春と新人と新作スイーツ5
「クロエ……? どうしたの、こんな時間に」
「ごっ、ごめんなさい、そのっ、私っ……。あ、あの、お姉さまっ……」
私の部屋の前で、もじもじしながらなかなか用件を言わないクロエ。
どうしたのかしら、と思っていると、そこでまたもや雷音が鳴り響きました。
「きゃあっ!?」
悲鳴をあげ、半泣きの顔で私に飛びついてくるクロエ。
そのまま私にしがみついて、ブルブルと震えている彼女を見て、ようやく私は理解しました。
「ああ、なるほど……。あなた、雷が怖いのね。クロエ」
「うっ、ごっ、ごめんなさいっ……。雷は……雷は、神様が怒っているっていうからっ! 神様、私、悪い事してませんっ……!」
それは、迷信でございました。
科学というものが発達していない時代、人々は、抗えぬ自然現象に神の存在を感じたのでございます。
この世界でもそれは一緒で、人々はただ雷に恐怖するばかり。
そして、クロエもまた、雷が苦手なようでした。
「ごっ、ごめんなさいっ、一人前にならなきゃいけないのに、こんなっ……。うひゃあっ!!」
そう言ってる間にもまた天が光って、叫び声を上げてぎゅっと抱きついてくるクロエ。
まあ、これは仕方がありません。立派になるぞと親元を離れてきても、怖いものは怖いのです。
なら、ここで私が取る行動は一つ!
「そう、じゃあ入りなさい、クロエ。今日は一緒に寝ましょう! 二人なら、怖くないでしょう?」
「えっ!? い、いいんですかお姉さま!?」
瞬間、ぱあっと笑みを浮かべるクロエ。
ええ、ええ、かまいませんとも。
それでぐっすり眠れるなら、一晩ぐらい。
ですが、そうして実際にクロエを部屋に招き入れ、ベッドにいれると……なんというか。
(……これ、大丈夫ですかね? 法に触れたりしないかしら……)
なんて、ちょっと不安にも。
幼い子を自分の寝室に招き入れるのは、さすがにまずい気も。
まあでも、シーツに潜り込んだクロエが、私にしがみついて幸せそうなのでまあいいか、なんて思っていると。
そこで、またノックの音が響きました。
「あら、今日は人がよく来るわね。はーい、どなた?」
なんて言いながら、キイッとドアをあけると、そこには。
泣きそうな顔の、サラがいたのでした。
「おっ、お姉さま、ごめんなさい! 私、そのっ……。雷が、苦手でっ……」
と、そこまで言ったところで、ベッドから様子を見ていたクロエとサラの目が合いました。
そして、しばし固まったサラは、やがてくわっと表情を変えてこう言ったのです。
「あー、クロエちゃん! 部屋にいないと思ったら、お姉さまの部屋にもぐりこんでいたのねっ! ひどい、抜け駆けだわ!」
「ぬっ、抜け駆けって何よ! 私は雷が怖いだけよ! 変なこと言わないで!」
なんて、言い争いを始める二人。
あの、雷が怖くないのなら、二人とも自分の部屋に戻ってくれませんかね?と、思った瞬間。
またもや雷鳴がとどろき、二人して「キャアアアーッ!」と、悲鳴を上げたのでした。
……それからどうなったのか、ですか?
ええ、まあ。私は、結局二人に押し切られ。
狭い一人用のベッドで、両側から二人に抱きつかれ、寝苦しい夜を過ごしたのでした。
……なんなんでしょう、これは。
まあ……正直、気分は悪くありませんが。
◆ ◆ ◆
「わかってるわね、あんたたち……! 普通に、落ち着いてやれば大丈夫だから! 慌てずやるのよ!」
緊張した面持ちのアンが、新人二人にそう言い聞かせているのが聞こえてきます。
場所は、王宮の中庭。
そう、おぼっちゃまにおやつをお出しする場所にございます。
彼女たちがメイドになって、二ヶ月。
ようやく、下ごしらえもしっかりできるようになった彼女たち。
今日は、そんな彼女たちについに、おぼっちゃまの元へおやつを運ぶという大役を任せることになったのでした。
「はっ、はい、お姉さま! まっすぐ歩いて皿を運ぶだけ、まっすぐ歩いて皿を運ぶだけ……!」
「やっ、やれます、だい、だ、だい、じょうぶですっ!」
ですが、クロエとサラはご覧の有様。
ああ、こっちまで不安っ……!
しかし、いつまでも二人を子供扱いしているわけにもいきません。
彼女たちが料理を運んでくれれば、料理の最終調整をアンが行い、私がおぼっちゃまのそばに控えるという役割分担がぐっとスムーズになります。
「本当に、大丈夫かしら……まだ早いんじゃ……」
「そんなことないわ、アン。たった数メートル運ぶだけだもの。おぼっちゃまにもいいかげんに紹介したいし、あの子達を信じましょう……!」
完全に親目線でささやきあう私たち。
ああ、可愛いクロエとサラ、しっかり。
あなたたちならできるわっ。
……ええ、親バカと言われてもしょうがないかな、とは自覚しています。
「これより、おぼっちゃまのおやつタイムを始めます」
やがておぼっちゃまが中庭においでになり、メイド長が号令をかけました。
それに合わせて、私たちの班も「よろしくお願いいたします、おぼっちゃま!」と一斉に頭を下げます。
「まっすぐ歩くだけ……まっすぐ歩くだけ……!」
私の隣で頭を下げながら、呪文のように呟くクロエ。
そこまで緊張しなくても大丈夫よ、と、言いたいところなんです、が。
実のところ、クロエはよく転ぶ子なのでした。
この前なんて、完成したチョコを冷蔵庫に運ぶ途中で転んでぶちまけそうになって、慌てて受け止めたりもしましたし。
食への欲求が凄まじい、おぼっちゃま。
その眼の前で、楽しみにしているおやつを落とす、というポカはまだ私もしたことがありません。
怒りはしないと思いますが、さて、どんな顔をなされますか……。
そして、それを見たメイド長がなんと言うか……。
なんてことを考えているうちに我が班の番となり、私はおぼっちゃまの前に躍り出ると、元気にこう言ったのでした。
「おぼっちゃま! 本日は、新作おやつをご用意いたしましたわ!」
「なんと、そうか! いいぞシャーリィ、久しぶりではないか! どんなおやつだ!?」
満面の笑みを浮かべるおぼっちゃま。
そう、最近は新人の面倒を見るのに精一杯で、新作をお持ちできずにいたのです。
毎日のおやつに満足してくださっているとは思いますが、それでもやはり新作という言葉には胸が躍るご様子。
ああ、久しぶりに見た、おぼっちゃまの期待に輝くお顔。
実にいいものです!
そして私はすっと後ろを振り返ると、小さくクロエたちに頷いたのでした。
「今お持ちしますわ、さあ二人とも!」
「はいっ、お姉さま!」
アンが、仕上げたおやつを皿に乗せ、そっと二人に手渡しました。
それを受け取った二人が、緊張した面持ちでこちらにやってきます。
頑張って、と私たちが祈る中、二人は固い動作で歩き続けますが……しかしその途中で、足が引っかかり、ぐらりと傾くクロエ!




