お米と収穫とジャクリーン8
カツカレー。カツカレーにございます。
白いご飯。茶色いカレー。そしてまたもや茶色い、トンカツ。
炭水化物! 香辛料たっぷりのスープ! そして、揚げた肉!
まさに無敵、最強の布陣。
これ以上に“強い”料理があるなら、教えてほしいぐらいです!
「またもや、なんとも想像すらしなかった料理が出てきたな。しかし、なんと良き匂い……! シャーリィ、これは、どう食べるのが正解なのだ?」
「はい、おぼっちゃま。スプーンで、白いご飯とカレー……こちらのスープを合わせて召し上がってください。そして、食べたくなった時にカツをどうぞ!」
カレーの匂いをかぎながら、ワクワクした表情でおっしゃるおぼっちゃま。
それに、私はニコニコ笑顔でお返事します。
すると、おぼっちゃまとおばあ様は、もう辛抱できないとばかりにスプーンを手になさいました。
そのまま、ご飯とカレーをすくい取り、パクリ。
そして二人してくわっと目を見開くと、大きな声でおっしゃったのでした。
「美味しいっ!!」
そうでしょうとも、そうでしょうとも!
カレーが美味しいなんてことは、生きていくのに空気が必要なことぐらい当たり前のこと。
そのまま夢中でスプーンを動かしながら、おぼっちゃまがおっしゃいました。
「このスープ、奇妙な見た目だが、なんて深い味わいだ! いろんな味がして、食べれば食べるほど次が欲しくなる! そして、それがこの白くて甘いゴハンとやらと、とても合っている! 素晴らしいぞ!」
さすがおぼっちゃま。ご飯の良さが甘みにあると、あっという間にお気づきになるとは!
いろんな食べ物を受け止め、美味しさを増幅してくれるお米は、まさに炭水化物の王様。
多数の香辛料が入ったカレーと一緒に口にすれば、その味を最高に引き立ててくれるのです。
また、カレーに使われている香辛料は、私が長い時間をかけて集めた最高の品々。
いつの日かカレーライスを作る日を夢見た私が、執念で買い付けたものでございます。
なお、おぼっちゃまが苦手なにんじんたまねぎなどのお野菜は細かく刻み、カレーにとけこませました。
野菜嫌いのお子様も、こうすれば喜んで食べるのだから不思議なものです。
「おお、この揚げ物を一緒に食べると、更に美味しいじゃないかい。なるほど、こうして味の変化を楽しむためのものかい、これは」
「はいっ、おばあ様。そのとおりでございますわ!」
カレーと一緒にカツを頬張っているおばあ様がそう言い、私は元気に答えます。
カツカレーの良さ。
それは、こんがり揚がったトンカツがカレーと交わって、より高みに昇る点でございます!
サクサクの衣が食感に変化を与えてくれ、噛みしめると中から肉汁と油が渾然一体となって溢れ出し……ああ。
揚げた豚肉と、カレー。もはや、犯罪的と言っていいでしょう!
さらに、こちらのカレーには最高の牛肉が歯ごたえのあるサイズで入っていて、まさに肉の二段構え。
カツカレーならカレーのほうに肉はいらない、という方もいるでしょうが。
私的には、入っていると二倍の喜びを味わえるのです!
……ご飯が足りない、ってことになりやすいのが問題ですけどね。
「お二人とも、すっごい食べっぷり……。このカレーとやらは大成功ね、シャーリィ!」
卓上コンロで次のカツを綺麗に揚げながら、アンが笑顔で囁いてきます。
その言葉通り、おぼっちゃまとおばあ様は先を争うようにスプーンを動かし、もうカレーに夢中。
ああ……やはり、正解だったわ。
ご飯のお披露目に、カツカレーを選んだのは!
最初はやはりご飯単品の美味しさを伝えるために、なにかの定食がいいかしら、なんて思いましたけど。
いえいえ、やはり答えはこれ。
カツカレーという圧倒的暴力こそが、鮮烈なデビューにふさわしい!
インドで生まれ、日本に(だいぶ姿を変えて)伝わったというカレーライス。
それを、今日、異世界にて、ついに生み出すことが出来ました。
食の伝播は大成功。
やがて、お二人はカレーを綺麗に平らげ、満面の笑顔でこうおっしゃったのでした。
「おかわり!」
それに、「はい、ただいま!」と元気に答えてご飯をよそう私。
こうして、食いしんぼなお二人に、今宵のディナーを心ゆくまで楽しんでもらえたのでした。
……そして、私は思うのです。
この日の出来事は、もしかしたら。
──おぼっちゃまが子供でいられた、最後の時期だったのでは……と。
◆ ◆ ◆
「まあっ……! 信じられない! なんて綺麗なの!」
シャーリィがカツカレーをだしてから、しばらく後のお話です。
エルドリア王宮の近くにある、小さなお店。
そこで、綺麗に着飾った貴婦人が、感動の声を上げました。
その視線は、自分の指先……つまり、爪に向けられています。
それは黒く塗られ、そしてそれを照らすように、輝く何かが散りばめられているのでした。
そう、星空のように。
「とっても素敵だとは聞いていたけれど、ここまでだとは思わなかったわ! 指先を芸術にしてしまうなんて、なんてすごい発想なのかしら!」
「ありがとうございます、お客様」
うっとりとした表情で言う彼女に、それを施した店員が、頭を下げながら応えます。
その店員は、赤い髪をツインテールにしていて、どこか気品を感じる顔立ちをしていました。
そう、彼女はジャクリーン。
メイドを辞めた彼女は、その後シャーリィの勧めで、指先を飾る芸術……ネイルアートの店を開業したのでした。
最初、シャーリィにネイルアートの話を聞いた時はびっくりしましたが、聞くにつれ、どうしてもやってみたくなったのです。
その後、彼女の父親を紹介され、資金を援助してもらい、漠然としていたシャーリィのイメージを形にし。
ネイルアートの小さな店を貴族相手に始めたところ、これが大成功!
今までは整えるだけだった指を、綺麗に飾る、という発想は貴婦人たちに大ヒットしたのでした。
手先が器用なジャクリーンの施すネイルアートは、まさに芸術。
さらに、キラキラと指先で輝くそれは、なんと宝石のかけらを散りばめたものでした。
宝石をカットする時に出るそれらを貼り付けたもので、そのゴージャスさに、貴婦人たちはもう夢中なのです。
(ほんと、あいつの発想には脱帽だわ。よくこんなこと考えつくわね)
シャーリィは、ネイルアートのことを「よそで流行っているの」と言っていました。
それで、この国でもやれば儲かるだろうと思っていたけど、自分は忙しくて手が回らないから、と。
だからといって、さんざん迷惑をかけた私によく任せる気になったわね、とジャクリーンは呆れてしまいます。
本当に、人がいいというか……やっぱり、変わったやつです。
「まあ、私もせいぜい頑張るわよ。このお店を皮切りに、この国のファッションに革命を起こしてやるわ!」
そう力強く宣言し、ジャクリーンは胸を張りました。
今はまだ、助けられているだけ。
でも、いつか……あんたの発想を超えてみせる。
だから、今度会った時は、私のことを。
どうか、友達だと、思って欲しい──。
ジャクリーンは、心に強く、そう願ったのでした。




