春と新人と新作スイーツ4
そう、私が取り出したのは、フライパン。
ですが二人にはフライパンでお菓子を作るという発想がなかったようで、ひどく驚いた顔をしています。
「うふふ、そうよ。と言っても、一部だけどね。……ん、アン、ありがとう!」
そこで、アンが冷蔵庫で寝かせていた生地を持ってきてくれたので、お礼を言う私。
そのままフライパンをコンロにかけて、しっかり温まった頃合いでバターを投入。
もうそれだけでいい匂いがしてきますが、頃合いを見て、薄力粉、卵に牛乳砂糖を混ぜ合わせて作った生地をさっと流し込みます。
まるでホットケーキを作るような手順ですが、違うのは、その薄さ!
極力紙のように薄くなるように、さーっと生地をフライパンの全面に広げ、上からお玉で均等になるよう伸ばします。
この時、厚みに差がありすぎると後で食感が悪いので要注意。
ですが、あまりじっくり調整している時間もありません。
なぜなら、薄い生地はあっという間に火が通ってしまうからです!
焼く時間でも食感がかなり変わってしまうので、ここは時間との勝負!
「さあ、ここからよ。ここからが大事なの」
そして、綺麗に火が通ったあたりで、生地の下にヘラをいれ、くるっと浮かせて、ひっくり返す!
綺麗に着地した生地を見て、クロエたちが「おおーっ……!」と歓声を上げる中、裏面も軽く焼き、火が通り過ぎないあたりでまな板の上へ。
「さっ、次はこうよ!」
こんがり金色に焼けた、まぁるい生地の一部に、クリームを絞っていきます。
良い匂いがする生地の上にたっぷりのクリーム、もうそれだけでたまらないぐらい美味しそうですが、本番はここから。
その上に、食べやすいサイズにカットしたいちごを載せてゆき、さらにたっぷりチョコレートソース!
そこまでやったらパタパタと生地を閉じて、片手で持てるように形を整えたら……もうおわかりですね?
そう、チョコいちごクレープの完成です!
「ふわああっ……!」
薄く綺麗に焼けた生地のむこうに、チョコやクリームが透けていて、すんごい視覚の暴力なクレープを見て歓声を上げる新人二人。
そして、これでもかとばかりにクレープを凝視しながら、クロエが呟きます。
「しゃっ、シャーリィお姉さまの新作お菓子……! どんな味なのかしら、どんな味なのかしらっ……!」
目をキラキラ輝かせ、ゴクリと喉を鳴らすクロエ。
すると、その隣のサラが、それをいさめました。
「だっ、駄目よクロエちゃん、私たちはメイドなのよ、ご奉仕する立場なのっ! そんな、物欲しそうにしちゃいけないわ、いけないわっ……!」
ですが、そういうサラちゃんもプルプルと震え、同じように喉を鳴らす始末。
精一杯の自制心を発揮している二人を見て、私はふふっと笑ってこう言ったのでした。
「大丈夫よ、今から試食タイムだからっ! たくさん食べて、感想を聞かせてねっ」
「えっ……!? いっ、いいんですかっ!?」
「ええ、もちろん。味を知らないと人に説明できないし、どうすればもっと美味しくなるかわからないでしょ?」
「っ……! やったぁ!」
瞬間、喜びを爆発させる二人。
手を取り合って、きゃいきゃいとはしゃぎ始めます。
本当は、メイド頭としては怒らないといけないとこなのかもしれませんが。
なあに、構いやしません。嬉しいことは、良いことです。
私がクレープを手渡すと、二人は感動した様子で見つめ、そしてかぷりとかじりついて、すぐに歓声を上げたのでした。
「お姉さま、これっ、おっ、美味しいっ……! 感動するぐらい美味しいです!」
「ああっ、いいのかしら、いいのかしらっ……。メイドなのにこんなに喜んで、いいのかしらっ!」
なんて、顔にクリームをつけながら大喜びの二人。
それを見ながら、私とアンはニッコリと笑顔を浮かべたのでした。
◆ ◆ ◆
「うわー。ほんと、ひどい天気になったわねえ」
そして、それから数日後の、夜。
自室の窓から外を見て、私はそう独り言を言いました。
窓の外は、大嵐。
猛烈な風が吹きすさび、雨は激しく降り注ぎ、空は何度も輝いて、稲妻を振り下ろしています。
「まったく、この世界には天気予報がないのが困りものね。おかげで、予定が丸つぶれだわ」
本当は、天気が良ければお庭で貴族の皆様に色々お出しする予定だったのですが、全部潰れてしまいました。
用意していた料理やお菓子も、全部パー。出す側として、こんなに悲しいことはありません。
時間が空いた分、明日の仕込みも早く終わってしまいました。
そこで、アンと相談して、たまには早く休もうということになったのですが。
「ね、眠れない……退屈すぎる……」
ベッドに入り、寝巻き姿でゴロゴロしながらそうつぶやく私。
正直、まだまだ体力が有り余っていて、ぜんぜん眠れる気がしません。
「うー、参ったわ。起きててもすることはなにもないのに、眠れない!」
前世ならこういう時、テレビを見たりスマホをいじったりして時間を潰していたのですが、もちろんこの世界にはそんなものありません。
そもそも、娯楽が乏しいのです、この世界は。
映画館はないし、巨大なショッピングモールもないし、遊園地や動物園もない。
美味しい中華料理のチェーン店もないし、でかい料理を出すコメダもないし、チョコレートクリームチップフラペチーノが飲めるスタバもないし……。
「……まずい。食べ物屋のこと考えてたら、お腹が空いてきたわ」
しくじりました。
この時間に食べ物のことを考えるのは厳禁なのに。
どうしよう。本当は駄目だけど、今から夜食を食べにキッチンに行こうかしら。
なんて立ち上がった、その瞬間。
ドアがトントンとノックされて、私はひゅっと飛び上がったのでした。
「わっ……! は、はーい、どなたですか?」
ドキドキする心臓を抑え、鍵を外して扉を開ける私。
すると、そこには……寝間着姿の、クロエが立っていたのでした。




