ドーナツの騎士様とお土産スイーツ4
「バームクーヘン……名前まで変わっているわ。それに、この奇妙な形。どうやって作ったのかしら」
と、マリアンヌ様がおっしゃるので、私はにっこり笑顔で解説します。
「はい、マリアンヌ様。こちら、生地を棒にまとわせて火にかけ、焼けたら次を足していく、という方法で作っております!」
そう、それが丸いバームクーヘンの作り方。
棒を生地に漬けてまとわりつかせ、火の上でグルグル回して焼き上げ、次を足す。
次が焼けたらまた漬け、焼き、そしてまた漬け……という単純作業の繰り返し。
言うのは簡単ですが、これがまた大変!
時間はかかるし、各層の焼き加減で食感がかなり変わってしまうのでございます。
焼きすぎだったり、半生だったりするともう最悪。
コンビニやスーパーで何気なく買って食べていたバームクーヘンが、ここまで大変なものだったとは思いもしませんでした。
実は、似た感じで作るだけなら、フライパンで一層ずつ焼いて合体させていき、卵焼きのように四角く作るやり方が楽なのですが。
今回は丸い形にこだわってみました。
その理由は。
「こちらのバームクーヘンは、樹木にできる年輪と似たような形をしております。年輪とは、木が健康に育ってきた証。そして、時を経るごとに立派になるものでございます。時間とともにより健やかになるように、という意味合いがございますわ」
そう、それが、バームクーヘンが縁起物とされる理由。
長い時間の平穏と無病長寿を願うとされており、年上の方への贈り物としてはなかなか気が利いています。
「まあまあ、それはずいぶんと手間のかかる物をどうも……。ああ、でも」
感心した様子のマリアンヌ様。
ですが、そこで夫であるセドリック様のほうをチラリ。
すると、視線が集まってきたところで、セドリック様は仏頂面で仰ったのでした。
「すまない、シャーリィ殿。せっかくだが、私は甘い物を食べないのだ。騎士なのでな」
ああ……やはり、そういう反応になりますか。
セドリック様は、見たくもないとばかりにバームクーヘンから目を逸らしています。
「やっぱり。旦那様は、甘いものが大嫌いなの。私がなにか用意しても、絶対に口になさらないのよ。もちろん、ローレンスもね」
そう言うと、ちょっとだけ満足そうな顔のマリアンヌ様。
やっぱりよそ者ね、我が家のことがわかってないわね、といったところでしょうか。
でも、それは違いますわ。
私がバームクーヘンを取り出した時、そして目の前に置いた時。
セドリック様の視線がそこに吸い込まれていたことを、私はしっかり確認しましたから。
(やはり、この方も甘党だわ。私の甘党センサーにバッチリ引っかかったもの)
ローレンス様と視線を合わせ、頷きあう私。
そして、用意してきた“甘い物を食べる理由”を披露したのでした。
「実は、この度、おぼっちゃま……ウィリアム殿下から、言伝てを賜っております。よければ、お話させていただいてもよろしいでしょうか」
「ほう、殿下の……。すでに引退した、私のような者にもお心を砕いてくださるとは。もちろん、拝聴させていただく」
驚いた顔で、元からしっかりしていた姿勢を更に正すセドリック様。
それにならうように、私もしっかりと背筋を正し、少し緊張して話し始めたのでした。
「では、まいります……『セドリック。お主は、いつも仏頂面をしていて、つまらぬやつだ。余をすぐに諫めるし、稽古の時に加減も知らぬ』」
「ちょっと、あなた!?」
私がそこまで言ったところで、マリアンヌ様が立ち上がり、悲鳴のような声を上げました。
うちの夫になんてことを、と顔に書いてあるので、私は慌てて釈明します。
「あ、あくまでおぼっちゃまのお言葉にございますわ! あくまで!」
「あ、ああ……そうよね。ごめんなさい、私ったら」
申し訳無さそうな顔で座り直すマリアンヌ様。
もう、おぼっちゃまったら、このあたりは別にいらなかったのではないかしら!
「こほん。では、あらためまして。……『だが、余はお主のことを嫌いではなかったぞ。お主が引退すると聞いた時、余は寂しかった。どうだ、引退生活を快適に過ごしておるか? お主は真面目すぎるから、少しは楽にして、人生を楽しむがよい』」
「ウィリアム殿下……」
そこまで言ったところで、セドリック様はわずかにうつむき、目頭を抑えました。
セドリック様にとっても、おぼっちゃまは特別で、可愛い存在なのでしょう。
「『そして、たまには王宮に顔を見せよ。お主の仏頂面も、たまには見たいもの。その時には、余のおやつを分けてやろう。共に食べられるように、甘い物に慣れておけ。再会を、楽しみにしている』。……以上に、ございます」
「……たしかに、聞かせていただいた。お礼申し上げる、シャーリィ殿」
そして、しばしの瞑目の後、セドリック様はすっとお顔を上げて、そうおっしゃってくださったのでした。
「引退した後に、我が王が倒れられ、殿下に重責がかかった時は後悔したものだ。こんな時に、私が側に居れぬとは、と。だが、そうだな。引退していても、お側に行くことはできる。もちろんすぐにでも、会いに行かせていただこう」
「はい、セドリック様。おぼっちゃまも、お喜びになりますわ! もちろん、私達メイドも歓迎いたします!」
そのお言葉に、笑顔で応える私。
この言伝ては、おぼっちゃまがまた深夜に寝室を抜け出してきた時に、いただいたもの。
前に肉まんを一緒に食べたあの日から、私たちは週に一度ほど、夜食を共にするようになっていたのでした。
その時に、ローレンス様のお父様に会いに行きます、と伝えると、おぼっちゃまはこのお言葉をくださったのです。
「そういうことですので、お得意でないのは重々承知なのですが。私の顔を立てると思って、よければ召し上がってくださいませんでしょうか」
「う、うむ……」
チャンスとばかりにそう促しますが、セドリック様はバームクーヘンを見ながら困り顔。
厳しい顔を見せてきた妻や息子の前ですから、やはりどうしても抵抗がある様子。
ですが、そこでローレンス様がこんなことを。
「父上。甘いものは、殿下の好物にございます。それも、とびきりの。であれば、私たち臣下もそれにならうべきではございませぬか」
「……ローレンス」
「すべては、殿下のご厚意。それに……シャーリィの作る品には、魔法がかかっております。人を幸せにする、魔法が」
真面目な顔のローレンス様。
すると、セドリック様はついに観念した様子で、フォークに手を伸ばしてくださいました。
「そうだな。お前の言うとおりだ。なぜ、殿下が好まれるものを我らが否定できよう。……では、ありがたく」
そう言って、バームクーヘンを丁寧に切り分け、口に運ぶセドリック様。
お口に合うかしら、とちょっと心配しながら見守っていると。
やがて、彼はカッと目を見開いて、感動に震えながらこうおっしゃったのでした。
「美味い……! 美味いぞ……これは、なんという美味さだ……!」




