お店と幼なじみとつるつる麺類5
戸惑う私の前で、額を地面に擦り付けるアルフレッド。
寒空の下、地べたに這う姿がさすがに可哀想で、「ちょっと、汚いからやめなさい! そんな事しなくていいから!」と慌てて声をかけます。
「もう、なんなの一体。いいから、とっとと詳しいことを話しなさいよ」
「ううっ、実は……」
のそのそと、半泣き顔で立ち上がったアルフレッド。
そして、やがてとつとつと事情を話し始めたのでした。
いわく、私との一件でこっぴどく叱られ、仕事でもヘマ続き。
仕事仲間たちからも、白い目で見られるようになったアルフレッド。
そんなアルフレッドを、お父様は、自身が経営する飲食店に働きに行かせたらしいのです。
多分、愛想だけは良いので飲食店向きだと思ったのかもしれませんが。
まあ、体のいい左遷だったのでしょう。
だけどアルフレッドはそれを栄転だと勘違いし、店を大繁盛させて自分の実力を示してやろう、と思ったそうです。
後は大体想像どおり。
アルフレッドはいつもの勘違いを発揮し、店の人間に大いに嫌われ、しかも余計な指示を出したせいで売り上げはガタ落ち。
さらになんと、売り上げをよく見せるために帳簿までごまかしてる始末。
このままではそれがバレて僕は身の破滅だ、と、哀れみを誘うように語るアルフレッド。
腕を組んでそこまで聞いた私は、うんうんと頷いた後。
踵を返して、こう言ったのでした。
「お父様に報告してくるわ」
「わー! 待ってくれ、やめてくれ! そんなことしたら、僕は終わりだ! 頼む、幼なじみだろう!? 心を入れ替えてこれからは頑張る、全部君の言う通りにするから! 頼むううううう!」
私にすがりついて、涙ながらに懇願するアルフレッド。
その姿が、あまりにも……そう、あまりにも無様で。
私は、ふうとため息をつきました。
どうしてこう、アルフレッドはアルフレッドなのでしょうか。
「じゃあ、なに? 私に、お店が繁盛するようアイデアを出してほしいってこと?」
「ああ、そうなんだ! 王宮で成り上がってる君なら、凄いアイデアをいっぱい持ってるだろう!? 親方の儲けにもつながることなんだ、だからどうか、どうか!」
損失をごまかしておいて、儲けにつながるもなにもないですが。
さてどうしたものでしょう。
正直、知ったことではないのですが、ここまで必死なこいつを見るのも初めてです。
いつものふざけた調子もないですし。
なら、しょうがないか、と私はため息とともに言います。
「わかったわよ。今回だけは、協力してあげる。だけど、うまくいかなくても知らないわよ」
「っ……! 本当かい、シャーリィ! ありがとう! ありがとう!」
感極まった様子で、何度もお礼を言ってくるアルフレッド。
どさくさに紛れて抱きついてこようとするのを片手で制しながら、私は続けて言いました。
「じゃあ、明日時間を見て、お店に行くから待ってなさい。じゃあね」
そして店の場所を聞き出し、アルフレッドに背を向けて邸宅に戻る私。
そんな私を、アルフレッドは嬉しそうに手をブンブン振りながら見送っていました。
ほんと、あいつにしては本気で困っている様子です。
(ま、変なことしてこないなら別にいいか。それに、正直、飲食店の経営ってのにもちょっとだけ興味あったし)
王宮に上がってから、人様に料理をお出しするのも楽しいと思うようになった私。
そのせいか、最近は時折、自分のお店を出す妄想なんかもするようになっていたのでした。
メイドをクビになったらそういうのもいいかな、なんていろんなお店のスタイルを考えてみたり。
そう、私はこの国にマックやスタバがないことを嘆いていましたが、ないのなら自分で作ればいいのです!
これは、それを試す良い機会かもしれません。
それに。
(それに、もし失敗しても、その責任はアルフレッドが持つんだもんね。気楽でいいわっ)
まあ、とはいえお父様のお店なので、あまり大きな損失を出すわけにもいきませんが。
さて、どんなメニューを出してやろうかしら。
そんな楽しい妄想のおかげで、退屈な夜を、私はどうにかやり過ごすことができたのでした。
◆ ◆ ◆
そして翌日の、昼過ぎ。
お父様の部下の方に、あれこれ料理のレクチャーを済ませ。
どうにか作った時間で、アルフレッドが勤めるお店に赴いた私。
そして、そこを見たとたん、私はこう叫んでしまったのでした。
「うわあ、きっっったない店!!」
そう、道の端に佇んでいたその店は、ぼろぼろで不衛生な外見の、きったない店だったのです!
うわあ、そりゃ流行らないわけだわ!
「あっ、シャーリィ! 来てくれたんだな! 良かったぁ、気が変わって、来ないんじゃないかと心配してたんだ!」
そこで、店先で不安そうにうろうろしていたアルフレッドが、私に気づきました。
そして嬉しそうに駆け寄ってくる彼に、私はこう言ったのです。
「今、気が変わったところよ。こんな店、どう頑張っても絶対流行らないわよ。帰るわ」
「わー、待ってくれ! そう言わず、そう言わずっ! さ、さあ、入ってくれよ!」
必死なアルフレッドにすがりつかれ、渋々と店内へ。
すると中も、まあ想像どおりの汚れっぷりで、呆れてしまいます。
「なによこれ、掃除もまともにしてないじゃない! こんな店、人が来なくて当たり前だわ!」
テーブルは汚れ、床には食べかすが散乱し、奥には洗ってない食器が山積みになっています。
日本と比べてこの国の衛生観念はだいぶゆるいですが、それにしてもひどい。
私が呆れ返っていると、アルフレッドが慌てて弁明を始めました。
「違うんだ、いつもはもっと綺麗なんだ。でも、何人か従業員たちがやめちゃって、掃除まで手がまわらないんだよ!」
「なら、あんたがすればいいじゃない! なんでボケっとしてるのよ」
「ぼっ、僕が掃除や洗い物なんてしたら、もっと大変なことになるじゃないか! 自慢じゃないが、二度と掃除用具や食器に触れないでくれって言われてるんだぞ、僕は!」
ほんとに自慢じゃない!




