お店と幼なじみとつるつる麺類6
「はあ……。まあいいわ。それで? メニューは何を出してるのよ」
「あ、ああ。実は、こんな感じで出してるんだ」
そう言って、木の板に彫ったメニューを出してくるアルフレッド。
どれどれ、と見てみて。
私は、すぐに驚きの声を上げてしまいました。
「なにこれ、高い! 嘘でしょ、こんな小汚い店でこんなにお金取るの!?」
そこに書かれていたのは、スープだとか焼き魚だとか野菜を炒めたものだとか、そういう庶民的な品ばかり。
なのに、値段は馬鹿みたいに高いのです。
ボッタクリ店じゃないですか、こんなの!
「ちょっと、アルフレッド、価格設定がおかしいわよ! なに考えてるの!」
「い、いや、しょうがないんだよ。お客はどんどん減るし、客単価をあげなくちゃと思って……」
「だからって、人気のない店で値上げなんかしたら、それがトドメになるじゃない! ほんと、あんたって馬鹿ね!」
ああ、なんとひどい有様。
この通りは、大通りから逸れた、庶民が行き来する場所にあります。
つまり、ターゲットはあまり豊かではない層。
そこにこんな値段で出したって、人が来るわけがありません。
「前はどうやって経営してたのよ、この店」
「いや、それが元から人気がなかった店で、アラン親方に借金のあったオーナーが返済のために明け渡したものなんだ。その時の店員がそのままいたから、作業は基本的に任せられたんだけど……」
その人たちに、余計な指示や勘違いのせいで、すっぱり見限られたと。
うーん、どうしようもなさすぎる。
「まあいいわ。それで、今日の仕込みは?」
「いっ、一応してるよ。そこの鍋に入ってる」
言われて、せまっ苦しい厨房に入る私。
するとそこもまあ、ガッツリ汚れていて、げんなりしてしまいます。
こんなところで、美味しいものが作れるはずがありません。
そして鍋を見てみると、そこには美味しくなさそうな煮込みが。
うわー、と思いつつも、少しスプーンですくって口にしてみると……うん。
……うん。
「駄目ね、こんなの出してるようじゃ。それに、厨房が汚すぎるわ! なに、このお鍋。こんなの使ってちゃだめよ」
「シャーリィ!?」
言いつつ、空っぽの汚い鍋をポイと隅によけると、アルフレッドが信じられないといった様子で声を張り上げます。
「これもダメ、これもダメ。なによ、まともに使えるものが殆どないじゃない!」
「シャーリィさん!?」
穴の空いたザルや、汚れた桶をポイポイよける度にうるさいアルフレッド。
なによ、と睨むと、彼は慌てた様子で言いました。
「困るよ、そんなでも数少ない商売道具なんだ! なくなったら、お店を開けなくなる!」
「だからって、こんな状態でお店をやってても損失しか出ないわよ。私がメニューを考えるとか、そういう以前の問題ね」
そう、ちょいと何品かメニューを考えるだけのつもりでしたが、気が変わりました。
このお店で儲けを出すには、根本的に作り変えないと無理でしょう。
「いいわ。もう、この際だから改装して、違う店にしましょう。それしかないわ」
「で、でも、そんな資金どこにもないぞ。どうするつもりなんだい?」
「お父様にかけあって、出してもらうわ。多分、今なら喜んで出してくれるはずだから」
今後のことを考えて試してみたいの、と言えばきっと喜んで出してくれることでしょう。
本当は、元凶であるアルフレッドに借金させたいところですが、さすがにそれは可哀想です。
一応幼なじみですし、なによりこいつに返済能力はないですし。
すると、「ほ、本当かい!?」と浮かれた調子で言うアルフレッド。
ですがそれを諫めるように、私はこう言ったのです。
「ただし! お店のマニュアルを私が考えるから、あんたはそれにしたがって絶対に余計なことはしないこと! もし守れないなら、いよいよあんたをクビにするようお父様に言うわよっ!」
「うっ……。わっ、わかった、従う、君に全て従う! だから、見捨てないでくれ、シャーリィ!」
涙を浮かべ、地面に両膝をついて懇願するアルフレッド。
正直信じられませんが、まあいいでしょう。
それより今は、どんなお店にするかで頭がいっぱいです。
(まずは、店に来てもらうターゲットを絞らないとね)
基本として、この国の飲食店を利用する消費者層は、大体三つに分かれています。
まずは、独身の技術者など。
建築や服飾みたいな、生活に密着した仕事に携わる人々です。
お金はそれほどありませんが、お酒が出る店で食事をとったりする層で、安い店ほど喜びます。
次が、商人や船員。
ある程度お金を持っていて、特に船員は陸にいる間に手持ちを全部使おうとするので、気前がいいです。
生きて帰って来れる保証もないですし、長い船旅でフラストレーションも溜まっていますし。
なので、港に近い店はいつも大盛況。
場所の取り合いが激しい、飲食店の一等地にございます。
そして最後の一つが、貴族様。
貴族様たちは王宮の周囲にある高級街にお住まいで、そこにはそういった方々向けの、お高い店がいくつもあるのでした。
出される料理も最高で、私もいつかそこでお店を経営したいとは思いますが……。
この店では、場所的に、もちろん無理。
となると、それ以外の、どの層に向けたお店にするかですが。
真っ先に思いついたのは、ラーメン屋。
実はすでにラーメンの再現は終わっていて、レシピはあります。
ラーメン屋を経営できたら、すごく素敵だし流行るのでは、と思います、が。
(ラーメンは、スープに大量の野菜や動物の骨を使い、具材もあれこれ載せるから、この世界ではかなりの高級料理になっちゃうのよね……)
それは、私的になんだか違うのでした。
だって、ラーメンって庶民の味方じゃないですか!
この場所的に、高い料理はNGですし。
それに、結構複雑なラーメンスープ作りを、他人に任せるのも心配です。
私は王宮に勤める身。細かく指導には来れませんし、本物の料理人を雇うのはコストの面で厳しそうです。
もっと簡単で、素人でもさっと出せる料理にしないと。
(となると、牛丼……は、駄目ね。牛肉なんて庶民は食べられないわ。カレーは、お米の代わりにナンで出せるけど、やっぱり高く付くから駄目。……意外と難しいわね!)
改めて考えると、日本の外食産業が、どれほど豊かなものを安く出してくれていたのかと驚いてしまいます。
庶民の味方、みたいなお店、こちらで出そうと思ったら、コストがバカ高いじゃないですか!
あれでもない、これでもない、とうんうんと頭をひねる私。
ですがその時、店の保存庫に積まれた小麦粉の袋を見て、ピンと閃いたのでした。
「そうだ、アレだわ。アレなら、この店でも安く、しかも美味しい料理を提供できる!」
さて、私がどんな料理を出すお店にすることにしたのか。
それは、次のお楽しみ。




