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【書籍・漫画化しました!】異世界メイドの三ツ星グルメ ~現代ごはん作ったら王宮で大バズリしました~【旧題・美食おぼっちゃまの転生メイド】  作者: モリタ


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春と新人と新作スイーツ8

「こっ、これはウィリアム殿下……!」


 呆然としている私をよそに、貴族様たちが、慌てて頭を垂れました。

すると、護衛の兵士様たちを連れたおぼっちゃまがつかつかとやってきて、聞いたこともないような冷たい声でおっしゃいます。


「なにをしていた。この者は、余のメイドである。それを、随分と乱暴に扱っていたように見えるが」

「いっ、いえっ……」


 怯んだ様子で、返答に困る貴族様たち。

ですがやがて顔を見合わせると、その口元にニヤリと笑みが浮かび。

彼らはどこか、小馬鹿にしたような声色で答えたのでした。


「……いえ、実は、メイドどもに茶をひっかけられまして。いや、それは別によいのですが、この者が謝罪したいと言うものですから。少し落ち着いて、話をしようとしていただけにございます」

「なに? ……シャーリィ、まことか」


 そう言って、私の方を見上げるおぼっちゃま。

なんと答えればいいのかわからず、ただお茶を引っ掛けたのは事実だし、貴族様の言うことを否定することもできず。


 私が困った顔で「はい……」と答えると、貴族様たちは、我が意を得たりとばかりに声を張り上げました。


「ええ、ご覧の通り! あくまで、個人的な話をしようとしただけです。それに、彼女はなにやら有名らしい。なので、いろいろと話が聞きたかっただけにございます」

「そう、あくまで個人的な話。まさか、殿下ともあろう方が、メイドごときと話をする程度のこと、お怒りにはなりますまいな?」


 高圧的な口ぶりの貴族様たち。

その話の端々に、どこかおぼっちゃまを侮るようなようなニュアンスがあって、なんだか私は腹が立ってしまいました。


(……なに、この人たち。お若いおぼっちゃまを、甘く見る貴族も多いって聞いてたけど……こういうこと!)


 おのれ、そういうことなら。頭から熱いお茶を引っ掛けてやればよかった!

……なんて考えは、場が荒れるだけなのでおくびにも出しませんが。


 表情を消してすっと立つ私の前で、おぼっちゃまはなにやら考える素振り。

そして、もう一度私を見上げると、こうおっしゃったのでした。


「なるほどな。貴公たちの言い分はわかった。……シャーリィ。少し、屈め」

「えっ、は、はい……。こうでございますか?」


 おぼっちゃまの意図がわからず、お辞儀をするようにかがみ込む私。

するとおぼっちゃまは小さく頷き、そっと私の頬に触れ……そして。


 ──あまりにも自然に、私の唇を奪ったのでした。


「…………」


 何が起こったのかわからず、石像のように固まる私。

そんな私の唇に、たっぷり十秒ほど唇を合わせ、ふうと離れると、おぼっちゃまは私の頬に手を当てたまま、貴族様たちにこう言ったのでした。


「このメイド、シャーリィは余のものだ。他の誰にも、触れたり好きにしたりすることは許さぬ。貴公ら、もしまたこの者や、城に仕える者たちに無礼を働いてみよ。余の名において、ただではすまさぬぞ!」

「はっ……! こ、これは、申し訳ございませぬっ……! ま、まさか殿下の手付きとは存じ上げずっ……」


 貴族様たちはひどくうろたえ、「し、失礼します!」と言うと、慌てて逃げていきました。

王族が自分のものと主張するなにかに触れること不埒(ふらち)は、どの国でも大罪。


 貴族といえども、明確に処罰の対象になる。

おぼっちゃまを侮っていても、さすがにそれは怖かったのでしょう。


「ふん、馬鹿者どもめ。余のシャーリィになんと不埒(ふらち)な。……シャーリィ、今後もなにかあったらまず余の名を出し、困ったならすぐに呼べ。よいな」


 そう言うと、おぼっちゃまはもう一度私の頬をなで、やってやったとばかりの嬉しそうな表情で行ってしまいました。

取り残された私は、それをじっと見送り……そして。


(……なに、今のおおおっ! なに、なんで!? ど、どう受け取ったらいいのっ!?)


 と、盛大にパニックを起こしたのでした。


(うっ、奪われた、今生の初キスを……! 凄いスムーズに! えっ、ただ私を守るためにしただけ!? そっ、そうに決まってるわ、う、うん! ああっ、でも手付きってなに!? 私、これからそういう扱いを受けるのっ!? うあああっ……!)


 グルグルと目を回しながら、忙しくあれこれ考えてしまう私。

いや、これは深く考えることではないのかもしれないっ。

そう、子供とキスするぐらいならよくあることだわ。……多分!


 おぼっちゃまも、そう深くは考えてないはず、きっと。

そもそも、おぼっちゃまの唇はほんのり甘くて、まさに子供の唇って感じだったし……って、ああっ、感触を思い出しちゃった!


 一気に気持ちが氾濫して、どうにもおさまりがつきません!

ですが。


 ですが、一番問題なのは……。


(……嫌じゃ、なかった……!)


 そう、信じられないのは、私が、嫌じゃなかったことなのです。

いや、むしろ……嬉し、かった……?

それは、子供からの、好意の表れとしてのキスが嬉しかったのか、それとも……。


(ああっ、駄目、なんだかこれ以上は考えちゃいけない気がするっ……!)


 と、頭を抱えて苦悩する私。

ですが、そこで二つの小さな足音が近づいてきて、私は正気に戻ります。


「おっ、お姉さま! 大丈夫ですかっ!?」

「お怪我はありませんかっ!」


 それは、遠くで様子を見ているしかなかった、クロエとサラの声。

半泣きの二人を見て、いけない、と私は慌ててお姉さまの仮面をかぶったのでした。


「あ、う、うん。大丈夫よ! おぼっちゃまが助けてくれたから!」

「良かったっ……お姉さま、ごめんなさい、私のせいでっ……! ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 泣きながら抱きついてくるクロエに、いいのよ、大丈夫大丈夫と声をかける私。

それに、あれはクロエの不注意もありましたが、それ以上に、相手に悪意があったような気がするのです。


 貴族の方がぶつかったのは、ワゴンの側面。

まるで、わざとぶつかってきたかのように見えました。


 その後の行動もなんだか計算ずくのような気がして、もしかしてだけど、私たちに因縁をつけるためにわざとぶつかってきたんじゃ……? 

なんて、邪推してしまいます。


 しかし、そこでふと、サラちゃんが目をキラキラさせてこちらを見ているのに気づいて、どうしたの、と尋ねると。

彼女は、とんでもないことを言いだしたのでした。


「おっ、お姉さま、おぼっちゃまに、そのっ……。きっ、キスをいただいてましたよねっ!? そっ、そういう関係だったのですかっ!?」

「ぶっ!」


 思わず吹き出してしまう私。

こっ、この子、ようやくその事実から目を逸らせたところだったのに、思いっきり直視させてくるじゃないっ……!


 ですが、そこは私にもお姉さまとしての立場があるので。

頬に手を当てて、わざと照れてますよ、なんて様子を(必死に)演じつつ、こう言ったのでした。


「まさか! 私みたいな平民が、そんなことあるわけないわ。……でも、うふふ、奪われちゃった」

「きゃー……! お姉さま、大人っ……!」


 頬を赤く染めながら、私を尊敬の眼差しで見つめる二人。

きっと、私が恋愛経験豊富な女にでも見えているのでしょう。


 ああ……尊敬されるお姉さまになるということは、こんなにも大変なことなのですね。

自分がなって初めて、私はそのことを理解したのでした。


 ──そして。

その夜には、自分のベッドでバタバタと、今日の出来事を思い出して身悶えることになったのでした。


 ああ……この現実を、どう受け止めたらいいの。

恋愛経験値なんて稼いだこともない私には、重すぎるっ……!


 こうして、あまりにも多くの出来事が起こった春は、緩やかに移り変わっていくのでした。


◆ ◆ ◆


「ちっ……あのガキめ。余計なところで顔を出しおって……!」


 シャーリィが王子に唇を奪わた、すぐ後のこと。

王宮の片隅で、追い払われた貴族たちが苦々しい口ぶりで呟きました。


「ふん、ガキが偉そうにしおって。ただ王の子に生まれただけで、自分が偉いとでも思っているのか!?」

「あんな阿呆に国を任せるなど、どいつもこいつもどうかしている。俺たちが王子であったなら、この国は今の何倍も栄えているものを!」


 彼らは貴族に生まれついたというだけで威張り散らし、向上心がなく、頭も悪いというどうしようもない輩だったので、間違いなくそんなことはありませんでした。

ですが、夢想の中でだけは、たしかに彼らは誰よりも有能な存在だったのです。


 そして、彼らはウィリアム王子のことが大嫌い。

なぜならば、王子は貴族たちに、無意味な浪費や民の酷使をやめ、節制せよと命じていたからなのです。


 貴族という選ばれた立場に生まれたというのに、子供である王子に上から命じられ、自由を奪われる屈辱。

それは、彼らにとって耐え難いものなのでした。


「奴のお気に入りとかいうメイドを、少しいたぶってやるつもりが……こうなっては、下手に手出しすると厄介だ。どうする?」

「目をつけられたからな。しばらくは大人しくしていたほうがよいだろう。……だが、ウィリアムのやつがでかい顔をしていられるのも今のうちよ」


「ああ、そうとも。王の体はずいぶんと弱っていると聞く。そう長くはあるまい。王が没すれば、あの小僧がどのような目に合うか。ふふ、実に楽しみだ!」


 悪魔のような笑みを浮かべながら、ささやきあう貴族たち。

そして、期待を込めてこうつぶやくのでした。


「あやつを片付けて、“あの方”を王にいただけば、我らの時代が来る。全てを思うままにできる時代が!」

「ああ、その時が待ち遠しい。早くくたばるがいい、老いぼれの王め!」


 そうして、暗い笑い声を上げる貴族たち。

王宮に、静かに、だけど確実に嵐が訪れようとしていることを──シャーリィは、まだ、知らずにいたのでした。


◆ ◆ ◆


 さて、時は少し遡って、その年の始め。

華麗なドレスを着て(着させられて)、とある場所に佇むシャーリィ。


 そんな彼女の前には、ちょっと間の抜けた顔をした青年、シャーリィの幼なじみであるアルフレッドがいます。


 ですが、立っているわけではありません。

彼は、なんとシャーリィに対して、盛大に土下座をカマしていたのでした。


 あっけにとられるシャーリィに、彼は必死な形相でこう言ったのです。


「頼む、シャーリィ! 力を貸してくれ……! このままじゃ、僕は首を吊らなくちゃいけないんだよぉ!」


 さて、アルフレッドのお願いとはなんなのか……それは、次のお話で。

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