春とおぼっちゃまとピクニックランチ1
その日。
王宮には、深い悲しみが広がっておりました。
いよいよ、王様の様態が怪しいのではないかと噂になっていたからでございます。
貴族様や将軍様たちが馬車でひっきりなしにやってきて、その警護に兵士の皆様は大忙し。
私たちメイドも、お出迎えやお茶出しで忙しく動き回り、休む暇もありません。
「三番のお部屋に、お茶を十名様分! そのままついてお世話をしてちょうだい!」
「大貴族様がいらっしゃるわ、数名でお出迎えの列に加わって!」
「茶葉が足りないわ、倉庫に取りに行って! 大至急!」
慌ただしいメイドキッチンの中で、私たち五班も大忙し。
いらした皆様へお出しするものに手抜かりがあってはならぬので、緊張感が凄いです。
(……お父様である王様が、こんなことになるなんて。おぼっちゃまは、大丈夫かしら)
お茶を入れながらも、私はついそんなことを考えてしまいます。
王様に万が一のことがあれば、おぼっちゃまはご両親を失うことになる。
できることならば、王様のお体が、いまから良くなればいい。
ああ、こんなとき、私が食べ物ではなく医療に興味のある人間だったなら、できることもあったでしょうに。
なんて、私は、そんなことばかり思ってしまうのでした。
◆ ◆ ◆
王宮の、王の寝室。
苦しげなうめき声を上げる王の回りを、国の重鎮たちが取り囲み、医者が沈痛な表情で声を絞り出しました。
「……お体が弱りきっていて、これ以上はどうにも……」
医者、といってもまともな医療のない時代のことです。
効果の怪しい薬草を煎じて飲ませたり、祈祷のようなことをしたり。
できるのは、せいぜいその程度のことです。
「父上、しっかりなさってください。父上……!」
苦しげに呼吸を繰り返す王の側で、ウィリアム王子が泣きそうな顔で声をかけます。
すると、王がそっとそちらを向き、ささやくような声で言いました。
「ウィリアム、すまぬ……。おまえを、残してゆく私を、許して、くれ……」
「父上、そのようなこと言わないでください! しっかりなさってください、しっかり……!」
涙を流し、すがりつくウィリアム。
王は震える手でその肩を抱くと、取り囲む重鎮たちにこう告げました。
「王位は、伝えていた、通り……ウィリアムに、託す。どうか……力を、貸してやってくれ」
その言葉に、取り囲む人々の間を動揺が走りました。
ウィリアム王子は、正式に王を継ぐには若すぎます。
それは、国を分断する騒動の火種になりかねません。
ウィリアムの才は誰しもが認めるものではありますが、それでも、それだけでは国は治まらないものなのです。
ですが、彼らはそんな不安をけっして口にはしませんでした。
賢王と呼ばれた、偉大な王の最期に、不安など残すわけにはいかないのです。
「おまかせください、我が王よ。あなたに仕えさせていただきましたこの身を、変わらずウィリアム様に捧げます」
「頼む……皆の者、どうか……どうか、ウィリアムとともに、民のための、善き、国を……」
「父上っ!」
そう言うと、王の体から力が抜けていきました。
ウィリアムは、父がこの世から去ったことを知り、深い悲しみの声を上げたのでした。
王が亡くなったことはすぐに国中に知れ渡り、すべての民が、深い悲しみとともに喪に服します。
そうして、冬の間はあらゆる催しが自粛され、ひどく静かな年末年始が過ぎていき。
やがて、皆が悲しみから立ち直る、春がやってきました。
◆ ◆ ◆
「これより、おぼっちゃまのおやつタイムを始めます」
王宮の中庭に、本当に久しぶりなメイド長の声が響きました。
王様が亡くなってから、数ヶ月。
新しい王として指名されたおぼっちゃまは、まさに大忙し!
即位式を行い、国中の貴族や武人との間に忠義を確認し、自分の統治下における制度を発表していく。
それは並大抵の労力ではなく、寝る間も惜しんで働くおぼっちゃまには、大好きなおやつをゆっくり食べる時間すらなかったのです。
また、王子様ではなく王様となったのですから、おやつタイムそのものが廃止になるのでは。
私たちの間ではそのような不安がささやかれていましたが、この春、おやつタイムを再開したいとおぼっちゃまがお声がけしてくださったのでした!
しかも、王様ではなく、まだおぼっちゃまと呼ぶように言ってくださり、私たちは暖かな歓喜に包まれたのです。
この日を夢見て、おやつの腕をますます鍛えていた私たち。
次から次へと出す新作おやつを、おぼっちゃまは「うむ、美味しい、美味しい」と大喜びで召し上がってくださったのでした。
「良かった、おぼっちゃま、お元気そうね! それに相変わらずの食べっぷりで、安心したわ!」
と、私の隣でアンが嬉しそうにつぶやきます。
私もそれに大いに同意……したいところ、なのですが。
(……おぼっちゃま、平気なふりをしてらっしゃるけど、本当はすごく疲れてらっしゃるんじゃないかしら……)
見ていて、私はそんなふうに感じてしまったのです。
あれから、私だけはおぼっちゃまにお声がけいただき、お茶とお菓子を何度も出させていただいておりました。
ですが、やはりどこか、以前のような明るい笑顔は見れなくなってしまったような。
我が班のおやつを美味しい美味しいと食べてくださっている姿にも、やはり疲労を感じます。
もっと、どうにかお力になれないかしら。
そう思っていると、おぼっちゃまと目があって、私はつい差し出がましいことを言ってしまいます。
「おぼっちゃま。お疲れでございましょうか」
「うむ……。まあ、さすがにちと疲れた。いろいろとあるからな」
「ですよね……あのう。でしたら、よろしければ、なのですが」
そして、私はニッコリと笑って、こんなことを提案したのでした。
「たまには、気分転換に、私と一緒に春のピクニックにでも参りませんかっ! お弁当を持って!」




