ドーナツの騎士様とお土産スイーツ1
「父もな。実は、甘党なのではないかと思うのだ」
私の前に座る、彼……ドーナツの騎士様こと、騎士団長ローレンス様。
彼がそんなことを言い出したのは、初夏の夕方頃のことでした。
場所は、ローレンス様のお部屋。
知り合ってから、私はちょくちょくこちらに(こっそり)お邪魔して、一緒に甘いものを食べながらお話したりしているのでした。
「ローレンス様のお父様、ですか? たしか、元騎士団長で、とても厳格な方だと聞いておりましたが」
ローレンス様を騎士として厳しく育て、そして「騎士は甘い物など食べないものだ」と、特にそれを禁止なさったとか。
そんなお父様が甘党……。
ないことではないですね。
だって、息子のローレンス様が、こんなに甘いものが好きなんですもの!
「もしかしたら、父もその父、つまり私の祖父から禁止されて我慢しているのかもしれない。最近、そう思うのだ。思い出してみれば、父も時々甘い物をじっと見つめていたような記憶がある」
私の作った、たべっ子どうぶつを美味しそうに食べながら、真面目な顔で言うローレンス様。
いくら美形でも、たべっ子どうぶつを食べながら喋るとあんまり決まらないわね、なんてことを思いながら私は耳を傾けます。
「もしそうなら、父にもこういう、奇跡的に美味しいお菓子を食べてもらいたいと思うのだが……」
と、うさぎ型を食べながら、寂しそうに言うローレンス様。
それはまあ、ローレンス様のお父様は、たべっ子どうぶつを食べてはくれないでしょうね。
「ローレンス様は、お父様思いなのですね」
「そんな大層なものではないさ。時には恨んだこともあった。だが……尊敬はしているし、引退生活に楽しみがあればいいとは思っている」
遠い目をしながら言う、ローレンス様。
ローレンス様のお父様は、数年前に現役を退いたそうです。
今は人に稽古をつけたりしながら、お屋敷で慎ましく生活なさっているとのこと。
「うーん、なるほど。でも、お話を聞く限り、いきなり送りつけても食べてはくれなさそうですね」
「ああ。……それで、なのだが」
そして、ローレンス様は少し困った顔をしながらこう続けました。
「実は、君に頼みたいことがあるのだ。よければ、なのだが。私と一緒に、実家に行ってはくれぬか」
それは、予想外のお言葉でした。
私が、ローレンス様の実家に?
どういうことかしら、と黙っていると、ローレンス様は少し慌てた様子で続けます。
「いや、私の母がな、たまには友達でも連れて帰ってこいとうるさくてな。それで、良い機会だから君を父に紹介したいと思ったのだ」
「お父様に、ですか?」
「ああ。父は、元々騎士団長を勤めるとともに、ウィリアム殿下に稽古もつけさせていただいていた身だ。殿下の近況なども知りたいだろうし、殿下に親しい君のこともぜひ紹介しておきたいのだ。商人である君の父上とも繋ぎができるだろうし、悪くない話だと思うのだが、どうだろうか」
なんと。
いくらなんでも、そこまで紹介していただくほどの身分だとは思っていませんけども。
でも、私にはなんとなくその理由がわかりました。
紹介しておきたい、というのはおそらく方便。
その本来の目的は。
「承知しましたわ。つまり、ついでにお土産に甘い物を持っていき、お父様に食べていただこうという作戦ですね!」
笑顔でそう答える私。
これは、一挙両得な手なのでしょう。
引退したとはいえ、ローレンス様のお父様は、今でも周囲に強い影響力をもっているとのこと。
父の商売を手伝っている私にとってツテは重要ですし、ローレンス様はお母様に顔が立つし、お父様には甘い物を持っていける。
三方良しの、上策にございます!
さすがローレンス様!
「……うん。まあ、そういうことだ」
ですが、私の反応を見たローレンス様は、ちょっと残念そうなお顔をしました。
あれ、私、なにか間違えたでしょうか。
まあいいです。
ローレンス様にはお世話になっていますし、これぐらいなんてこともありません。
それに今は、なにを持っていくかで頭がいっぱい。
お土産スイーツって、とっても楽しくて、私大好きなんです!
お客が持ってきてくれたものや、自分が選んで持っていったものを一緒に食べるのって、とっても楽しいんですよねえ!
ですが、今回は厳格だというローレンス様のお父様に持っていくもの。
食べていただく理由付けを考え、せっかく食べていただこうというのだから、最高に美味しいものを用意せねばなりません。
さて、どのようなものでいきましょうか。
私の頭の中で、いろんなお菓子が飛び回りまわり、自己主張を始めます。
どの子を作ってあげようか。さあ、楽しい時間の始まりです!




