お店と幼なじみとつるつる麺類4
「おおい、シャーリィ。お招きくださった方が、お前に料理を食べてみて欲しいと言ってくださっているぞ」
するとその時、お父様がやってきて、そう言ってくださいました。
なので、私は渡りに船とばかりに皆様に丁重に挨拶をして、その場を離れたのです。
「お父様、ナイス!」
「はっはっは、お前は相変わらず異性に興味が無いんだな。王宮で良い人の一人も見つからなかったのかい」
と、全部わかってるお父様が言います。
そうは言われても、王宮でしてたのはほぼ料理なので、そんな相手ができるわけもなく。
まともに会話をしている異性なんて、ドーナツの騎士ことローレンス様ぐらい。
後は、アシュリーお嬢様の付き人の、ミア様にキスされたこともありましたが……あれは、私の中でなかったことになってます。
「お父様、私は料理一筋なの。一生料理ができれば、それで幸せなのよ。結婚なんて考えてないわ」
私がそう言うと、お父様は小さく笑い、「そうかい」と答えましたが、次に少し真面目な顔で付け加えたのでした。
「でも、父さん的に、おまえは急に好きな人ができて、ぱっと結婚するんじゃないかと思ってるよ。もしそうなった時、相手が地位ある方でも釣り合うよう、父さん商人として成り上がってみせるからな」
……なんと。
それは、予想外の言葉でした。
え、お父様、そんな事を考えていたの?
なんというか、気持ちは嬉しいですが、そんなことにはならないのに。
というか、お父様も本当に、親バカというかなんというか……。
どうしようもない父親です。
でも、好き。
「やあやあ、シャーリィ殿。これは当家のシェフが腕によりをかけて用意したものです。王宮の料理と比べると粗末なものですが、どうぞご意見をいただきたい!」
と、主催の貴族様がおっしゃるので、私はにっこり笑顔で「それでは、お言葉に甘えまして」とお返事し、シュババッと料理を取り皿へ。
そうして、まずは肉!と、子牛の煮込みを口にします。
「まあ、美味しいですわ! ホロホロになるまで煮込まれたお肉が、舌の上でとろけるようです! 素晴らしい腕ですわ。王宮でも、十分通用しますわ!」
「おお、王宮づとめの方のお墨付きとは、これはありがたい! 我が家のシェフも、捨てたものではありませぬな! ハッハッハ!」
私のリップサービスを、ありがたく受け取ってくださる貴族様。
いや、実際とても良いお肉を使っていて、手間暇もかかっていて素直に美味しいです。
(ただ、まあ……マルセルさんと比べるのは、酷だけどね)
あの方の肉料理は、本当に国一番の出来。
しかも私が少し口を挟むと、それをすぐに再現してみせる天才っぷりです。
それに比べると、この煮込みは少しばかり物足りません。
それに、たしかに美味しいですが、少しスープに雑味がありますし、味付けも大人しすぎます。
こうすれば美味しいのに、みたいな考えばかり浮かんできて、今すぐ厨房に押し入って一緒に料理したい気分。
もちろん、今日はお客なのでそんなことはできませんが。
それに、コルセットが苦しくてあまり量も入りません。
ある程度楽しんだところで、少し風にあたってきます、と断って私は席を外したのでした。
「ふう……。さすがに、外は寒いわね」
ドアをくぐって二階のテラスへ出ると、暖炉で暖かかった中とは違い、冬の冷気が襲ってきました。
肩出しのドレス姿ではさすがに寒いですが、そのかわりここには誰もいません。
やっと一人きりになれて、私はぐっと両手を伸ばし、ふうっと安堵のため息を吐きました。
「はあ、サーカスの見世物になった気分だわ。早く帰ってゴロゴロしたーい」
やはり、来るんじゃなかった。実に息苦しい。
やはり私は裏方の女。表舞台でちやほやされるのは、性に合いません。
なんとか早いうちに帰りたい、なんて思っていると。
そこで、なにやら下の方から声が響いてきました。
「……ーリィ……シャーリィ……! おーい、僕だ! こっちこっち! 気づいてくれ!」
それは、聞き覚えのある声でした。
嫌な予感がして、そっと手すりからお屋敷の外を見てみると……そこには、幼なじみのアルフレッドの姿があったのでした。
「あっ、やっと気づいてくれた! やあ、シャーリィ! 久しぶりだね、逢いたかった!」
「……」
まんまるになるほど厚着して、鼻水を垂らしながら嬉しそうに手を振っているアルフレッド。
そう言われても、こちらはちっとも会いたくありませんでした。
前に会ったのは、お父様の荷物を運んできた時。
その時の不埒な振る舞いを手紙で告げ口したところ、お父様はたいそうお怒りになり、アルフレッドは別の仕事に回されたとか。
それでもう会うこともないと思っていたのに、こんなところに押しかけてくるとは。
やってることがもう完全にストーカーです。
「なんのつもり? アルフレッド。どうしてこんなところにいるの」
「き、今日君がこちらでおもてなしを受けるって聞いたから、運が良ければ逢えると思って! まっ、待ってたんだよ、ここで何時間も!」
と、目をキラキラさせて言うアルフレッド。
恋人にこんな風にされたら多分嬉しいのかもしれませんし、テラスで話をするシチュエーションは、まるでロミオとジュリエットですが……相手が、ねえ。
「そう、じゃあもう会えたんだから、風邪引く前に帰りなさいな。じゃあね」
「あっ、待ってくれ、シャーリィ! 頼む、お願いがあるんだ! 話を聞いてくれ!」
そう言って室内に引っ込もうとすると、慌てた様子でアルフレッドが言います。
出た、アルフレッドのお願い。
やつは、なにか困ったことがあるとこうやって私にお願いしてくるのでした。
知らんがな。と、言ってやりたいところ、なんですが。
「君のお父さん、アラン親方にも関係あることなんだよ! 商売のことなんだ、頼む! 降りてきて、話を聞いてくれ!」
と、しつこく言われたらさすがに無視もできません。
それに、商売が絶好調なお父様の、邪魔になるようなことをされても困りますし。
やれやれと肩をすくめ、「五分だけよ」と答えて、こっそり一階に降り、勝手口から外に出た私。
すると、アルフレッドが慌てた様子でやってきて、そして驚いたことに。
なんと、その場で土下座を始めたのでした。
「え、ちょっと。なにしてるの? アルフレッド」
「頼む、シャーリィ! 力を貸してくれ……! このままじゃ、僕は首を吊らなくちゃいけないんだよぉ!」




