春とおぼっちゃまとピクニックランチ4
「いかがですか、王様。これこそ、ボクの発明の成果。空中大浮遊でございます!」
私の頭の少し上ぐらいの位置でポーズを取りながら、得意げにそう言うジョシュア。
彼女が浮いているカラクリは……そう、気球でございます!
布の中を、バーナーで温め空気を膨張させ、浮力を得る。
私が伝えたこの仕組みを、すでにジョシュアはモノにしていて、こうして小さな気球を使い、自分一人ぐらいなら浮かせられるようになっていたのでした。
今日の主な目的は、この技術のお披露目。
良い機会だからおぼっちゃまに是非これを披露しよう、と二人で決めていたのです。
「どうやって浮いておるのだ!? 説明してくれ、魔女よ!」
「うふふ、おぼっちゃま。これは簡単な……」
その反応に、満足した様子で言葉を続けようとするジョシュア。
ですが、その時、私はあることに気づいて、慌てて声を上げました。
「じょっ、ジョシュアっ! 火っ、火! 布に、火がついてる!」
「えっ……。あっ、嘘だろっ!?」
そう、ジョシュアの背後で火の手が上がっているのです!
どうせなら不思議な感じにしよう、と、背景と気球を黒い布で統一して見えにくくし、バーナーも布で隠したのが失敗でした。
なんと、覆っていた布に火が燃え移り、炎上してしまったのです!
「バーナーを止めて、バーナーを!」
「わっ、わかった。よし止まっ……うわああっ!?」
急に火を止めたものですから、気球が浮力を失い、結構な勢いで椅子ごと床に落下してしまうジョシュア。
ですがそれどころではないと、私は用意しておいた水を火元にぶちまけます。
すると、火は無事おさまりましたが、ジョシュアもずぶ濡れになってしまい……。
「……なんてこった。なんという失態だ! ああ、格好いいところ見せるつもりだったのに!」
と、頭を抱えるジョシュアを見て、おぼっちゃまがこらえきれず笑い声を漏らしたのでした。
◆ ◆ ◆
「いや、しかし面白かった! 驚きのある、良き時間であったぞ!」
不始末を謝罪するジョシュアを、快く許してくださったおぼっちゃま。
王様の前で炎上事件など、本来あるべきことではありません。
ああ、おぼっちゃまが寛大で、本当に良かった……。
そして煙たくなってしまったお部屋からすぐに出ていただいて、そのまま私たちは、池のほとりにあるテラスへと移動したのでした。
「宮廷魔女は二人とも、本当に個性的で面白い。楽しい時間だった。ありがとう、シャーリィ」
「とんでもございませんわ! 楽しんでいただけたのなら、なによりでございます!」
微笑み合い、余韻に浸りながらそう言い合う私たち。
本当に、楽しい時間でした。二人に感謝です。
なんて思った、その時。
おぼっちゃまのお腹が、く~と可愛らしく鳴りました。
「……さすがに、そろそろ我慢できぬ。もうお昼であろう。そろそろ、弁当の時間にしようではないか。シャーリィ」
「はい、おぼっちゃま!」
とお返事して、ついにバスケットからお弁当を取り出す私。
いよいよ私がおぼっちゃまを楽しませる番がきました。
机の上にシートを広げ、色とりどりなお弁当の中身をご開帳。
すると姿を現したのは、サンドイッチ、おにぎり、そしてウィンナーや卵焼きに唐揚げといった、お弁当オールスターたち!
おぼっちゃまに喜んでいただくため、昨夜から気合いを入れて仕込んできた自慢の料理たちです。
そして、目を輝かせているおぼっちゃまに、私は元気に言ったのでした。
「こちら、シャーリィ特製、春のピクニックランチにございます! さあ、どうぞお召し上がりください!」
「うおおっ……!」
春の日を浴びて、キラキラと輝くお弁当たち。
それを見て、おぼっちゃまはよだれを垂らしながら目移りする様子でしたが、やがてばっとサンドイッチに手を伸ばされました。
「まずはこれだ。うむ、実に美味しそうな断面だ……!」
おぼっちゃまが嬉しそうに見ているそれは、ただのサンドイッチではございません。
たっぷり肉厚なビーフステーキが挟まった、ステーキサンドなのでございます!
やはりおぼっちゃま的に、まずはお肉なのでしょう。
極上の赤身肉に私特製のソースを絡ませ、軽く炙ってあるパンで挟んだそれを、おぼっちゃまは大きなお口でパクリ。
すると、百万点の笑顔で、こう声をお上げになられたのでした。
「おいっしい! これは、たまらん! 柔らかくも素晴らしき味わい、実にたまらんぞ!」
そのまま、モシャモシャとステーキサンドにかぶりつく姿を見て、私もニッコニコ。
こちら、宮廷料理人のマルセルさんに教えていただいた、肉の仕込みや焼き方の技術を使って作ったものにございます。
サンドイッチということで、冷めても柔らかいよう肉を仕込み、濃厚ソースとマスタードで味付けしたこの一品。
実は、私的にちょっとした思い入れのある一品なのでございました。
前世、私が子供のころ。
あまりお小遣いももらっておらず、高い店になんて行けない身分だった私は、テレビでそういったお店の映像を見て「いつか絶対行くぞ!」とよく考えていたのです。
そうしたら、テレビにお高いお店の、すっごく素敵なステーキサンドが映り。
そしてそれを受け取るのは、若い夫婦に連れられた、私と同年代のお子様だったのでした……。
私が絶対に食べられないものを、この子は普通に食べられるんだ。
そう考えると悔しくて悔しくて、その夜はなかなか寝付けませんでした。
そして、こう思ったのです。来世では、絶対お金持ちの家に生まれて、毎日ステーキサンドを食べるぞ!って。
……まあ。その後、その事は綺麗さっぱり忘れていたのですが。
最近になってふと思い出し、私は前世の仇を討つべく、最高のステーキサンドを目指すことにしたのでした!
「おっと、もう無くなってしまった。うむ、実に良い味だったぞ、シャーリィ」
「うふふ、ありがとうございます! ……それで、なのですが。おぼっちゃま、よろしければこちらを試してみてはくださいませんか」
そう言って、そっとおにぎりを差し出す私。
すると、おぼっちゃまはそれをしげしげと見た後、不思議そうな顔をなさいました。
「これは……大魔女殿と共に食べた、カツカレーのアレか? なんと、こういう食べ方もあるのか」
「はい、おぼっちゃま。こちら、おにぎりと申します。お弁当にはピッタリの品にございますわ!」
「わかった、試してみよう。あーん……」
そう言って、私の手から直接おにぎりを召し上がってくださるおぼっちゃま。
そして、あむあむと噛み締めた後、驚きの表情を浮かべられました。
「おっ、美味しいっ……! なんだこれは。信じられぬぐらい美味しいぞ!」




