ドーナツの騎士様5
「おや……誰かと思えば、シャーリィか。どうした、なにか私に用か?」
どこか疲れた顔で、ですが笑顔を作ってローレンス様がおっしゃいます。
責任者であるローレンス様は、賊の尋問やあれこれで忙しく、結局ドーナツを食べには戻ってきませんでした。
そんな彼に私はにっこり微笑むと、後ろ手に隠していた蓋付きのバスケットを差し出したのです。
「ドーナツ、食べそこねてらっしゃったでしょう? ですので、別に作ってまいりました」
言いつつ、バスケットの蓋を開ける私。
するとその中から、色鮮やかなドーナツが顔をのぞかせたのでした。
「むっ……」
その光景に、ローレンス様の目が吸い込まれるのがわかります。
先程のシンプルドーナツ以外に、チョコドーナツ、そしてハニーディップの三種類。
ミスタードーナツが大好きだった私が、再現しようと頑張った力作でございました。
「ローレンス様の分です。どうぞ」
「い、いや……」
ローレンス様はしばらくじっとドーナツを見つめておられましたが、やがてぐいっと強引に視線を逸らし、おっしゃいました。
「いいや、遠慮しておく。私は、騎士。付き合いならともかく、好んで甘いものなど口にはしない。しないのだ」
それは、強がりでした。
自分が甘いものを食べない理由付け。
いいえ……”食べられない”理由と言うべきでしょうか。
ですが、無駄です。私には、もうわかっているのです。
私は自分の口元にすっと指を添え、ニッコリと微笑んで言いました。
「──お口に、ドーナツのかけらが付いておりますわよ。ローレンス様」
「っ……!」
その時の、ローレンス様の動揺ぶりときたら。
犯罪を暴露された犯人のように動揺し、慌てて口元を手で探ります。
しかし思うようにいかず、私はハンカチを取り出すとその口元をそっと拭って差し上げました。
「手についたかけらを食べるほどお好きなのに、どうしてお隠しになられるのですか?」
そう、あの時ローレンス様はドーナツを食べることができませんでした。
しかしドーナツを摘んだ手にはかけらが残っていたのでしょう。
そして、それを口にするほど惜しかった……。
つまり、私の予想通り。
ローレンス様は、実は相当の甘党なのでございましょう。
「……皆に、気づかれただろうか」
観念したように肩を落とすローレンス様。
私はそれにこう答えました。
「注意して見なければ、誰も気づきませんわ。それに、他の方もドーナツを食べたあとですので口元にはついておりました。どうということはありません」
「そうか、ならよいのだが……」
「どうして、お隠しに?」
「……私の父は、厳格な方でな。騎士たるものこうあるべし、と常々私は言い聞かされて育った。甘いものは特に父が私に禁止したものの一つだ」
なるほど。親の教えが子に及ぶ。よくある話でございましょう。
好きなものを奪われる方は、たまったものではありませんが。
「それに、私は騎士団長だ。そんな私が甘いものを好きだなどと知れたら、威光に陰りが生まれよう。周りへの体裁も悪い。だから……」
「ええ、このことはもちろん秘密にしておきますわ」
「そうか。助かる」
「ですけれども」
ほっとした表情のローレンス様に、私はにこりと微笑んで告げました。
「今後、甘いものが食べたくなったらおっしゃってくださいまし。いつでもご用意いたしますわ」
「……何故だ? 君は、何故、そこまでしてくれる」
「それはもちろん決まってますわ。一つは、命を助けていただいたお礼。そして、もう一つは」
「もう一つは?」
「甘いもの好き同士。困った時はお互い様、ということです」
そう、おやつタイムのあの時、私はこの方が我慢している事に気づいたのです。
ですが、食べたいものを我慢するなんてただの人生の損失。
甘いものを好きな殿方がそれを隠したがる。それは前世でもよく目にしました。
女の子だらけのパンケーキ屋を男性が羨ましそうに見つめている。そういうのを見るたび、私は可哀想だなと思ったものです。
ですので、欲しがっている方には甘さのおすそ分けを。
女の方から出してあげれば、男性だって食べやすくなるものです。
「……そうか。ありがとう。君は、良い子だな」
ドーナツをじっと見つめながらローレンス様が言います。そしてキョロキョロと辺りを見回して、人気がないのを確認してから、そっとドーナツを手に取りました。
「実は、気になってどうしようもなかったのだ。果たしてどのような味か、一つだけ」
そしてローレンス様はドーナツをじっと見つめた後、それにかぶりつきました。
ゆっくりと噛み締め、味わい、やがて、とろりと蕩けた目で呟きます。
「……甘い……」
連日の捜索で、お疲れもあったのでしょう。
ローレンス様はドーナツをいたく気に入ったようで、結局その場で三つも召し上がりになられました。
そして私は、その様子を見て、心の中で彼のことを”ドーナツの騎士様”と密かにお呼びするようになったのです。
◆ ◆ ◆
「それでは。本当に、ありがとうございました」
そう言って、お辞儀しローレンス様と廊下で別れた私。
大事そうにバスケットを抱えるローレンス様は、ドーナツが本当に気に入ったようでした。
なんだか良いことをした気分です。
相手がおぼっちゃまでなくとも、作ったものを喜んでくれるというのは、もしかしたら楽しいことかもしれません。
それにそれに。今ローレンス様にお渡ししたドーナツは、もちろん私の分もございます。
部屋に帰れば、いま目の前で誰かが美味しそうに食べていた品がある。
これって、とても素敵なことではないでしょうか。
お茶を入れて、一人楽しく、心ゆくまでそれをいただく。
ああ、そんな素敵な時間が私を待っている!
浮かれて廊下を歩いていく私。
だから……私はここで、とんでもない見逃しをしてしまったのです。
そう、ローレンス様とお別れするその瞬間。
それを、ある人に見られていたということを。
赤い髪をツインテールにした彼女が、その光景に衝撃を受け、私がローレンス様と逢い引きしていたと勘違いし……そして、ごうごうと嫉妬の炎を燃やしていたことを、この時の私はまだ知らずにいたのでした。
そして、もうひとつ。
「シャーリィ」
廊下を行く途中で、背後から声がかけられました。
幼いその声は、私がよく知っているものです。
驚き、振り返ると……そこには、おぼっちゃまの姿があったのでした。




