ドーナツの騎士様4
「皆様、連日連夜のお勤めありがとうございます! メイドたちから皆様へ、お礼の品でございますわ」
そして、数時間後。王宮の庭に、クリスティーナお姉様のお声が響きました。
そこで疲れ果てた表情で休憩していた兵士の皆様が、驚いて一斉にこちらを見ます。
時刻は、昼の四時頃。おぼっちゃまのおやつタイムが終わり、私達に時間が出来た頃合いでございます。
「先日は、私共の一人を助けていただき、今も犯人の捜索をしてくださっている。まことにありがとうございます。つまらない品ですが、良ければお口になさってくださいませ」
そう言って、ドーナツの詰まったカゴを机の上に並べていくお姉様。
ご挨拶がクリスティーナお姉様なのは、一番の古株でかつ一番偉いメイドだからでございます。
「さあさあ、たまには役得があってもいいでしょう、お兄さん方。メイド全員で丹精込めて作ったんだ、美味しいからぜひ食べてくれ」
と、ややぶっきらぼうに言うのは男前のクラーラお姉様。
兵士の皆様はドーナツを物珍しそうに見ていましたが、その一部はクラーラお姉様の大きなお胸に視線を吸い込まれていました。
食い気より色気か、コノヤロー。
そして、輪の中心であれこれと命令を出していたローレンス様が、穏やかな微笑みとともにおっしゃいました。
「おお、これは気を使わせてしまいましたか。ありがとう。皆の者、せっかくのご厚意だ。いただきなさい」
わっと歓声が上がり、兵士の皆さまがドーナツに手を伸ばしてくださいます。
同時に、用意していたお茶を振る舞うメイド一同。
するとあっという間に、深刻な顔をしてらっしゃった兵士の皆様の間に、和やかな空気が流れはじめました。
「ほお、こりゃうまい……! 何という食べ物ですかこれは」
「甘い。甘いものは苦手だと思っていたが、これは好きかもしれん……」
「い、いやあ、すいませんね、こんなことしていただいて……。あ、あはは、メイドさんたちにこんな事してもらっていいのかなあ! ああ兵士になって良かったあ!!」
あれこれ言いながら、楽しそうにドーナツを頬張る皆様。
中にはお姉様方にデレデレしている人もいますが、どうやらお口にあった様子。
アメリカのポリスメンはドーナツが大好き、みたいな話を前世で聞いたことがありまして、なんとなくドーナツにしましたがどうやら正解だったようでございます。
ですが、私の本命はこれから。
部下たちがドーナツを頬張るのを、なんとも言えない表情で見ているローレンス様の側にすっと忍び寄って、私はドーナツの入った籠を差し出します。
「ささ、どうぞ、ローレンス様も。助けていただき、本当にありがとうございました。私達メイドからの感謝の品でございます。甘いものは苦手でございましょうが、どうか情けと思ってお一つ食べてみてくださいませ」
「う、うむ、そうだな。そうとあれば、仕方がない。騎士たる者、甘い物など本来必要としないが、君たちの好意を無下には出来ないからね」
などと言い訳がましく言いながら、ローレンス様があいまいな表情でドーナツに手を伸ばしてくれます。しめしめ。
そしてその手がドーナツを持ち上げ、口に運ぼうとした瞬間……誰かが、叫びました。
「いたぞ、賊だ! 監視塔の梁の上に潜んでいたぞ!」
それは、賊の発見の報でございました。
兵士の皆さまが一斉にドーナツを置き、戦う人の目になって立ち上がります。
手に手に武器を構えて駆け出す皆様に、メイドの皆様が声援を送りました。
「きゃー、頑張ってくださいまし!」
「賊を必ず捕まえてください! かっこいいですよー!」
美しいメイドたちにそんな声をかけられて、やる気が出ない男性はそうはいないでしょう。
兵士の皆様はやる気もりもり、良いところを見せようと猛烈な勢いで駆けていきました。
そして、ローレンス様も。
手の中のドーナツを一瞬見つめた後、そっと籠に戻して駆けていきました。
「まず包囲せよ! 絶対に逃がすな、王宮に入った賊がどうなるか思い知らせてやれ!」
「きゃー、ローレンス様ー!」
どこか背中を丸めて駆けていくローレンス様に黄色い声が飛びます。
それを見ながら、私は思わず呟いてしまいました。
「なんて、タイミングの悪い……」
仕方ありません。
次の手を、使いましょう。
◆ ◆ ◆
そして。王宮に侵入し、私を襲おうとした賊が捕まり、夕方頃。
見事賊を生け捕りにした兵士の皆様は、誇らしげに戻ってきて、ドーナツを平らげてくださいました。
大量に作ったドーナツは綺麗に片付き、メイドの皆も誇らしげ。
兵士の皆様も、今宵はのんびりと休養を楽しんでくださることでしょう。
ちなみに侵入者は有名な盗賊だったらしく、いわく王宮を攻略してみたかったとのこと。
そんなチャレンジ精神はドブに捨てて欲しいところですが、まあなんにしろ良かったです。
こうして、王宮の騒がしい一日は終わりを迎えようとしているのですが。
私ともう一人、あの方はそうはいきません。
双方に、やり残したことがございます。
「……」
無言のまま、通路の柱の陰からじっと様子をうかがう私。
やがて相手が一人になった瞬間を狙って、私は声をおかけします。
「ローレンス様」
そう、その相手とは、もちろんローレンス様なのでした。




