春とおぼっちゃまとピクニックランチ2
「わー! とっても良い天気ですね、おぼっちゃま!」
「うむ、素晴らしい青空だ。気持ちよいな!」
おぼっちゃまにピクニックを提案してから、半月ほど経ったある日。
どうにかスケジュールをやりくりして、時間を捻出してくださったおぼっちゃまと、ついにピクニックにいくことになったのでした!
……と、まあ、ピクニックと申しましても、場所は王宮のお庭なんですけどね。
さすがに、王様になったおぼっちゃまと、ふらっとお外に行くわけにはまいりません。
それに、万が一に備えて、護衛としてローレンス様が離れてついてきてくださっているので、二人きりでもありません。
それでもお庭は歩き回るのに十分な広さですし、あちこちに美しい花が咲いていて、自然を楽しむこともできます。
それに、ちゃんとおぼっちゃまが楽しそうなお顔をしてくださっていますし。
「ふう。久しぶりだ、のんびりと庭を歩くなど。たまには良いものだ」
と、深呼吸をしながらおっしゃるおぼっちゃま。
そうですよね、毎日王宮に閉じ込められていたら気も滅入るというものです。
「しかし、シャーリィよ。今日は可愛らしい服を着ておるな。お主がメイド服以外を着ておるのは初めて見る。よく似合っておるぞ」
「あっ、ありがとうございます! おぼっちゃまとご一緒させていただくのですから、さすがにメイド服というわけにもいきませんのでっ……!」
なんと、そこで気遣いのできるおぼっちゃまが私の服を褒めてくださいました!
そう、今日私は珍しく、メイド服ではなく、白いワンピースとストローハットを身に着けておりました。
正直、私的に、別にメイド服のままでいいんじゃない? 私がおしゃれなんて差し出がましいし。と、思っていたのですが。
そう言うと、メイド長に「おぼっちゃまをお連れするのに、メイド服のままなんて許されるわけがないでしょう」と、たいそう怒られたのでした。
いえ、そもそもその前に「王様であるおぼっちゃまを気軽にピクニックに誘うなど、どういう了見ですか? お前は自分がどういう立場だと思っているのですか。大体お前は……」と、久しぶりに大目玉を食らってますけども。
いや、そりゃ私も、落ち着いて考えたらまずかったなーって思ってます。
でも、おぼっちゃまが喜んで受けてくださったんだから、いいじゃないですか。
ねえ?
(しかし、お世辞とはいえちゃんと女性の服装を褒めるんだから、おぼっちゃまはさすがだわ)
少し顔を赤らめながら、そんなことを思ってしまいます。
私はジャクリーンと違って、ファッションにはまるで興味がなかったのですが、なるほど。
こうして褒めてもらえるなら、頑張るのもありかなー、なんて。
思わなくもないというか、なんというか。
ですが、そこでおぼっちゃまの視線がもう私の服装ではなく、私が手にしているバスケットに向いているのに気づいて、ガックリと肩を落としてしまいました。
(ああ、そうよね。私自身より、こっちのほうに興味があるのがおぼっちゃまよね……)
私が手にしているバスケット。
その中身はもちろん、お弁当でございます。
今の時刻は、朝と昼の間。これから少し各所を回って、お昼になったらお外で一緒にこれを食べる予定にございました。
「で、シャーリィよ。お弁当の中身はなんなのだ? 余はとても気になる。どうだろう、ここは一度中身の確認をだな」
と、らんらんと輝いた瞳でおっしゃるので、私はにっこり微笑んで応えます。
「おぼっちゃま。お弁当は、広げる瞬間が一番楽しいのですわ。それは、お昼の楽しみに取っておいてくださいませ」
「むう……ケチ」
なんて、王様になったのにお子様っぽくおっしゃるおぼっちゃま。
まあなんて可愛いんでしょう。
それでいいのです。
今日、この時間だけは素のおぼっちゃまでいてもらいたいのですから。
あと、お弁当は広げたが最後、その場で全部食べ尽くされるのはわかりきっていますので、絶対守り通しますわ。
「それで? 今日は、どこに行くのだ」
と、おぼっちゃまがおっしゃるので、私はにっこり微笑んで、行き先を告げました。
「はい、まずは農園に参りましょう! 宮廷魔女のアガタが、歓迎の準備をしておりますわ!」
◆ ◆ ◆
「おっ、おっ、王様、ようこそおいでくださいました! こっ、こっ、こっ、心から、かっ、かっ、歓迎いたしますわっ!」
と、私たちを農園で出迎えてくれたアガタが、地面に片膝をつき、ガッチガチで挨拶をします。
やだ、アガタ、緊張しすぎ!
「ちょっと、しっかりして、アガタ! おぼっちゃまにお会いするのは、初めてじゃないでしょ!」
「でっ、でっ、でも、お出迎えなんて初めてだもの! わっ、私、変じゃない!? ぶっ、無礼じゃない!?」
慌てて側に行って耳元にささやくと、アガタはますますあがって言います。
意外とあがり症なのね、と呆れていると、おぼっちゃまが微笑んでおっしゃってくださいました。
「そうかしこまるな。お主のことは、シャーリィからよく聞いておる。それに、いつも美味しい果物を届けてくれておるな。感謝している」
「かっ、感謝など恐れ多いです! 私こそ、この王宮に勤めさせていただいて、日々感謝しておりますっ!」
そう言ってアガタがさらに土下座しようとするので、二人して慌てて止めました。
どうにかなだめすかして立ち上がらせると、アガタがカチコチになりながらようやく奥に案内してくれます。
「こっ、こちら、今日の日を目指して育ててまいりました、イチゴでございます!」
「ほお……!」
するとそこには、ずらりと並んだ真っ赤なイチゴたち!
つるから垂れ下がったそれは、パンパンに張っていてとっても美味しそう。
健康そうなそれを見て、おぼっちゃまが感嘆の声を上げました。
「イチゴとは、このように生っておるのか。初めて見た! なんとも、趣があって良いものだな」
「おっ、おっ、お褒めのお言葉、恐縮にございます!」
泣きそうな顔で頭を下げるアガタ。
彼女にとって、実の子を褒められたような気分なのでございましょう。
そして、感心しつつもおぼっちゃまの視線が「美味しそうだな……」となっているのを確認してから、私はこうごささやいたのでございます。
「おぼっちゃま、お手を煩わせてしまいますが。よろしければ、いくつかお好きなものを収穫して、この場でお召し上がりになりませんか?」
「なんと。余自ら採って良いというのか?」
「はい、おぼっちゃま。これは、好きなものを収穫して、その場で味わうという娯楽の一種。その名も、イチゴ狩りですわ!」
イチゴ狩り。
前世、私が大好きだったイベントの一種にございます。
それは、農家を訪れ、農作業の一番美味しいところだけをいただいてしまうという罪の味。
これがもう、とんでもなく楽しくて美味しいのでございます!
「なんと、イチゴ狩り、ときたか。狩りの対象は動物に限られていると思っていたが、こういうのもありなのか! よし、楽しそうだ。やってみよう!」
そう言うと、おぼっちゃまは嬉しそうにイチゴを見て回り、やがてパンパンに張った実を見つけ出しました。
「シャーリィ、これが食べてみたい。どう採ればよいのだ?」
「はい、おぼっちゃま。こちらのハサミを使い、切り離してくださいませ!」
「よし、こうか」
私が差し出したハサミを受け取り、ぱちんとイチゴの実を切り離すおぼっちゃま。
しばし手の中のそれを満足気に見た後、この後はどうする? という顔をこちらに向けられました。
なので私はイチゴを受け取り、アガタが用意してくれた水で綺麗に洗うと、そっとおぼっちゃまに差し出しました。
「おぼっちゃま、綺麗になりましたわ。はい、あーん」
「う、うむ。あーん」
そう言って、少し照れながらイチゴにかぶりつくおぼっちゃま。
すると水気が弾け、かじり取られたイチゴが、とびきりの甘さを感じさせる瑞々しい断面を晒しました。
「うーんっ……甘いっ! これは、たまらん! なんとも、甘い……!」




