ドーナツの騎士様とお土産スイーツ3
「あのう、ローレンス様のお母様。大丈夫でございますか?」
倒れたローレンス様のお母様……マリアンヌ様を慌てて担ぎ、お家のソファに寝かせ。
濡らした布を額に当て、扇で必死にあおいでいた私、シャーリィ。
やがてマリアンヌ様が目を覚まし、ヨロヨロと身を起こしたのでそう尋ねると、彼女は曇った瞳でおっしゃったのでした。
「あなたに心配されるいわれはないわっ! なによ、優しくしないで! 汚らわしい!」
ああ……どうやらまだ誤解してらっしゃる様子。
さてどうしたものか、と考えていると、心配そうに様子を見ていたローレンス様が、固い声でおっしゃいました。
「母上、私の友人に失礼なことを言わないでください。彼女と私は、誓ってやましい関係ではない。本当に、王宮に仕える者同士として友人関係にあるだけなのです」
「えっ、あ、そ、そうなの……?」
ローレンス様の強い言葉に、動揺なさるマリアンヌ様。
すると、もうお一人、ローレンス様のお父様であるセドリック様が、ふうとため息を吐かれます。
「思い込みが激しいのがお前の悪いところだ。真面目なローレンスが、いきなりそのような者を連れてくるわけがあるまい」
「ご、ごめんなさい、あなた。そのとおりですわ。私ったら、ついカッとなって」
旦那様とお子様にたしなめられ、しゅんとするマリアンヌ様。
うーん、実に個性的なお母様です。
なんだか親近感を覚えてしまいました。
しかし、マリアンヌ様を心配するセドリック様とローレンス様のお姿は、中々に印象的でした。
お二人とも血相を変え、彼女の体をいたく心配してらっしゃって。
ああ、愛されてらっしゃるのね、と強く感じます。
ちょっとだけ羨ましい。……ちょっとだけ、ね。
「あなた、ごめんなさい。王宮に仕える方に、失礼なことを言ってしまいました。どうかお許しになって」
そう言って、平民である私に深々と頭を下げてくださるマリアンヌ様。
慌てて頭を下げ返しながら、「とんでもございませんわ。私こそいきなり押しかけてしまい、申し訳ありません」と答える私。
どうやら、息子が女性を連れてきたことにショックを受けただけで、本来は話の分かる方のようです。
まあそれはさておき、マリアンヌ様のお体も大丈夫な様子ですし。
あらためて、リビングに移動してお話を、となったのですが。
「あのう、今日は使用人の皆様などは……」
「全員、お休みを与えました。息子と水入らずで過ごしたかったので」
とのことですので、「では、よろしければ私が茶をお入れしますわ!」と申し出て、私は人様のキッチンへともぐりこんだのでした。
最近は、よその調理環境にも興味津々な私。
すると、そこは見事に整っていて、思わず感動してしまいます。
「うわー、綺麗ー! ピッカピカだわ、毎日よほどお手入れしているのね……!」
キッチン自体はもう何十年も使っているものでしょうが、細かいところまで掃除が行き届いていて、見ていて気持ちが良いです!
フライパンやお玉など、調理に使う道具も綺麗に磨いてあって、コックさんの人となりが見えるよう。
使用人が頑張って仕事をする家は、家主の人柄が良い家です。
キッチンを見れば、嫌でもそれがわかるというもの。
どうやらご主人である夫妻は、使用人の皆様に愛されてらっしゃるようですね。
「お待たせいたしました」
そしてお茶を入れ、リビングの皆様にお出しする私。
すると、いかつい眼帯に、見事な髭を蓄えたセドリック様が、見た目とは裏腹な優しい声で「ありがとう」と言って、口をつけてくださいました。
そして、一口飲んだ後、驚いた様子でおっしゃいます。
「ほう……これは。なんとも美味い……。茶葉を、持ってきてくれたのかね?」
「あ、いいえ。失礼ながら、こちらのお宅にあったものを使わせていただきましたわ」
そう答えると、そこでローレンス様が口を挟んでくださいました。
「父上。彼女は、料理の達人です。普通の茶葉でも、彼女が淹れると特別なのですよ。ウィリアム殿下も、彼女の料理をたいそう愛しているほどで」
「なんと、あの殿下がか。それは大したものだ。いや、それにしても、これは美味しい」
二人がかりで褒めてくださって、なんだか照れくさい私。
いえ、正直、王宮に入る前はお茶なんて適当でいいでしょって人間だったのです、私は。
それを、鬼婆のメイド長に教え込まれ、さらに茶葉について造詣が深い三班のメイド長、エイヴリルお姉さまの手ほどきを受け。
今では、私もいっぱしのお茶を淹れられるようになったのでございます。
……それでも、まだまだお姉さまたちには及びませんけれども。
そして、そんな私たちをちょっと不満げに見ていたマリアンヌ様も、一口飲んで「あら、本当に美味しいわ」とおっしゃってくださいました。
「では、あらためまして。私、王宮に仕えさせていただいている、シャーリィ・アルブレラと申します。本日は、突然におしかけてしまい、申し訳ございません」
そう言って、仕切り直しとばかりに挨拶をする私。
ローレンス様はそれに小さくうなずいて、「父のセドリックと、母のマリアンヌだ」と、ご両親をあらためて紹介してくださいました。
すると、セドリック様は穏やかな笑みで、マリアンヌ様は少し複雑そうな顔で会釈してくださいます。
そして、私がローレンス様のお隣に座ったところで、また彼が私のことを話し始めました。
「彼女はその才能を見出され、即座にメイド頭へと抜擢されたほどの腕前なのですよ。なんと、あの料理長のマルセルとディナーで勝負し、勝ったとか」
「ほう、なんと……。マルセルの料理は私も口にしたことがあるが、これ以上があるのかと思うぐらいの素晴らしい味だった。それにその若さで勝つとは、とてつもない才能だ」
「いっ、いえいえ、私など。むしろ、ローレンス様にはお世話になるばかりで……」
「それだけではありません。彼女の作る菓子は、今や王宮中の評判。貴族の皆様がこぞって求める味なのです。それにそれだけではなく、最近ではウドンとやらの店を始めて大繁盛しているとか……」
やたらと私のことを話してくださるローレンス様。
いえ、私を紹介してくださるという話だったのですから、それでいいのかもしれませんが……やっぱり、気恥ずかしいです!
マリアンヌ様もなんだか面白くなさそうですし、ほどほどにしてもらわないと。
そう思って、私は話の切れ間でこう申し出たのでございます。
「あの、それで、なのですが。私、失礼ながら手土産を持ってまいりました!」
そして、カバンからいそいそとお菓子の入った籠を取り出す私。
その中身をキッチンから持ってきたお皿に載せ、フォークを添えて皆様にお出しします。
すると、それを見たマリアンヌ様が驚いたようにつぶやきました。
「まあ……。これは、お菓子、なの? まるで切り株のように沢山の層があって、見たことも聞いたこともない形だわ」
そう、そのとおり。
それは、いくつものあま~い層を持つ、お土産にピッタリのお菓子。
そのまま、ドイツ語で木のお菓子の意味を持つ、それの名は。
「こちら、バームクーヘンでございます!」




