表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍・漫画化しました!】異世界メイドの三ツ星グルメ ~現代ごはん作ったら王宮で大バズリしました~【旧題・美食おぼっちゃまの転生メイド】  作者: モリタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/278

ドーナツの騎士様6

「こ、これはおぼっちゃま……!」


 まさか、まさかのおぼっちゃまの登場です。

慌てて廊下の隅に下がろうとした私を、おぼっちゃまが片手を上げて制します。

そのお顔は……どことなく、怒っているような気が……。


「お、おぼっちゃま、このようなところにお一人で、どうなされました?」


 そう、おぼっちゃまはお一人でした。お付きも護衛も付けず。

ですがそんな私の質問には答えず、おぼっちゃまは不機嫌そうな声でおっしゃったのです。


「兵士たちに、おやつを出したらしいな」


 っ……!

しまった。おぼっちゃまは、とても不満そうです。

どうやら、私はしくじったのかもしれません。


 よくよく考えれば、私達メイドはおぼっちゃまのためにおやつを作る身。

そんな私達が、おぼっちゃま以外におやつを振る舞うこと。

それは、王族の方が口にする物を、目下の者に振る舞うことに他なりません。


 それは、とても無礼なことだったのでは……。

メイド長のお許しがあったので完全に見逃していましたが、まずはおぼっちゃまにお(うかが)いを立てるべきだったのでは。


(どっ、どうしよう、これっ……。もしかして、クビ……? いや、そんなぬるくないかも!)


 最悪、本当の意味でクビ……つまり、断頭台行き。

王者の機嫌を損ねるということは、つまりそういうことなのでは。

いや、おぼっちゃまがそんな野蛮なことをするとは思えない。思いたくない。


 とはいえ、出してしまったものはもうどうにもなりません。

冷や汗をダラダラ流しながら固まる私。ああ、今世もこれまでか。

まだまだ食べたいものがあったのに!


 せめて、来世の私よ、どうかまた記憶を取り戻して。

いえ、その次も、その次も……!

覚悟を決める私におぼっちゃまはゆっくりとにじり寄ってきて、そして、私のメイド服のスカートをぎゅっと掴むと、私を見上げてこうおっしゃったのです。


「……余の分は?」


 ……へ?

思わず驚いた顔でおぼっちゃまを見下ろします。

私の服を掴み、不満そうに見上げるその顔は……ただの、お子様でございました。


(ああ、そういうこと……)


 そこで、ようやく私は理解したのです。

おぼっちゃまは、今、王子としてお話ししていたのではありません。

わずか十歳の男の子として、不平等を怒ってらっしゃったのです。


「兵士たちが、楽しそうにおやつの話をしていた。穴が空いてて、ふわっとしてて、とびきり甘くて初めて見たって。ずるい」

「いっ、いえ、そのっ……。あれは、簡単なおやつでして、その、おぼっちゃまにお出しするほどかと言うと、そのっ……」

「ずるい」


 にゅっと口を尖らせて、そうおっしゃるおぼっちゃま。

ですがおぼっちゃまは、おやつタイムにちゃんと別の物を食べてらっしゃいます。

それでも。それでも、自分が知らないものを私が出したということが、お気に召さないのでございましょう。

 

「余の分、作って」

「で、ですが、おぼっちゃま。そろそろディナーのお時間では……」

「作って!」


 強い声でおっしゃるおぼっちゃま。

そこで、ついに私は観念し。


「わ、私が試食のために用意したものがございます。それでよろしければ……」


 と、大事な大事な自分の分を、我が君へと差し出したのでございました。


◆ ◆ ◆


「おぼっちゃま。いかがでございますか?」


 おぼっちゃまの前に茶をお出ししながら、私が尋ねます。

すると、おぼっちゃまはドーナツを噛み締め、幸せそうに微笑んでおっしゃいました。


「おいしい! これが、ドーナツか」


 そしてそのまま、真ん中に空いた穴をじっと見つめます。

場所は、私の超狭いメイド部屋。

ドーナツをすぐに食べたい、けど人目につくとうるさいとおっしゃり、まさかまさかの展開でおぼっちゃまがおしかけ……もとい、おいでになられたのでございます。


「ドーナツは、どうして穴が空いているのだ?」

「おそらく、揚がり具合を均等にするためでございます。穴がないと、中心と周りとでは揚がり具合が変わってしまいますので」

「ほう、これは揚げたお菓子なのか。どうりで変わった食感だと思った」


 おぼっちゃまが、世界の神秘に触れるようにおっしゃいます。

そして、続けておっしゃいました。


「しかし、おそらくとは他人事のように言うな。ドーナツは君が考えたものではないのか、シャーリィ」

「うっ」


 しまった。またやってしまいました。

どうしても自分のもののように言うことに抵抗があり、こういう言い回しになってしまいます。


 こうなると、また嘘をつかなくてはなりません。

心苦しく思いつつ、私は言いました。


「わ、私の父は商人でございます。故に旅商人たちとお話しする機会も多く、よく遠方のお菓子の噂などを聞きまして。実はそれを元に、作っているのでございます」

「ふうん、そうであったか」


 おぼっちゃまはそうお答えになりました。

はたして納得してくださったのか。頭の良い方なので、もしかしたら私の嘘ぐらい見抜いてらっしゃるかも。


 それでも重ねて問うことはなさらず、ドーナツを齧りながらおっしゃいました。


「なんにしろ、シャーリィの作るものは珍しくて美味しい。それでよい」

「もったいないお言葉でございます……!」


 慌てて頭を下げようとした私を、おぼっちゃまが手で制しました。

いちいち大仰にやらなくていい、ということでございましょう。

そしておぼっちゃまはドーナツの一つを手に取り、私に差し出しながら言いました。


「一緒に食べよう」

「えっ、で、ですが……」

「いいから。さあ」


 王子様と一緒におやつを食べるなんて、メイドに許されるのでしょうか。

そうは思いましたが、本来はひどく楽しみにしていたドーナツです。

誘惑に勝てず、私はそれを手に取りかじりつきました。


「おいしーい……!」


 思わず声が漏れます。

揚げたてドーナツも大好きですが、しばらく時間が経ったドーナツも私は大好きです。

表面についた砂糖と生地が合わさって、実にグッド。

これを作った人は間違いなく天才ですね……あ、私でした。


 などと喜んでいる私に、おぼっちゃまがおっしゃいました。


「この事は秘密だぞ、シャーリィ。夕飯の前にメイドの部屋でおやつを一緒に食べた、なんてことがうるさい奴らに知られたら大事だ」

「もちろんでございます。そしたら、私も処罰されてしまいますもの」

「じゃあ、余たち二人きりの秘密だ」


 そう言って笑ったおぼっちゃまの笑顔は、完全にいたずら小僧のものでございました。

前世でも今世でも私に弟はいませんが、いたとしたらこんな感じでしょうか。

そう考え、私も思わず笑みを浮かべてしまいます。

こうして、私達は笑い合いながらドーナツを心ゆくまで楽しんだのでした。


◆ ◆ ◆


 この日、私はこのようにおぼっちゃまの新たな面を知り、もっともっと好きになってしまったのです。

ドーナツの騎士様も、大事に抱えていたドーナツの籠を自室に隠し、満面の笑みを浮かべていることでしょう。


 兵士の皆様はようやくの休息を楽しみ、メイドの皆様も今日の日の出来事を楽しそうに話し合い。

落ち着きを取り戻した王宮はゆっくりと夜に染まっていき、穏やかな時間がすぎていくのでした。


 ですが……私にとって、これは次の事件への始まりに過ぎなかったのです。

まさか、おぼっちゃまにお出しするべき”アレ”があんなことになるなんて……この時の私には、知る由もなかったのでした。

読んでいただいてありがとうございます!

下の☆を押して応援してくださると、その分シャーリィがクッキーを焼きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ