お米と収穫とジャクリーン2
「……よぉし! 炊けた! 炊けたわ!」
お米の収穫から、はや数週間。
脱穀や精米の作業を済ませ、ついに私がよく知っている白く輝く姿になった、愛しいお米たち。
その形は、ちゃんと前世日本で食べたお米と似た形をしていました。
ああ、品種がインディカ米とかじゃなくて本当に良かった……。
あれはあれで良いものですが、私が食べたかったのは、慣れ親しんだ日本のお米なのです。
そんな大事なお米たちを、綺麗に研いで、浸水させ、お鍋で炊くこと数十分。
すると、メイドキッチンにお米が炊ける素敵な匂いが充満します。
そして火を止め、蓋を取るのを必死に我慢しながら、蒸らすこと十分。
いよいよだ、とゴクリとツバを飲み込み、そっと蓋を開ける私。
すると、そこに──
「……ご飯だあああああああああああああああ!!!」
輝くように白く、ツヤツヤに炊けたご飯が姿を現したのです!
ああ、ああ。恐ろしく遠い道のりでしたが、ついに、ついに!
ついに、私は……ご飯を、手に入れた!!!!
「あああっ、ご飯だわ、ご飯っ……ああ、しゃもじで触れる感触も全く同じ! ご飯……ご飯!」
木製のしゃもじを突っ込むと、それはたしかに夢のようなご飯の感触!
このしゃもじは、いつかご飯を炊く日を夢見て、昔に作ったもの。
お米もないのにしゃもじを作っていた、過去の自分の執念にちょっとぞっとしますが、それもついに報われる日が来たのです!
「わあ、炊くとこんな感じなんだ。なんだか変わってるわね。シャーリィ、これが、あんたがずっと食べたかったものなの?」
「ええ、そうよアン! 私は、これと巡り合うために生まれてきたのよ!」
炊けたご飯を見ながら、ちょっとピンとこない様子のアン。
まあ、心が日本人じゃない人ならそんなものでしょう。
そんなアンに私は、人生最高のテンションで応えます。
ちょっと言い過ぎで怪しまれてしまいそうですが、今はそれどころではありません。
我が班のみんな……アン、クロエ、サラに見守られながら、私は震える手でご飯を茶碗によそいます。
この茶碗は、今日のこの時のために、職人さんに発注しておいたもの。
マイ茶碗に、たっぷりの白米。それが、この世に存在している喜び。
ああ……ああ。
お茶碗に盛られたご飯って、なんて、なんて美しいの!
ですが、同時に不安もあります。
(これで、美味しくなかったらどうしよう……)
私が前世で大好きだったお米の種類は、いわゆるジャポニカ米。
甘くて粘り気のあるそれは、何度も品種改良を繰り返したものだと聞いていました。
はたして、形が似ているからと、あれと同じ感動を味わえるものでしょうか。
ここまで苦労しておいて、もし味にがっかりしてしまったら、作ってくれたアガタにもお米にも申し訳ありません。
いえ、もちろん今回ダメでも、生きてる限り改良を目指して育てていきますけども。
ああ。答えを知るのが、怖い!
「いやいや、ダメよシャーリィ、恐れていては! これは我が子、どんな状態でも受け入れるのよ! それが愛なのよ、愛!」
お茶碗とお箸を持ってグルグル歩き回りながら、ブツブツ独り言をつぶやく私。
そんな私を、アンたちが「はよ食えや」と白い目で見ているのはわかっていますが、なかなか勇気がわきません。
ですが、このままではせっかくのご飯が冷めてしまいます。
ええいままよ、と私はご飯をお箸ですくい、じっと見つめること十秒。
覚悟を決めて、口中に放り込んだのでした。
すると。
「あっ……」
私の口から、小さな歓喜の声が漏れました。
口の中に広がる、暖かさと、豊かな旨み。
噛み締めた瞬間に感じる、柔らかながらもしっかりとした歯ごたえ。
噛めば噛むほど甘く、飲み込めば五臓六腑に染み渡るそれは。
間違いなく……間違いなく。
私の探し求めていた、ご飯そのものでございます!!
「うんまあああああああああああああああいいいい!!」
はしたなくも喜びの絶叫を上げてしまう私。
ああ、ああ。
ああ……!
「うっ、うっ。うう、生まれてきて、良かったぁ……」
「そんなに!? シャーリィ、あんたなんで泣いてるの!? なにか食べてそこまで感動すること、ある!?」
ボロボロと涙を流す私に、アンが驚いた様子で言います。
そりゃ、他の誰かにはわからないことでしょう。
人生をまたいで、もう一度ご飯を口にできた日本人の気持ちなんて!
「うわああん。美味しいよう、美味しいよう」
泣きながらご飯をがっつく私。
美味しくないかも、なんて心配する必要はどこにもなかったのです。
ご飯は、この世界でも最高の味で私を出迎えてくれました。
ええ、それはもう、素晴らしい感動とともに!
それは、自分で育てたという贔屓目もあるのでしょう。
ですが、それ以上にこのお米は、たしかに美味しいのでございます。
お米が一粒一粒しっかりと立っていて、旨みも十分。
べちゃべちゃせず、でもちゃんと水分を含んだ、主食として胸を張れる出来栄え!
はたして、どこの国で作られたものなのか。
大魔女様に種もみを託したという旅人さんに聞かねば、それはわからないでしょうが。
ただひたすらに感じること、それは。
……ここまで旅をしてきてくれて、ありがとう。
それ以外の言葉が、見つからない!
「ね、ねえ、シャーリィ。自分ばかり食べてないで、私たちにも試させてよ」
アンがちょっとうらやましそうにそう言い、クロエとサラも興奮した様子でうんうんとうなずいています。
しまった。私としたことが、我を忘れて自分一人で楽しんでしまいました。
正直、限りあるご飯を独り占めしたい気持ちもありますが、これはみんなで育てたもの。
お米は、次の種もみにする分を除いても、大きな袋二つ分も収穫できました。
つまり、人に分けても当分は楽しめるし、来年にはもっとたくさんのお米が収穫できるのです。
なら……みんなにも楽しんでもらうしかないでしょう!
お米を!
(だけど、このまま出したんじゃ、アンたちにはちょっと味気ないかもしれないわね)
やっぱり、ご飯にはおかずが欲しいところ。
そこで、自分がご飯と一緒に食べるために焼いておいたシャケに目を向け、にやり。
ちょっと待ってね、と断ってからしっかりと手を洗い、そして。
私は両手に塩を振り、そのままぐわっと、鍋の中に手を突っ込んだのでした。
「えっ、ちょっとなにやってるの、シャーリィ!? それ、熱くないの!?」
「熱いわ! でも、これでいいのよっ! 見てて!」
手が熱いのをぐっと我慢してご飯を掴み、その上にほぐしたシャケを載せていきます。
そして決して固くは握らず、されど柔らかすぎず、空気を含むようにして三角の形に。
そして最後に海苔を巻き、お皿の上に並べて。
驚いている三人に、私は元気に言ったのでした。
「お待たせ! シャーリィ特製、新米のシャケおにぎりよ!」