春と新人と新作スイーツ6
「あっ……!」
咄嗟に声を上げてしまう私……と、おぼっちゃま。
ですが、クロエは倒れそうになる途中でどうにかバランスを取り戻し、ぐっとお皿もキープしたのでした。
「うおおっ……。ふう、やれやれ……脅かすでない。食べる前に余のおやつを落とされては、たまったものではないぞ」
「もっ、申し訳ありません、おぼっちゃま! どっ、どうぞっ!」
動揺した様子でそう言いながらも、なんとかおやつをテーブルの上に並べるクロエとサラ。
私もほっと一安心しつつも、歳はたいして変わらないのに、クロエがおぼっちゃまとお呼びしてるのが、なんだか微笑ましく感じてしまいます。
「……おや。よく見ると、そなたら、随分と若いな。新しく入った者か?」
「はっ、はい、おぼっちゃま! シャーリィお姉さまの班に入りました、クロエと申します! よろしくお願いします!」
「さ、サラと申します! 全力でお仕えします、よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げて、おぼっちゃまに挨拶する二人。
自分でご挨拶できた二人をニコニコ笑顔で見ていると、おぼっちゃまがこんなことをおっしゃいました。
「そうか。シャーリィの下は大変だろうが、はげむがよい」
……あのう、おぼっちゃま。
どうして私の下は大変だと思われたのでしょう?
え、あれ。もしかしてですが、おぼっちゃまも私のことを変人だと思ってらっしゃる?
なんて、私が顔をヒクつかせている間に、おぼっちゃまはお皿の上のそれ……そう、みんなで研究したチョコいちごクレープを手に取っておっしゃりました。
「しかし……これは、なんとも華やかなおやつだな! 匂いがすごくよい、見た目も最高に美味しそうだ!」
と、崩れないよう布で巻いたそれを目で楽しみながら、心底嬉しそうにおっしゃるおぼっちゃま。
そう、クレープ最大の魅力はやはりその見た目!
黄色い生地からはみ出している、甘さを予感させる純白のクリームと、赤いいちごに、たっぷりのチョコソース。
その四色が織りなす華麗なるヴィジュアル、おやつのトップモデル。
それが、クレープなのでございますっ!
「どれ、ではさっそく」
そう言って、クレープに小さいお口でかぶりつくおぼっちゃま。
最初から満面の笑顔でしたが、噛み締めたとたんそれを更に緩ませて、おぼっちゃまは幸せの絶頂という様子で声を上げます。
「ああ、知っていた……これが美味しいのを、余は知っていたぞ! だが、それを超えてくるほどの美味しさだっ……素晴らしいぞ!」
「っ……!」
それを聞きながら、ぱああっと顔を綻ばせるクロエとサラ。
二人にとっては、初めて下ごしらえから練習まで参加したおやつです。
それを褒められるのは、さぞかしいい気分でしょう。
「ああ、中身も美味しい、素晴らしい。だが、この外側の黄色い生地がそれに負けぬほど美味しい。もちもちしていて、実にいいぞシャーリィ!」
「うふふ、ありがとうございますおぼっちゃま! そちら、作りたてだからこその食感と美味しさですわ!」
なんて言いながら、アンの方をチラリ。
すると、アンは小さく頷いて、次の分のクレープ生地をヘラでくるりと飛ばしました。
「おおっ!」
そのままひっくり返って、生地がふわりとフライパンに着地するのを見て、おぼっちゃまが感動の声を上げます。
(やったわね、アン! 練習の成果、出てるわっ)
アンと目と目で通じ合い、にっと笑う私たち。
このパフォーマンスのために、私たちはかなりの回数を練習していたのでした。
そして、もちろん生地も調整はバッチリ。
飛ばしても破れず、ふわりと空気に浮く厚み。
それが私的に、ベストなクレープ生地の厚みなのでした。
こうして、クレープをたいそう気に入ってくださったおぼっちゃま。
最近は召し上がる量も前ほどではなくなっていたのですが、今日ばかりは、チョコバナナにメイプルバターやベリーショコラ、さらにはアイス入りなど、十個以上を召し上がってくださったのでした。
今日も、おやつタイムは大成功。
中庭に、みんなの笑顔が溢れたのでした。
……でも。
その事に気を良くして、私は……少し、気が緩んでいたのかもしれません。
そう、私がもっと、しっかりしていれば。
あんなことには、ならずにすんだかもしれないのに──。




