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お米と収穫とジャクリーン3

「オニギリ……? 炊いたゴハンとやらを手で握ってたけど、これって料理なの?」


 お皿に載ったおにぎりを見て、アンが不思議そうに言います。

どうやら、食材を炊いて手で握るだけなんていう、乱暴な料理を見たのは初めての様子。

たしかにこの国では聞いたことがありません。


 でも、私は胸を張って言えます。

そう……おにぎりは、料理だと!

そして、文化だと!!


「うふふ、まあ食べてみて。何事も、味わってから考えるものよ」

「まあ、そうね。それじゃ、遠慮なく」


 そう言って、おにぎりを一つ手に取るアン。

クロエとサラもそれにならい、一個ずつ手にして、パクリ。


 すると。

噛みしめるとともに、三人の表情がぱあっと明るくなりました。


「やだ、おいっしい! なにこれ、美味しい! 信じられない!」

「お姉さま、これすっごく美味しいです! 塩っ気があって、でも凄く甘みもあって、噛むのが凄く気持ちいい! おいしー!」


 言いながら、パクパクとおにぎりにかぶりつくみんな。

そうでしょう、そうでしょう!

新米の炊きたてご飯をおにぎりにしたら、そりゃあ美味しいですとも!


「塩の塩梅がすごくいいわ……。このために、手に塩をつけてたのね」

「そういうこと。握るとともに、ちょうどよく塩をつける方法なの。後は、握る力の調整が大事ね」


 おにぎりは、空気を抱き込むようにふんわりと、だけどボロリと崩れたりしないように握るのが大事。

私は前世でおにぎり名人にあこがれていて、料理研究家様の動画を何度も見て練習しまくっていたのでした。


 そのおかげか、人生をまたいでもこうしてちゃんと握ることができています。

ああ、先生。

私、異世界でもおにぎりを握れていますわ!


「あ、でもこの黒いのはちょっと苦手かも。美味しいけど、口の中にはりついちゃう……」


 と、おにぎりについたのりを見ながら、少し困った顔で言うアン。

ああ、そういえば前世で聞いたことがあります。

他国の方は、のりが苦手だって。


 匂いが嫌いだったり、口の中で張り付いたりとかで。

今後、のりを布教するにあたっては、そのあたりも考えないといけませんね。


「あー、でもこれ素敵だわ。簡単なのに、こんなに美味しいなんて! 中にシャケを入れてあるのもいいわ! 軽食として手軽に出すのに最高じゃない?」

「さっすがアン、そのとおりよ! 片手で食べられるし、冷めても美味しいし。おにぎりって、最高よ!」


 それに、中の具を変えればバリエーションも増やせますし。

ジョシュアに出しても、きっと喜んでくれるでしょう。


「良いわ、これマスターしたい! オニギリの握り方、私にも教えてくれない?」

「わっ、私たちもできるようになりたいです、お姉さま!」

「もちろん! 一緒に作りましょう!」


 なんて盛り上がって、全員でおにぎりを握りだす私たち。

すると、それに釣られて他班のお姉さまたちも集まってらっしゃいました。


「なんだいなんだい、楽しそうだねえ。シャーリィ、あんたまた妙なことを初めたね!」

「なにか炊いたの? 不思議な匂いね。でも、嫌いじゃないわ」


「まあ、なにその白くて三角の物体。え、食べ物なの? どんな味なのかしら。興味深いわ!」


 わいわいと一気に賑やかになり、そして皆様おにぎりに興味津々。

「どうぞどうぞ、皆様もお試しください!」と、私は喜色満面。

大大大好きなお米を、皆様に大いに振る舞ったのでした。


◆ ◆ ◆


「……ふん、なによ。楽しそうにしちゃって。あいつ、また変なことしてる」


 盛り上がるシャーリィたち。

ですが、メイドキッチンの端から、それを面白くなさそうに見ている一団がいます。

そう、それはメイドの四班。ジャクリーン班の面々でした。


「変なもの炊いて、変な匂いを部屋中に広げて。だから嫌なのよ、あの子」

「なによ、あの白いつぶつぶの気持ち悪い食べ物。馬鹿みたい」


 鬱々とした、トゲのある言葉をつぶやきあう四班のメイドたち。

ですが、そこで一人がボソリとつぶやきました。


「でも……どうせまた、おぼっちゃまに大好評で、あの子はまた名を上げるんでしょうね……」

「……」


 それに、全員が重苦しく沈黙します。

そう、シャーリィの料理はいつでも大評判。

出すたびに人気を呼び、今ではメイドの中心的存在にまで成り上がっていたのでした。


「あの子の出すおやつが食べたいって、注文がひっきりなしに来てるものね」

「チョコ、大人気だものね。うちの親も、どうにか手に入らないかって手紙で聞いてきたわ」


「そんなあの子が、ずっと頑張って育てたらしいし。そりゃ良いもんなんでしょ。宮廷魔女様とも親友らしいし」

「…………」


 そんな彼女たちの、嫉妬とも羨望ともとれない会話を、ジャクリーンは手を動かしながら聞いていました。

ジャクリーンの班は、シャーリィが来たばかりのころに敵対してしまい、その後シャーリィが名を上げるたび苦しい状況に追いやられてきたのです。


 その後、仲直りする機会は何度かあったように思えますが、プライドの関係で彼女たちはうまく馴染めずにここまできたのでした。


「ふん、なによ、平民のくせに。私達の家のほうが、ずっと格上よ」

「そうね……。でも、あの子の料理にかける情熱は本物だわ」


「……うん。認めたくないけど、料理に関しては、私達とは格が違うわ」


 おにぎりで盛り上がるメイドたち。

完全に蚊帳の外におかれた彼女たちは、それを遠巻きに見ていることしかできません。


「…………」


 そんな仲間たちを見て、ジャクリーンは胸が張り裂ける思いでした。

つく相手を間違えた、と、暗に言われている気分です。

そう、ジャクリーンがあの時シャーリィをいじめたりしなければ、今ごろは……と。


(なによ、私だって、私だって……!)


 胸に痛みを感じながら、チラリとシャーリィの方を見るジャクリーン。

すると、シャーリィは本当に幸せそうな顔で笑っていて……。


「っ……!」


 ジャクリーンは、もうどうしようもなくて。

そっと、メイドキッチンを抜け出したのでした。

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