春と新人と新作スイーツ7
「やりましたね、お姉さまっ! 今日のお菓子も、大成功でしたねっ!」
おぼっちゃまにクレープをお出しして、数日後。
メイドキッチンに戻るべく王宮の廊下を歩きながら、クロエが元気に言いました。
「ええ、そうね。貴族の皆様、たいそう喜んでくださったわ。やっぱり、甘いもの食べてる時は身分なんて関係ないわねー」
なんて、食器を載せたワゴンを押しながら、のほほんと言う私。
今日は天気も良くて、ぽかぽか陽気で最高です。
貴族様たちのお茶会にお菓子を出した帰りなのですが、これが大成功!
私特製のチョコケーキを、皆様は美味しい美味しいと召し上がってくださり、大好評だったのでした。
そしてそれも無事に終わり、私はクロエとサラを連れてキッチンに戻る途中。
アンは、残りの食器を片付けてから戻るから先に帰っていて、と別行動です。
「シャーリィお姉さま、私、毎日楽しいです! メイドのお仕事、最初は大変だったけど、こんなに楽しいなんて思いませんでした!」
と、ニコニコ笑顔のサラが言います。
そう思ってくれているなら、本当に良かった。
私もメイド頭として鼻が高いです。
「うふふ、じゃあキッチンに戻ったら私たちもおやつにしましょうね」
「わあっ……!」
私がそう言うと、二人は顔をほころばせ、両手をつないで喜びあったのでした。
ああ、可愛い。
「あっ、お姉さま! ワゴン、私が押しますっ!」
そう言って、ワゴンの押し手を掴むクロエ。
彼女の身長はワゴンより少し高い程度で、前が見にくいだろうから大丈夫かな、とは一瞬思ったのですが。
「そう? わかった、じゃあ気をつけてね」
彼女のやる気に水を指すのもなんだと思い、私は任せることにしたのでした。
「はい、お姉さま! さあ、早く戻りましょう!」
元気に答えて、ゴロゴロとワゴンを押してゆくクロエ。
待って、曲がり角に注意してね、と私が言うよりも早く、クロエはそこに差し掛かり……そして、その瞬間。
なんと、角から人影が飛び出してきて、ワゴンと衝突したのでした。
「きゃあっ!」
「クロエッ!?」
悲鳴をあげて転ぶクロエと、派手な音を立てながら倒れるワゴン。
高い食器が飛び散って大変なことになっていますが、それ以上に恐ろしいこと。
それは……クロエがぶつかった相手が、高そうな服を身にまとった、貴族様だったことです!
「貴様! なにをしている!? この俺にぶつかるなど、どういうつもりだ!」
歳の頃は、二十歳ほどでしょうか。
まだ若いその方は、目を吊り上げ、飛び散ったお茶で汚れた自分の服を指さし、すごい剣幕で怒鳴り散らします。
「見ろ、この俺の服が汚れたではないか! メイドの分際で、信じられん! 貴様、命がいらんのか!?」
「あっ、ああっ……」
倒れ込んだまま、恐怖に固まり、怒鳴られるままのクロエ。
しかも、貴族様はお一人ではなく三人連れで、一斉にクロエを威嚇しだしました。
「我が友に何たる無礼か。なんとか言ったらどうなのだ、貴様! 子供だからと許されると思うな!」
「王宮のメイドとはいえ、タダではすまんぞ。これほどの粗相、どう始末をつけるつもりだ?」
恐ろしい形相でクロエを取り囲み、脅しをいれる貴族の方たち。
そこで私は、辛抱たまらず駆け寄り、かばうようにクロエを抱きしめながら、必死にこう訴えたのです。
「おっ、お待ち下さい! この者は私の部下。部下の責任は、私の責任です! 私がいくらでも頭を下げますので、どうか、どうかお許しを……!」
そして頭を下げながら、必死に謝罪する私。
クロエが貴族の出とはいえ、今の身分はあくまでメイド。
それに、相手の三人はいかにもタチの悪そうな相手。
大事にされたら、どんな酷い仕打ちをうけるかわかりません。
ここは、責任者としてどうにか私が丸く収めないと……!
最悪、靴だって舐めます!
嫌だけど……嫌だけど!
すると、貴族のお一人が、こんなことをおっしゃいました。
「おい、待て。こいつ知ってるぞ。たしか、奇妙な菓子を出すとかいうメイドだ」
「ほお。だが、どうやら部下のしつけがなっていないようだな。それはつまり、お前自身がメイドとしてなってないということ。これは仕置きが必要だな」
なんて、ニヤニヤしながら私の方を見ている貴族様たち。
えっ、なにこの空気……すごい嫌……。
なんて思っていると、そのお一人に腕を捕まれ、私は無理やり立たされてしまいました。
「どれ、特別にこの俺達が教育してやろうではないか。しばらく世話をさせてやる。光栄に思えよ、貴様」
「痛っ……!」
そのままグイグイと私を引っ張り、連れて行こうとする貴族様。
どっ、どうしようっ……逆らうわけにはいかないけど、こっ、このままじゃ、まずいよねっ……!?
「おっ、お姉さまっ!」
なんて私がオドオドしていると、クロエとサラが泣きそうな顔で声を上げました。
……いけない。二人を、不安にさせるわけにはいかないわ。
「だっ、大丈夫よ、すぐに戻るから! アンを呼んで、食器とワゴンを片付けて、先に戻っていてね……!」
なけなしの勇気でニッコリと笑い、そう言う私。
顔が、ひきつっていないといいけど。
(とっ、とにかくここは逆らわず、ちゃんと謝罪して、わかってもらうしかない……! そうよ、お城のメイドにそんなに酷いことするわけがないわ。話せばなんとかなる、なんとかっ……!)
強引に引っ張られながら、自分に言い聞かせるように心の中で呟く私。
ですが……その時。
廊下の向こうから、私のよく知る方の声が響いてきたのです。
「……貴公ら。そこでなにをしている?」
驚いて、そちらに目を向ける私たち。
すると、そこにいたのは……おぼっちゃま!




