お店と幼なじみとつるつる麺類2
船といえば帆船なこの時代、航海というものは命をかけた大博打です。
どれほど入念に準備をしていても、運が悪ければ遭難し、海の底でお魚の餌に、なんてことも日常茶飯事。
船員のみなさんには常に死の危険があるわけですから、そんな彼らを雇い入れるだけでも莫大な費用がかかります。
さらに船に積む食料や飲み物なども用意せねばならず、もちろん現地に着いた時に商品を仕入れる金も持たせなければなりません。とんでもない初期費用です。
ですが他国の貴重な品さえ手に入れることができれば、一気に大儲け、商人としての名も大きく高めることができる。
そんな未来を夢みて、商人の方はなけなしの金を払って博打気味に船を借りたりする、のですが。
ええ、まあ。結構な確率で船が戻ってこず、全財産を失って路頭に迷ったりするらしいです。
つまり、船を貸し切るというのは、現代日本で言えば家と全財産をかけて先物取引をするようなもの、と言えばその危険性が伝わるでしょうか。
「駄目駄目、なんでそんなことを考えるのお父様!? お父様はコツコツお金を稼いできた商人でしょう、失敗したら身を持ち崩すような、危険な博打をするタイプじゃないでしょ!?」
慌てて立ち上がり、父をいさめようとする私。
まさか父が、ちょっとお金が入ったぐらいで、そんな危険を犯すタイプだとは思いませんでした。
やっぱり、お金って怖い!
「……シャーリィは、やめといたほうがいいと思うのか?」
「もちろん! 自分で船を借りる必要なんてないでしょ、もし入ってきたらその時は買い付ければいいじゃない!」
「それは、そうなんだが……その。実は、もうやっちまったんだ。半年前に」
「なっ……」
「しかも、船が海賊に襲われた」
「っ……!」
さっと目の前が暗くなり、どすんとソファに倒れ込む私。
そう、それです。航海というものの、一番危険なこと。
それは、海が無法状態で、いつ海賊に襲われるかわからないということです!
現実の海賊は、私がおばあ様に話した麦わらの海賊団のように、夢のある存在ではありません。
武器を振りかざし襲ってきて、船の積荷を全部奪い取る悪魔のような連中です。
そして、彼らが儲けるということはつまり。
船に資金を投入した商人が、損をするということ。
つまり、この場合のそれは……お父様!
「つ、つまり……お父様は、商売に失敗して、莫大な損失を出したってことですね……!」
なんということでしょう。
随分儲けてるように見えて、実はとんでもない額の借金を抱えていたのね!
となると、もしかしたらこの家も差し押さえられちゃうのかもっ……。
ああ、私が頑張ったせいで父が狂ってしまい、帰る家がなくなってしまうなんて!
なんて私が嘆いていると、そこでお父様はニヤリと笑い、こう言ったのでした。
「待て待て、話はここからだ。実はな、海賊ども、積み荷のカカオを見たとたん、こう叫んだらしいんだ。『なんだこのゴミは! こんなもん積みやがって、なんのつもりだ!』ってな。そして……怒って、積荷をそのままにして行っちまったらしいんだ!」
「っ……! うそ、じゃあ、お父様!?」
「ああ、倉庫いっぱいのカカオを手に入れた! 全部チョコにして、貴族様に売り捌けば大儲けできるぞ、シャーリィ!」
「っ……!」
歓喜の表情を浮かべ、がばっと抱き合う私たち。
もう、この人、驚かせるためにこんな言い方して!
おそらく、カカオを見たことがなかった海賊さんたちには、その価値がわからなかったのでしょう。
しかもよくよく聞くと、カカオを依頼した船はとある貴族様の持ち船で、その方と折半しての仕入れだったそうです。
つまり、元からリスクはそこまで高くなく、勝ち目が十分にある勝負だったと。
そういうのを全部隠して話して驚かせようなんて、お父様も人が悪い!
「そういうわけで、悪いがこっちにいられる間に、チョコの作り方をうちの職人に詳しく教えてやってくれんかシャーリィ」
「それはかまわないけど、手紙でも書いたとおり、カカオをサラサラにするのは大変な作業よ。かなり手間がかかるけど、そこはどうするつもり?」
「ああ、実はな。それには、風車を使おうと思ってるんだ」
風車!
なるほど、それはいいアイデアです。
石臼を風車で動かしてゴリゴリやれば、かなり楽になるでしょう。
それに、風車で作ったチョコというのも素敵ですし。
前世でそういうチョコがあったら、私は大喜びで買ったことでしょう。
それに、チョコは王宮で大人気で、中には『食べる宝石』なんて呼ぶ人までいます。
それを大量生産できれば、どれほどの儲けになるか。
私とお父様は、それを想像してイッヒッヒと悪い笑い声を上げたのでした。
「あらあら、二人して上機嫌ね。今度はどんな悪だくみをしていたの?」
そこで、そんな事を言いながらお母様がお茶を持ってきてくれました。
すると、そのカップもお茶っ葉も高いものに変わってて、びっくりしてしまいます。
ほんとに儲かってるんだなあ……。
そして、隣に座ったお母様は、ニコニコ笑顔で私の方を見ながら、こんなことを言ったのでした。
「ところで、シャーリィ。お願いがあるのだけど」




