春と新人と新作スイーツ3
「んしょっ……んしょっ……!」
力の足りなさを体重で補おうと、踏み台にのってパン生地を上からぎゅっぎゅと押す二人。
かなり料理を仕込まれている、というお話は本当のようです。
そして、なにより二人のその真剣な表情!
こんな子供で大丈夫かしら、なんて不安に思っていた自分が恥ずかしくなるぐらい、二人は本気の顔をしていました。
「シャーリィ、この子達、すごいわ……。私があれぐらいの時は、とてもじゃないけどあんな風には作れなかったわよ」
なんて、驚いた表情のアンが耳打ちしてきます。
うん、たしかにそのとおり。
これなら、すぐに戦力になってくれるかも……と。
思ったの、ですが。
「クロエ、そろそろオーブンからパンを取り出してちょうだい」
「はいっ、お姉さまっ!」
私がそう頼むと、クロエちゃんは慌てた様子でオーブンを開き、そしてあろうことか、素手でパンの載った天板を取ろうとしたのです!
「あっ、駄目よクロエっ!」
「えっ……きゃっ!? あつっ!」
慌てて声をかけますが、驚いたクロエの手が熱い天板に触れてしまい、悲鳴が上がりました。
「やだ、大変っ! 早く冷やしてっ!」
「あうう……」
慌てて抱きかかえ、赤くなっているクロエの手を桶の水に浸します。
そうして見てみると、やけどはそう酷いものではなく、ほっと一安心。
「クロエ、駄目よ、素手でいっちゃ! ミトンをつけなくちゃ!」
「ごっ、ごめんなさい、お姉さまっ……。私、急がなくちゃって思ってっ……」
と、半泣きで謝るクロエ。
そう、仕事をしていて気づいたのですが、クロエはとってもあわてんぼうさんなのでした。
なにかお願いすると、慌ててしまい、ミスをすることも多く。
そう考えてる間にも、できあがったおやつを運ぶ途中でつまずいてしまい、ぶちまけそうになるのを慌てて受け止めます。
「クロエ、落ち着いて。一個ずつ確実にお仕事しましょ、ねっ」
「はっ、はい、ごめんなさいお姉さま……」
ずーんと、落ち込んだ様子のクロエ。
なれないキッチンで、大人と同じように働こうと思うには、彼女はまだ幼すぎるのです。
そして、もう一方のサラも。
「サラ、もうそれぐらいでいいわよ! 形は、多少ブレがあっても誰も気にしないから!」
アンがそう声をかけますが、サラは焼く前のパン生地を、綺麗に同じサイズにしようとする手を止めません。
「ごっ、ごめんなさい、アンお姉さま! でも、形が違うと焼き上がりでだいぶ食感や見た目が変わってしまいます! 完璧にします、いま完璧にしますからっ!」
そう、サラは完璧主義のこだわり屋さん。
ですが、そんなことをしていてはいつまでも料理ができあがりません。
それに、食材は仕込みの段階でも、かけた時間によって刻一刻と後の出来が変わっていってしまいます。
下手に時間をかけてしまっては、水分が失われたりして、美味しくなくなるなんてことも。
二人もそんなことはわかっているでしょうが、メイドとして頑張らなくちゃ、という気持ちが強すぎて、どうにもこうにも空回りしているようです。
さらには冷蔵庫の使い方、メイドキッチンでのルール、食材の扱い方、などなど。
教えることは山ほどあり、するべき作業もいつも通り、てんこ盛り。
こうして私たちは嵐のような日々を過ごすことになり、心の中で悲鳴をあげることになったのでした。
◆ ◆ ◆
「つ、疲れた……」
「ええ、疲れた、疲れたわ……」
そして、クロエたちが来て、二週間ほど経った日の、深夜。
連日の作業で疲れ切っている二人を先に部屋に戻し、アンと二人で明日の仕込みを終え。
私たちは、肩を並べて椅子に座り、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返したのでした。
「新人を教えるのって、ほんとたいっへんねえ……! ここまでとは思わなかった!」
「ええ、逆に仕事が増えるのよね……。厳しくしすぎるわけにもいかないし、ほんと大変だわ」
危なっかしくて、見ていないとまだまだ不安で気が休まりません。
怪我をさせたら、預からせてもらっている親御さんに顔が立ちませんし。
まだまだ戦力とは呼べません。でも。
「でも……二人とも、かっわいいわよねぇ~……!」
「ねー!」
なんて、二人してニヤニヤ。
お姉さま、お姉さまと必死についてくるクロエたちが可愛くて仕方ありません。
まるで、こちらを親だと思い込んでる小鳥のよう。
最初は、無理ならいったん帰ってもらおうかとも思ってましたが、今ではとんでもありません。
二人は、もううちの子です!
一人前になるまで、絶対面倒を見ますとも!
……それに。それに、私は時々幻視してしまうのです。
何年か後、スラリと成長した二人。
そんな二人が、私の教えた料理の数々を応用し、見たこともないお菓子を作り、笑顔でこう言うところを。
「お姉さま! 新作ですわ、試食してください!」
すると、手にフォークを持った私は満面の笑みを浮かべ、こう言うのでした。
「もちろんよっ! じゃんじゃん持ってきて、じゃんじゃんっ!」
ああっ、なんて素敵なんでしょう!
二人には、間違いなく料理の才能があります。
そんな二人が成長したら、どんなお菓子を作るのでしょう。
ああ、今からそれが楽しみ……。
私とアンは、そんな日々を夢みて、にやにやしてしまうのでした。
ああ……人を育てるってのも、案外悪いものじゃない。
ただ、不安なのは、彼女たちが音を上げてやめてしまうことだったのですが。
彼女たちは、素晴らしいガッツで食らいついてきて、毎日素晴らしい成長を続けたのでした。
◆ ◆ ◆
「さあ、今日はおぼっちゃまにお出しする新作を研究するわよっ! クロエ、サラ!」
二人が来て一ヶ月以上が過ぎた、とある天気の良い日。
私がそう声をかけると、クロエとサラは、「はいっ、お姉さまっ!」と元気に返事をしてくれます。
そろそろここにも慣れてきて、ある程度の落ち着きが出てきた二人。
そんな二人と、今日は新作お菓子の研究をすることにしたのでした。
「今日のお菓子は、まずこれを使って作るわよっ」
そう言って、私が“ソレ”を取り出すと、二人が驚いた顔をします。
「ふっ、フライパンでお菓子を作るんですか、お姉さまっ!?」




