お店と幼なじみとつるつる麺類7
シャーリィがアルフレッドのお店に関わるようになって、数カ月後。
ちょうど、シャーリィが王子に唇を奪われた、ひと月ほど後のことです。
エルドリアの街の、大きな通り。
そこに、大勢の人だかりができておりました。
「おい、なんだこれ? なんでこんなに人が集まってるんだ?」
市民の一人が不思議そうに尋ねると、別の一人が答えました。
「いや、それがな、なんだか妙なものが出てるんだ。大きな木の板に、変な絵が描かれていてな」
「変な絵だって? どれどれ」
言って覗き込むと、そこにはたしかに建物の壁に貼り付けられた、木の板がありました。
そしてその表面には、奇妙な人物画と、なにやら文字が書かれていたのです。
その描かれた人物……屈強な肉体をした、船員らしき人物は、感動の涙を流しながら、なにか白くて細長い食べ物をすすっていて。
そして、その横にこんな言葉が添えられていたのです。
「海の男の、最新メシ。エルドリアに来て、食わずに帰るな。この道を200m」
そう、それは宣伝の看板なのでした。
そこに描かれているのは、目を引くイラストに、キャッチコピー。
それは、港から大通りに向かう船員たちを、脇道の店に誘うためのものでした。
それを見て、市民たちは不思議そうな顔をします。
なぜなら、エルドリアにはまだ、宣伝看板という概念がなかったからなのでした。
意味がわからない。
だけど、美味しそうに絵の男が食べている、謎の食べ物は気になって仕方ありません。
海の男の最新メシ?
つまり、これは流行っている食べ物なのか?
流行りものなら、試してみたい。少なくとも、見れば話の種ぐらいにはなるだろう。
そう考え、皆の足は自然と、看板が指し示す方向へと向かったのでした。
◆ ◆ ◆
「皆さん! いよいよ、開店の日を迎えました! いよいよですよ、いよいよ!」
年の始めにアルフレッドの手伝いを引き受けてから、ほぼ半年。
店の改装やマニュアル作り、生産ラインの構築、さらに従業員の教育などのためには、少なくともこれぐらいの日数がかかるものなのでした。
それらの指示を全て手紙だけで行うのはなかなか厳しく。
無理を言って半日の外出許可をもらったりして、どうにか進めてきたが、いよいよ開店の時がまいりました。
今日だけは自分が現場にいなければ、と、メイドの方はお休みを頂いております。
心苦しいですが、クロエとサラがかなり頼りになるようになったので、アンは笑って送り出してくれたのでした。
「いいですか、一に笑顔、二に提供スピード。店内は、とにかく清潔に。受け答えは、マニュアルを必ず守ってください。皆さん、いいですね?」
「はい、オーナー!」
私の言葉に、白い清潔感のある制服に身を包んだ従業員の皆様が、元気に答えてくださいました。
厳密には私はこの店のオーナーではなく、その娘なのですが、面倒なのでオーナーで通しております。
そして、従業員の皆様は、普段は主婦をしている方々。
それぞれ空いた短い時間で勤めてくださる、貴重な戦力にございます。
こういう元気な主婦にお店を任せたほうが色々うまくいくことを、私は経験上よく知っていたのでした。
そして、店内はしっかり改装され、白くて清潔感のある壁に、L字の綺麗な木製テーブル。
さらにちらりと見える厨房も美しく整え、新しい木材と、料理の匂いが充満していて実にいい感じ。
うーん、良いお店になりました!
「うっ、うう、緊張してきた。本当にお客さん来てくれるかなあ……不安だなあ……」
なんて、オドオドしながら言っているのは、同じく白い制服を着たアルフレッド。
前は無意味に自信満々だったくせに、ずいぶんと気が小さくなったものです。
失敗の日々を重ねて、ようやく現実的な考え方ができるようになった、と考えるべきでしょうか。
彼には、店と従業員の管理をやらせることにしました。
正直、パワフルな主婦の皆様の相手は大変でしょうが、まあ頑張ってもらうしかありません。
「なに言ってるの。ここまでやったんだから、後は結果を見るだけでしょ。看板も出したんだし、無反応ってことはないわよ、無反応ってことは」
表の通りから、こちらに人を呼び込むために出した宣伝の看板。
あれは、塔の魔女ジョシュアに描いてもらったものです。
前の世界には、こういう風に商品を宣伝するものがあったの、と説明すると、彼女はいたく感心して、ささっとそれを描いてくれたのでした。
その出来は驚くほど良く、人の目を引くこと間違いなし。
というか、ジョシュアの描いた絵はどれも精緻かつ美麗で、後世で評価されて凄く高くなったりするんじゃないか、なんて思うんですが。
そんな彼女の絵を、宣伝につかったりしてよかったかしら。
勿体ないかもしれないけど、でも凄く助かります。
「さあ、じゃあお店を開けるわね。みんな、張り切っていきましょう!」
そう言い、私はお店の出入り口を塞いでいた、戸締まりの板を外していきます。
この新店舗は、入りやすいように、入り口を全面開放型にしたのでした。
そして、開いた入り口から外を覗いてみると……なんと。
驚くべきことに、そこには山のような大行列が続いていたのです!
「うそ、これ、全部うちの客……!?」
びっくりして、驚きの声を上げてしまう私。
開店はまだか、とこちらを見ている人、人、人……。
お父様の部下の皆様にお願いして、口コミで開店情報を広げてもらったりはしておりましたが、それだけでこんなに来るわけがなし。
と、いうことは。
(看板の効果だわ……! うそ、ここまで凄いなんて!)
日本の皆様は、もう宣伝というものに慣れきっていて、宣伝看板なんか見向きもしなくなっておりました。
けれども、こちらの世界でそれを行なうと、こんなに効果があるものなのですね!
最新メシ、とか適当なことを書いておいたのに、ピュアッ!
皆様、宣伝に対してピュアすぎますっ!
(とはいえ、これで出すものがまずかったら、悪評も広がっちゃうわ。皆様のお口に合うかしら)
なんて心配になりつつも、ここまできたらやりきるしかない!と、私は満面の笑顔で元気に叫んだのでした。
「いらっしゃいませ、お客様! これより開店ですわ! 順番にご案内致しますので、どうぞお入りくださいませ!」
そして、嬉しそうなお客様を一人ずつカウンターへとご案内します。
しかし、そこで不思議そうな顔をしたお客様が、こうおっしゃったのでした。
「ちょっと、あんた。椅子はどこだい」
ああ、やはりきますよね、その質問。
想定していたことなので、私はにっこり笑って答えます。
「お客様、当店は立ったまま食事をしていただく、立ち食いの店にございますわ」
「なんだと? 馬鹿な! 客を立たせるつもりか? 信じられん!」
憤慨した様子のお客様。
この国には立ち食いという概念がないので、そうなるのも仕方ありません。
ですが、このままでは怒って帰ってしまいそうですので、私は慌てて続けました。
「お客様、これが最新のお食事スタイルなのですわ。ささっと美味しく食事を済ませ、颯爽と去っていく。これが粋で格好いいのでございます!」
「粋……?」
「はい、粋ですわ!」
「そ、そうか。まあ……そういうことなら」
と、力技で押し切る私と、それで納得してくれるお客様。
さらに、最新メシとか看板に書いてあった料理をくれ、とおっしゃるので、私は喜んで注文を通します。
そして、わずか三十秒ほどで出来上がったそれを、お客様の前に提供し。
私は、笑顔でその名を告げたのでした。
「お待たせしました! こちらが、当店の看板メニュー! “うどん”にございます!」




