春と新人と新作スイーツ1
「シャーリィ。お前の班に、二人、新人をいれます」
「えっ!?」
春。私が王宮に来てから、ちょうど一年たったころ。
メイド長の仕事部屋に呼び出され、そう告げられた私は、驚きの声を上げてしまいました。
「きゅ、急ですね! しかも、二人ですか!?」
戸惑いをこめて、そう答える私。
もう一年ほどアンと二人でやってきたので、ずっとこのままでいくものと思いこんでました。
(でも、そっか。普通、メイドの班は四人か五人体制。うちに新人がきても、別におかしなことじゃないんだ……)
今までも手が足りず、お姉さまたちにヘルプに入ってもらったりしていたのですから、人手が増えるのは歓迎すべきこと。
でも、新人さんたちとうまくやれるかしら、なんてちょっと不安になっている間にも、メイド長の話は続いていました。
「実は、とある貴族様たちから、是非にという申し出がありまして。なんでも、あなたの料理に感銘を受け、新時代を切り開くその手伝いをうちの子にさせたい、とのことです」
「はあ……。それは、ずいぶんと買いかぶられましたね」
過大評価もいいとこですが、となると相手は貴族様のお子さんですか。
うーん、大丈夫でしょうか。メイドは結構なブラック環境ですが。
それに、新人教育の難しさは、前世でやったバイトでさんざん味わいました。
やる気のない相手に必死で意思の疎通を試み、基礎の大事さから教えこみ、ようやく形になってきたと思ったら……急に辞める!
そういう体験を重ねると、人は新人に期待しなくなるものなのです。
しかも相手が貴族で自分が平民となると、その難しさは言うに及ばず。
なんて、やだなあ、できれば断りたいなあ、と思っているのが顔に出ていたのか、メイド長が説得するような声色で言いました。
「まあ、色々考えてしまうでしょうが、とりあえず会ってみてはどうですか。どうするかはその後で決めればいい」
「はあ……。で、いつ来るんですか?」
「今日です。隣の部屋に、待機させています。……あなたたち、入ってきなさい」
って、もう隣の部屋に待たせてたんですかっ!
そういうこと、先に言って!?
私が変なこと言っちゃったら、どうするつもりだったんですか!?
と、動揺した私が心の中で叫んでいると、がちゃり、と隣室の扉が開き、そして。
そこから、メイド服を着た、ちんまい二人の少女が姿を現したのでした。
(うわあっ……可愛いっ!)
その姿を見たとたん、ついそう思ってしまいます。
二人とも、年の頃は12か13くらいでしょうか。
背中にランドセルを背負っていても違和感がないぐらいの年齢。
そんな二人が、まだ着られている感じのあるメイド服で、緊張した顔でこちらを見ているのです。
そして、その片方……軽くウェーブのかかった、黒っぽい金髪の少女が、尊敬の眼差しでこちらを見ながらこう言ったのでした。
「はっ……はじめまして! クロエと申します! メイド見習いとして、参りましたっ!」
そう言って、直立不動でガチガチに固まったクロエちゃん。
続いて、栗色の髪を腰まで伸ばしたもう一人の子が、頬を上気させて続きます。
「さっ、サラと申します! クロエちゃ……クロエとともに、頑張ります! よろしくお願いします!」
あら。今、クロエちゃんって呼びかけましたよね?
ああ、なるほど。二人はどうやら、すでに友達同士のようです。
それも、ちゃんづけで呼びあうほどの。
そのまま、顔をヒクつかせて人形のように固まる二人。
私はそんな二人に、あらあらうふふ、と笑みを浮かべ、ちょっと待ってね、と断った後。
メイド長を部屋の隅に引きずっていって、小声で叫んだのでした。
「どういうことですかっ! 滅茶苦茶お子様じゃないですかっ!!」
「いえ、私も若すぎると一度は断ったのです。ですが、どうか腕だけでも見てくれと言われたところ、二人とも、行儀も技術も確かだったもので、断るに断れず」
「そこは断ってくださいよっ! 子供にメイドは過酷すぎますっ! それに私、どうせなら即戦力がほしいですっ!」
そう、私は今とっても忙しいのです。
普段の業務に加え、貴族様への料理やおやつの提供、マルセルさんたちとの料理の研究に、アガタとのお米づくりプロジェクト。
さらにジョシュアの研究の手伝いに、その上、新年にあったとある出来事により、王宮の外での出店計画にまで携わっています(これに関しては、次の機会にお話させていただきます)。
もうほんとにパンク状態、まあ楽しみでやってるので辛くはありませんが、そこにお子様二人の教育まで積み重なるのはさすがに無理です!
「……お前がどうしても無理、と言うのなら仕方ありません。新人二人には他の班に入ってもらい、そちらから二名、あなたの班に移籍、ということもできますが」
と、私の本気度が伝わったのか、譲歩してくださるメイド長。
ですが、それに私は、うっと詰まってしまいます。
それはそれで、他班のお姉さまたちに失礼なような……。
新人を押し付けるようで心苦しいですし、たらい回しにされる少女たちが可哀想な気も。
どうしよう、と思いながらそっと振り返ると、クロエちゃんが涙目でこう言ったのでした。
「あっ、あのっ! わっ、私達、そのっ……シャーリィお姉さまにあこがれて、頑張って練習してきましたっ! 私達じゃお役に立てないでしょうか、お姉さまっ!」
「!?」
その言葉を聞いたとたん、私の中に、雷鳴のような衝撃が走りました。
お姉さま……お姉さま!?
そうか、後輩ができるということは、そういうこと。
私が、この子達のお姉さまになるということっ……!
「この者たちは、あなたが出したチョコレートを人伝いで口にして、いたく感動したらしいのです。こんな美味しいものを作れる人がこの世にいるのか、と。それで、ぜひあなたの下で働きたいとのことです」
「そっ、それに私達、子供の時からずっとお料理の勉強してて、この半年ほどは特に頑張ってきました! あっ、足を引っ張らないように頑張りますから、お側においてください、お姉さま!」
ああっ、サラちゃんまでお姉さま呼びっ!
なんでしょう……なんでしょう、これ……悪く……悪く、ないですねっ!
そのまま、うるうるとした瞳でじっとこちらを見上げる二人。
ああっ、弱い……そういう目を向けられると、弱いのです私は!
ええ、もうしょうがない。こうなってはしょうがない。
私は小さく頷くと、破れかぶれでこう言ったのでした。
「ええ、ええ。もちろん、大歓迎よ! 今日からよろしくね、クロエちゃん、サラちゃん!」
「うわあっ……!」
とたん、目を輝かせて、手を取り合って喜び合い、ぴょんぴょんと飛び跳ねる二人。
それを見ながら、私は頬をピクピク。
ああ……やってしまった。安請け合いしてしまった。
しかし、しょうがないでしょう。
私に憧れているという少女たちを、どうして門前払いできるでしょうか。
それに、おばあ様も前世の料理をもっと広めよとおっしゃっていました。
ならば、まず若い子たちに伝えねば。我が日本の料理を!
ええい、どうにかなるなる! なせばなる!
「おまえならそう言うと思っていました、シャーリィ。では、メイド見習いとしてしばらく二人の面倒を見てあげなさい。……本当に無理そうなら、言いにきなさい。私の方で、どうにかします」
最後だけ、私の耳元にこっそりと。
メイド長がそう言ってくださり、私は小さく頷くと、二人を引き連れてメイドキッチンへと向かったのでした。




