物は試しに、そう言ってみる私。
ですが、おぼっちゃまはふるふると首をふると、こんなことをおっしゃったのです。
「それには及ばぬ。今、それを、一口だけもらう」
そして、なんと。
おぼっちゃまは、私の食べかけなそれを、横からあむっとかじられたのでした。
「わっ、わっ……」
王様に、下々の者である私の食べかけを食べさせるなんて、という動揺と、私の食べかけをおぼっちゃまが!?という、驚き。
さらに、野菜嫌いのおぼっちゃまがこんな野菜たっぷりサンドを食べて大丈夫!?という不安で、変な声を出してしまいます。
すぐに吐き出しても大丈夫なよう、慌ててハンカチを用意する私。
ですが、おぼっちゃまはじっくりとサンドイッチをかみしめた後。
目を見開いて、予想外の声を上げたのでした。
「おっ……美味しいっ……。なんだ、これは。信じられん、美味しいっ……!」
「えっ!?」
嘘でしょ、おぼっちゃまが野菜を美味しいですって!?
二人して驚きの表情を向け合い、そしておぼっちゃまが「もっともらってよいか?」とおっしゃるので、私はもちろんですと差し出します。
それをまたもしゃりとかじって、おぼっちゃまはまた驚いた顔をなさいました。
「やはり、美味しい! とびきり甘くて、大好きだ! 信じられん、野菜を美味しいと思う日が来るとは……!」
感動した様子でおっしゃるおぼっちゃまに、私もつられて感動してしまいます。
そうか、ついにお野菜入りの料理を、美味しいと思うようになられたのですね!
それが、おぼっちゃまの味覚が大人になってきたのか、今までが食わず嫌いだったのかはわかりません。
いえ、もしかしたら、アガタの農園を訪れることで、なにかの魔法にかかったのかも。
なんにしろ、これはめでたいことです!
つまり今後は、おぼっちゃまにお出しするピザやハンバーガーに、トマトを入れてもOKってことなのですから!
他の野菜はどうなのでしょう。
ピーマンはまだ早いかな、でもたまねぎはきっと大丈夫でしょう。
にんじんだって、煮ればいけるはず。
私は、本当はハンバーグの時に、にんじんのグラッセを付け合わせにつけたかったのです。
あのとびきり甘いにんじんがついてないなんて、やっぱり物足りないですから。
今後は遠慮なくそれらをお出しできる……その事実に、私は感動で打ち震えてしまいました。
そして、ついにトマト入りサンドイッチと一緒に、お弁当を全部綺麗に平らげ、おぼっちゃまが残念そうにおっしゃいます。
「ああ、なくなってしまった。そうか、野菜とは他と組み合わせることで、これほど美味しくなるものだったか。もっと早く気づくべきだった」
「うふふ、いえいえ、これからまだまだ時間はありますわ。お望みでしたら、いくらでも野菜を使った素敵な料理をご用意いたします」
笑顔でそう応える私。
ですが、それに対するおぼっちゃまの反応は、予想外のものでした。
おぼっちゃまは、すっと表情を消すと、そのまま押し黙ってしまったのです。
「……おぼっちゃま? どうかなさいましたか?」
なにか不都合があったかと、動揺する私。
すると、おぼっちゃまは少し考え込んだ後、椅子から立ち上がると、こうおっしゃったのでした。
「シャーリィよ。お主には、本当に感謝しておる。余が王になってから、多くの者が余の機嫌を取るために、様々なみつぎ物をしてきた。豪華な金細工、見事な宝石、国一番の名馬。だが……余に、このような素敵な体験を送ってくれたのは、お主だけだ」
「そんな……恐れ多いですわ、おぼっちゃま」
慌ててそう言い、地面に伏せようとする私。
貴族の皆様と私のしたことなど、比べられるはずもありません。
私はただ、おぼっちゃまに少しでも安らいでいただきたかっただけなのです。
ですが、そんな私を押し留めると、おぼっちゃまは私の手を取り。
ひどく真面目なお顔で、こうおっしゃったのです。
「頼みがある、シャーリィ。……どうか、今夜。余の部屋に、来てくれぬか」
………………えっ?




