お店と幼なじみとつるつる麺類8
「ウ……ドン……?」
目の前に置かれた、どんぶり。
その中でほかほかと湯気を上げている、未知の麺類を見て、お客様が困惑したようにその名を呼びました。
そう、このお店のコンセプトは、立ち食いうどん。
みんな大好き、つるつる食感のうどんを提供するお店でございます!
底の深いどんぶりに、透明感のある汁。
そしてその中を泳ぐ、白くて長いうどん麺。
その上には、トッピングとして半月状の白い練り物と、ネギが散らされています。
「これ、どう食えばいいんだ?」
「はい、麺はそちらのフォークを使って、スープはレンゲですくって召し上がってください!」
見慣れぬ細長い麺に面食らったお客様がそう言うので、食べ方をレクチャーする私。
本当はお箸で提供したいのですが、さすがにそれは断念しました。
すると、お客様はおそるおそるといった様子でレンゲでスープをすくい、ずずっと一口。
そして、目を見開くと、こう叫んだのでした。
「うおおっ……美味い! このスープ、凄く美味いな! 感動するぐらい、美味い!」
よしっ!
抜群の反応!
それを聞いた、まだ行列に並んでいるお客様たちが、おおっと歓声を上げました。
どうやら、この店はスープが美味いなにかを出す店らしいぞ、と。
そしてその間にも、他の方が麺をすすり、歓声を上げました。
「この白くて長いのもうまいな! もっちりしていて、喉越しが気持ちいい! スープの味と合っていて、実に美味いぞぉ!」
よしよし、麺も大成功!
やりました。うどんはバッチリ、この国の人々にも美味しいようです!
……まあ、試作段階で色んな人に試食してもらって確かめてあるので、知ってましたけども。
そして繰り広げられる、人々が夢中になって麺をすする光景。
ああ、これ前世でよく見ました。駅にある立ち食いうどん店とかで!
疲れていると、あのうどんが無性に美味しいんですよねえ……じゅるり。
「この、上に乗ってる奇妙な白いやつも、美味しいねえ! 店員さん、これなんだい!?」
「はい、そちら、かまぼこでございます!」
かまぼこ。
魚の身をすりつぶして火を通したもの。
プリプリ食感で、魚の美味しさが凝縮された、私的にうどんには欠かせない具でございます。
「へえ、聞いたことないけど、凄く美味しいな! ネギも汁によく合ってて最高だ! それに、初めて食べるのになんだか懐かしく感じちまうよ」
それはそうでしょう。
うどんの出汁は、かつお節と昆布でとったもの。
かまぼこだって、普段食べ慣れているお魚から出来ています。
うどんとは、たっぷりの海の幸で構成された料理。
海沿いに住む皆様にとって、馴染みがあるのは当然でございます。
「ふう……美味かった……とてつもなく、美味かった……。あ、お勘定を頼む」
そして、あっという間にうどんを平らげたお客様が、美味しい麺類を食べたあと特有の、恍惚とした表情でおっしゃいます。
ですが、その顔にはちょっとした不安も見て取れました。
おそらく、「あれ、そういえば値段聞いてなかったな。こんな美味しいのなら、凄く高いかも。どうしよう」なんて考えているんでしょう。
でも大丈夫。
私がうどんの値段を告げると、お客様は驚いた顔でおっしゃいました。
「えっ、そんなもんなんだ……思ったより安いねえ! こりゃ助かる!」
そう、このうどん、価格設定は低めにいたしました。
そうできる理由の一つは、店舗が高回転を望める立ち食い形式であること。
もう一つは、一緒に利益率の高いお酒も出していること。
……深酒は困るので、お一人様ニ杯までですけど。
そしてもう一つは、原価を抑えられていること。
うどんの出汁には、お父様に別口で製造してもらっている、かつおぶしと昆布を使っております。
どちらも安く仕入れて製造することができ、昆布に至っては、仕入れがタダ同然でございます。
なにしろ、昆布をとるライバルがいませんから!
ですが、問題も一つ。うどん出汁には、醤油が欠かせません。
大豆から作る醤油は、宮廷料理人のマルセルさんと現在、共同開発をしているところですが、まだ完成しておりません。
ですので、今回はイワシで作った魚醤を仕入れ、それで味付けを行ないました。
日本では、しょっつると呼ばれる魚醤を使った、しょっつるうどんなどが有名だったでしょうか。
魚醤はちょっと味にクセがあるのですが、こちらの皆様にとっては馴染み深いお味。
それによる味付けも、懐かしさを感じるポイントなのでしょう。
……本当は、いつか大豆醤油で味付けしたうどんも出したいですけども。
この国の皆様にとっては、こちらのほうがお口にあうかもしれませんね。
さらにかまぼこは、小さすぎたり、人気がなかったりする魚を安く仕入れ、纏めてすりつぶし、蒸し上げたもの。
安いのに美味しくて、お店で出すには最高です!
「いらっしゃいませ! こちらへどうぞ!」
「今、テーブルお拭きしますので少々お待ち下さいね!」
「うどん、お待たせしました! どうぞ、ごゆっくり!」
なんて考えてるうちにも、マニュアルをばっちり身につけた従業員の皆様が、テキパキと業務を行ってくれております。
うーん、初日なのに良い動き! さすが主婦です!
(ああっ、これよ、これっ! 主婦が楽しそうにテキパキ動き回り、軽快に、元気に回す店っ! これを見たかったのよっ!)
これが、従業員を主婦で固めた理由でございます。
私は前世でも、主婦が主力の飲食店が大好きだったのでした。
きっぷの良いお姉さんたちが、ペラペラ楽しそうに喋りながらも素早く動く店。
そういう店は居心地が良く、そして出てくる料理も間違いなく美味しいもの。
そんなお店を自分で出せたら、最高ではないですか?
それと、もう一つ。
主婦の皆様は、毎日のように家庭でパンを焼いておりますので、小麦粉には慣れ親しんでいるのでした。
うどんの作り方をレクチャーしたところ、あっという間に身につけて、それは見事に仕上げてくれるようになったのです。
今もどんどん追加の麺を作り、布で包んで踏み踏みして、コシを出してくれています。
ワイン作りためのぶどう踏みの経験もあるとかで、その踏み方はなかなか堂に入っていて、とっても素敵。
そして、そうしてる間にも噂が噂を呼び、次から次へとお客様が訪れ、店内は大忙し。
食材のストックが足りるか、不安になるほどです!
(ああっ、楽しいっ……作ったものがどんどん売れていくのって、楽しいっ!)
歓喜しながらも、私も一生懸命接客して回り、時にはうどんを踏み。
こうして私は、お店を成功させるという、新たなる食の喜びをたっぷりと味わったのでした。




