お店と幼なじみとつるつる麺類9
「おつかれ、シャーリィ。今月の売り上げ、めちゃくちゃ凄かったよ!」
そして、うどん屋を開店してから一ヶ月後。
店を閉めた後、帳簿をつけていたアルフレッドが満面の笑みで言いました。
「ほんと、大成功ね! これほどヒットするとは思わなかったわ!」
外出許可を貰い、様子を見に来ていた私も思わず頬が緩んでしまいます。
いやはや、現代風の宣伝と経営方法がこれほどうまくいくとは。
さすが、先人の知恵は偉大です!
それに、うどん以外のサイドメニューがよく出ているのも助かります。
思ったより市民の皆様はお金を持ってるご様子。
おぼっちゃまが善政を敷いてくださっているので、それなりに豊かな庶民が多いのでしょう。
いやはや、こうして店を出すことで、改めておぼっちゃまの偉大さを噛み締めることになるとは。
「お父様もご機嫌だし、二号店、三号店も考えてるらしいわ。立ち食い形式以外の店舗も出していきたいわねえ」
そしたら、単価が高い揚げ物も出せるかもしれません。
かき揚げだとか、海老天だとか。
私は前世のうどんチェーン、丸亀製麺の揚げ物が大好きだったのです。
あの自由に取ってうどんに載せるスタイルが、楽しいんですよねえ!
そのせいで、ついあれこれ取りすぎてお会計のときに青くなるなんてことも。
あれを真似したら、儲かっちゃうんじゃないかしら。
うどん以外にも色々出したい料理はありますし、お父様が儲かれば私もますますいろんなことを試せますし。
王宮との二重生活は大変ですが、私、今とっても充実しているわっ!
「……シャーリィ、本当にありがとう。まさかこんなにうまくいくとは思わなかった。全部、君のおかげだよ」
と、妙に真面目な顔で、そんなことを言い始めるアルフレッド。
なんと、こいつにしては謙虚な言葉。
でも、最近はこいつも結構頑張っていたみたいなのでした。
「まあね。でも、あんたも頑張ってたじゃない。実際に店を管理してたのはあんたなんだし」
「そりゃあね、僕だってこれがラストチャンスだってことぐらいわかってたし。さすがに必死にもなるよ」
パワーが凄い主婦の皆様に「ほら、アルフレッドさん、のんびりしてないでお皿を運んで!」「予定、ちゃんと組んでください! 半端なことしたら怒りますよ!」なんてぐいぐい押されながらも、店のために寝る間も惜しんで働いていたとか。
やっとこいつも真人間になったのかしら、なんてちょっと感動する私。
ずーっとこいつの、だらしのなさやどうしようもなさを見てきたので、駄目な弟がついに独り立ちしたのを見ている気分です。
「シャーリィ、君は本当に凄い人だ。子供の頃から思ってたけど、どんどん綺麗になるし、どんどん才能も発揮していく。僕も、負けないぐらい凄くなろうと思ってあれこれあがいてみたけど……全然駄目だったな」
なんと。
それは、意外な言葉でした。
こいつが私のことをライバル視していたとは。
「そのために、まずは自信をつけようと思って、自分を天才や美形だと思いこんでみたりもしたけれど。結局空回りだった」
……ああ、あれ、そういうことだったんだ……。
ただ頭がおかしくなったんだと思ってました。
でも、それも愚かな話です。
実力や結果を伴わない自信って、周りから見るとかなりアレですもの。
努力を続けてつけるならともかく、ただ自信だけを持っていてもしょうがありません。
(そういうチグハグなところが、アルフレッドらしいというか……)
前から思っていましたが、こいつは生き方が下手すぎるのでした。
そんなことを考えていると、アルフレッドが、じっと私の方を見ながら続けます。
「でも……わかって欲しいんだ。僕が本気で、君に並びたいと思ってたってことは」
「……」
あれ。
なんだか、話の雲行きが怪しくなってきました。
まさか、これって。
「……以前、怖くて悪ふざけみたいに告白した時は、君にボコボコにされたよね。自信ある男のフリで、それとなく誘って拒絶もされた。でも、今は本気だ。シャーリィ、僕は、君のことが──」
「ごめんなさい」
「返事、早すぎない!?」
先手を取って断った私に、アルフレッドが半泣きで言います。
でも、しょうがないじゃないですか。
私には、ぜんぜんそんな気ないんですから。
「ごめんね。でも、そういう気はないの。だから、やめて」
「……僕に、チャンスはない?」
「うん。ごめんね」
「……そっか」
観念した様子で、どざりと椅子に座るアルフレッド。
そして、どこかスッキリした様子で言ったのでした。
「わかった。ずっと、引きずってきた初恋……諦めるよ。そうだよな。僕じゃ、駄目だよな」
「うん」
「そこはちょっとだけでも否定して欲しいかなあ!? ……それで。もしかして君、誰か好きな人でもいるのかい」
「……」
いてもいなくてもアルフレッドとは付き合いませんが、それを口にするほど鬼ではありません。
ですが、好きな人、ですか。
そんな人……。
「……そんな人、いないわ。私、お料理一筋だもの」
と、私は目を逸らしながら答えたのでした。
心の中に、誰かが浮かびそうになるのを慌てて消しながら。
◆ ◆ ◆
とにもかくにも、こうしてお店は大成功。
お店は繁盛を続け、アルフレッドも頑張って仕事を続けたのでした……博打にハマって、大きな借金を作り、旅の踊り子と逃げるまでは。
(ああ……やっぱり、アルフレッドはアルフレッドだったわ)
お父様からの手紙でそれを知った私は、なんだか妙に納得してしまいました。
そうです、アルフレッドはこういうやつなのです。
必ずどこかで、人の期待を裏切るやつなのです。
それは、あいつの持って生まれた性なのでしょう。
むしろ借金をしても、お店のお金には手を付けなかったということに、成長を感じるぐらいです。
可哀想なやつ、とも思いますが、多分これがアルフレッドの人生なのでしょう。
私は、あいつの波乱万丈な人生の、ごく一部。
少し、あいつのその後を知りたい気持ちはありますが……まあ、知らぬが仏というやつでございましょう。
こうして私たちの道は分かれ、そして二度と交わることはなかったのでございます。
さようなら、アルフレッド。
せめて、あなたの人生に幸があることを祈ってるわ。
◆ ◆ ◆
そして、瞬く間に季節は初夏。
少しずつ風が熱を帯びてきたころの、夕方。
「実はな、君に頼みたいことがあるのだ」
と、真面目な顔をした、ドーナツの騎士様──ローレンス様が、私にそうおっしゃったのでした。
さて、ローレンス様のお願いとは、一体なんなのか……それは、次のお話で。




