ドーナツの騎士様とお土産スイーツ5
「えっ!」
ローレンスの父、セドリックがバームクーヘンを食べて美味いと言った瞬間。
マリアンヌは、驚きの声を上げてしまいました。
(そんな……旦那様は、甘い物なんて大嫌いなはず。お世辞でも、美味しいだなんて!)
驚愕する彼女の前で、セドリックはバームクーヘンを食べるのに夢中です。
そして、うっとりとした顔でこう言ったのでした。
「一つ一つ層があるおかげで、独特の触感があり、歯ざわりがとても心地よい……。それに、甘みも程よく、口の中がベタついたりもしない。これは……これは、とても良いものだ」
「ええ、父上。まったくそのとおりです。私もはじめて食べましたが、このバームクーヘン、実に素晴らしい」
それに、驚いたことに自慢の息子、ローレンスまでもがバームクーヘンを絶賛しながら食べているのです。
二人して、それはもうニコニコと、見たこともないような笑顔で。
そして、あっという間に二人の前からバームクーヘンが消えたところで、シャーリィがこう言ったのでした。
「あのう。よろしければ、もう一種類。チョコがかかったバームクーヘンもございますけれども」
「「いただこう」」
それに異口同音で二人が答え、次にすぐ手を付けながら、こんなことを話し始めます。
「父上、私は思うのです。騎士とはいえ、食べ物ぐらい好きにしてよいのではないかと」
「うむ、私も同じことを考えていたところだ。我が家の悪しき習慣だったかもしれぬ。お前の代からは、撤廃してよい」
それを聞いているマリアンヌは、ぽかんと口を開けるばかり。
そして、考えてしまいます……もしや、二人は元から甘い物が好きだったのでは、と。
だけど、立場があるから我慢していただけなのでは。
だとしたら。
(……私は、妻と母親失格だわ。家族の好みにも気づけずにいたなんて……)
それに。それに、です。
最愛の息子、ローレンス。真面目で良い子だけど、自分を表現するのが下手で、どこか他人と隔たりを持つ子。
その子が、隣に座るシャーリィには、自然な笑顔で、とても打ち解けて接しているように見えたのです。
友達だというのは、本当なのでしょう。
けれど、マリアンヌにはローレンスの気持ちがそれ以上に見えました。
(そう。あなた、その子が好きなのね)
わざわざ連れてくるほどの子です。
おそらくは、そういうことなのでしょう。
マリアンヌは、今日、ローレンスに見合いの話をしようと思っていたのですが。
どうやら、引っ込めるしかないようです。
(いくらお見合いを用意しても、断るわけだわ。はあ……。いつまでも、私の可愛い子だと思っていたけれど)
いよいよ、子離れをしなけばいけないのかもしれないわね。
笑顔を向けあうシャーリィとローレンスを見ながら、マリアンヌはため息とともにそんなことを思ったのでした。
◆ ◆ ◆
「それでは、そろそろお暇いたします。本日は、本当にありがとうございました!」
そう言い、迎えの馬車の前で深々と頭を下げるシャーリィ。
玄関先までわざわざ見送りに来たセドリックが、小さくうなずいて彼女にこう言いました。
「また、来なさい」
「あっ……はい! 是非! 今度は、違うお菓子をお持ちしますわ!」
珍しいことを言うセドリックと、嬉しそうなシャーリィ。
なんだか二人が通じ合っているように見えて、マリアンヌは少し嫉妬を感じてしまいます。
(でも、料理が得意な嫁というのも悪くないかもしれないわね)
なんて考えて、未来をそっと想像するマリアンヌ。
庭を駆け回る、ローレンス似の可愛い二人の男の子。
そんな二人に、嫁に来たシャーリィが美味しいお菓子を焼いてきて、子どもたちが心底幸せそうに駆け寄ってきます。
そこには、もちろん穏やかな笑みのセドリックとマリアンヌも。
孫二人は、お祖母様のマリアンヌが大好き。
笑顔で「お祖父様、お祖母様。今日もお母様のおやつ美味しいね!」なんて、言ったりして……言ったりして!
(……悪くないわっ!)
輝くような未来予想図に、ぐっとこみ上げるものを感じるマリアンヌ。
そしてシャーリィにそっと近づくと、情熱的にその手を取って、こう言ったのでした。
「あなた。ローレンスを、お願いね!」
「えっ……? あ、はい、お任せください!」
マリアンヌの言っている意味がわかっているのか、わかっていないのか。
曖昧な笑みでそう答えるシャーリィ。
そして、やがて二人は馬車に乗って行ってしまいました。
それを見送った後、セドリックが感心したように言います。
「なかなか素敵なお嬢さんだった。ローレンスも、あれで見る目がある」
「はい、旦那様。……ですが、まさか旦那様があんなに甘い物をお好きだなんて知りませんでしたわ」
少し拗ねた口調で、マリアンヌが言います。
それならそうと、言ってくれればよかったのに。
すると、セドリックは少し困った顔をしました。
「すまんな。私にも、いろいろ立場というものがある。そう思っていたが……妻にぐらい、もっと気を許すべきだった」
「旦那様……」
そう言うと、セドリックはマリアンヌの肩に手を伸ばし、そっと抱き寄せました。
あまりにも久しぶりなそれに、思わず胸が高鳴ります。
そして、じっとマリアンヌの瞳を見つめながら、セドリックはこう続けたのです。
「どうだろう。今夜は久しぶりに、どこかの店にでもいかぬか。実は少し気になっていた店があってな。デザートが、美味しいらしいのだ。……今まで我慢していた分を、取り戻したくてな」
「まあ……。もちろん、ご一緒しますわ。どこまででも」
そう言って、うっとりと見つめ合う二人。
そしてそれから半年ほど後。
ローレンスは、すごく歳の離れた弟か妹が出来たことを知り、驚愕の表情を浮かべることになったのでした。




