お店と幼なじみとつるつる麺類1
「おかえり、シャーリィ! 帰ってくるのを、心待ちにしていたよ!」
そう笑顔で出迎えてくれた父と母に、荷物を抱えた私は「ただいま!」と、元気に答えたのでした。
時期は、新年が始まってすぐ。
数日間のお休みをいただいた私は、実家へと帰省することにしたのでした。
王宮勤めとはいえ、新年ぐらいは交代で休めるのでございます。
「さあ、寒かったでしょう、シャーリィ! 部屋を暖めてあるわ。早く入りなさいな」
「いやあ、我が家の宝の凱旋だ! 俺も本当に鼻が高いよ、シャーリィ!」
なんてなんて、たった三十分程度、王宮から実家まで歩いてきた程度の私にこの扱いです。
むしろ、帰りの馬車を用意しようか?なんて手紙で連絡してきたので、慌てて断りました。
たかだか三十分程度で馬車なんて、貴族じゃあるまいし。
(しかし、変われば変わるものね。前は穀潰し扱いだったのに、まるで女王様を歓迎するぐらいの勢いだわ)
なんて、ニコニコ笑顔の両親を見ながら驚いてしまいます。
少し離れて生活したら、娘の可愛さを思い出したのかもしれません。
まあ、それはともかく。
久しぶりに我が家の門をくぐりましたが、やはり実家はいいものです。
王宮暮らしが長かった分、あれ、我が家ってこんなに狭かったかしら、なんて思わないでもないですが。
見慣れた景色はやはり落ち着く……。
「……あれ? 家具、替えた?」
そこで家の中が変わっていることに気づき、戸惑いとともにつぶやきます。
そう、以前の家具はまあまあ傷んだ、まあまあの品だったのですが、それがなんだか高そうなものに変わっているような。
応接間のテーブルは黒くて高級感ただよう物に変わり、椅子もエレガントな飾りがついた立派な物に。
私が長年使用し、お菓子を落としたりしていたソファはなくなり、代わりにふっかふかの、腰まで沈むソファになっています。
「さあさあ、お座りなさい。お休みの間、あなたは楽にしてていいのよ。すぐにお茶を用意するわね!」
なんて、お母様が私をソファに座らせ、お嬢様に仕える召使いのように世話を焼いてくれたりなんかして。
そして、そこでようやく気づいたのですが。
お母様が着ている服が、なんだか以前よりずっと立派なものになってるような……!?
「ね、ねえ、どうしたの? なんだか、家も二人も立派になってない……!?」
お父様の服も、地味ですが前より仕立てのいいものになっています。
それに、お母様の指に、以前私が贈ったもの以外にも立派な指輪が光ってる!
これは一体なにごと、と怯えていると、隣にお父様が座り、笑顔でこう言ったのでした。
「はっはっは、なにを言ってるんだ、当たり前だろうシャーリィ。孝行娘が、王宮で大活躍してるんだからね。その親たる私たちの地位も、当然上がるに決まってるだろう」
なんと。なんと。
どうも話を聞いていると。
私が王宮のメイドになって、すぐにメイド頭になり、さらに王子様のお気に入りらしいと広まると、お父様にあちこちから連絡が来るようになったらしいのです。
そこには、どうにか取り入って金をせびってやろう、みたいな輩もいたらしいのですが。
中には、一緒に商売をしないか、なんていうありがたいお話もあったのだとか。
いや、驚きました。
おやつメイドになることは相当に価値のあることだと聞いていましたが、まさかこれほどわかりやすく、両親にまで影響があるとは思いませんでした。
「それにね、シャーリィ。貴族の皆様に、トマトやケチャップなんかを宣伝してくれただろう。こっちでそれを商品化したやつが、今ものすごく売れていてね! 生産が追いつかないレベルだよ、はっはっは!」
「はあ……」
そう、私はお父様にお願いされ、使いの方に、調味料の作り方をレクチャーしたことがあったのでした。
ケチャップにマヨネーズ、ドレッシングにハンバーガーソース。
比較的再現が簡単なそれらの製造と販売を、お父様は新規事業として立ち上げ、貴族様相手に商売を始めたのは知っていましたが……そんなに成功していたとは。
「本当に、素敵な娘を持って私も鼻が高いわ! 滞在中、商品の出来をチェックして差し上げてね。料理の天才なあなたの指導があれば、鬼に金棒だわ!」
なんて、お母様も浮かれまくってます。
なるほど、どうりで家の中がゴージャスになってるわけだ……。
なんて、私が白けた表情で黙っていると、お父様が妙に真剣な表情になり、こんな事を言いだしました。
「それはいいんだがな。えとな、シャーリィ。おまえが、チョコってやつのことを教えてくれて、試作品を少し送ってくれたじゃないか。父さん、あれにすごく感動してな。うちの商会で作れないかと思ってな」
「ああ、そんなこともあったわね。でも無理よお父様。あれには、カカオっていう貴重なやつがいるって書いたでしょ?」
そう、メイドになりたてのころ。
私は手紙に少しだけ、包装したチョコをいれて父に送ったことがあったのでした。
試作品の一部を、こっそりと。
いいことではないですが、どうせ全部は試食できないですし、父にも味見してみて欲しくて。
そうしたら父はいたく気に入り、作り方を細かく教えてくれと返信してきたのでした。
ですがカカオは、アガタの農園を除けば、南方の国でだけ手に入る高級食材。
この国で作れるはずもない、のですが。
「ああ、だけど諦めきれなくてね。こいつは間違いなく、ビッグビジネスになると思ったんだ。それで、その……実はな。父さん、船を貸し切って、カカオの輸入をしようと思うんだ」
「なっ……」
それを聞いたとたん、さっと私の顔から血の気が引きました。
船を貸し切る……船を貸し切るですって!?
馬鹿な。それって、めちゃくちゃ危険なことじゃないですかっ!




