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ドーナツの騎士様3

「兵士の皆様に、お菓子を差し入れしたい、ですか?」


 おぼっちゃまにチョココロネをお出しした翌日。

早朝、そう申し出た私に、メイド長がいつもの渋い声でそう返事なさいました。

 

「はい。兵士の皆様は、連日王宮内を捜索し続けてお疲れのご様子。私も関わった一人として、なんとなく気が引けまして」


 賊はまだ見つかっておりませんでした。

もう城内にはいないのではないかと思いますが、それでも念のため、そして兵士の皆さんの威信(いしん)のため。

ろくに休息も取らず広い広い王宮内をくまなく捜索しつづけているのでございした。


「ですので、甘いお菓子をお出しして少しでも疲労をやわらげていただきたいと……。駄目でしょうか」


 すると、メイド長はしばしの黙考(もくこう)のあと、こうおっしゃいました。


「いいでしょう。たしかに、メイドであるあなたをローレンス様が救ってくださったわけですし。メイド側からお礼をしておいたほうがいいかもしれませんね」

「あっ、やった! ではっ……」

「ですがあなた、この城には百人単位で兵士がいます。おぼっちゃまのおやつタイムの準備をしながら、それだけの量を作れるのですか」


 うっ。痛いところを突いてきますね。

たしかにお城には、警護以外にも訓練中の方やなんやかやでたくさんの兵士の皆様がおられます。

そして今は、その全員が捜索に参加している。ならば全員に行き届く量を作らねばなりません。


 一人でそれをさばくのは、確かに厳しいです。アンに無理を言って手伝ってもらえばなんとか……いえ、でもおやつタイムの準備もありますし。

そう私が思考を巡らせていると、メイド長は一つため息をついておっしゃいました。


「あなたは、本当に後先考えない子ですね。いいでしょう、メイド全員に手伝うように伝えます。全員でやりなさい」

「えっ、それではお姉様方に申し訳が……」

「何を言います。メイドは全員、一蓮托生(いちれんたくしょう)。誰かが救われたのは、全員が救われたのと同じ。……あなたは、ただでさえ浮いています。これを機会に、親睦(しんぼく)を深めなさい」


 なるほど。そういうお考えがありましたか。

ですが、私なぞのために本当に皆様動いてくださるのかしら。

思わず心配してしまいますが、それは杞憂(きゆう)でございました。


◆ ◆ ◆


「ねえ、シャーリィ! 生地の練りはこんなもんでいいかい?」

「はい、クラーラお姉様! バッチリですわ!」

「シャーリィ、型抜きってこのサイズでいい!?」

「はい、そのサイズでOKです! どんどん抜いてください!」

「シャーリィ、油が温まったわよ! ここからどうしたらいいの!?」

「はいはい、今行きます!」


 キッチンの中で大勢のメイドが集まって作業し、忙しく声が飛び交います。

メイド長が声をかけたところ、皆様快諾(かいだく)してくださって、お菓子作りを手伝ってくれているのでした。


「もう、なんで私があいつの手伝いなんてしなきゃいけないのよ……! 冗談じゃないわ!」


 ただ、その中にも不満そうな声が聞こえてきます。

その声の主は、もちろんジャクリーンにございました。


「そう言いなさんな。私達は、一緒におぼっちゃまにおやつをお出しするメイド仲間だろ。それにたまには全班合同で何かを作るってのも悪くない」


 とは、二班のメイド頭であるクラーラお姉様の弁。

お姉様とその班は、見事な手さばきで生地を練り上げてくださっています。


「そうそう。それに、私、シャーリィの作るお菓子に興味があったのよね。あの子、本当に独創的(どくそうてき)なものを出すんだもの。技術を盗める機会よ、これは」


 とは、三班のメイド頭エイヴリルお姉様のお言葉。

それに、ジャクリーンが噛みつきます。


「お姉様、あんな奴の技術なんて盗む必要はないですよ! お姉様方のほうが、ずっと上手で繊細なお菓子を作られますもの! 今だけですよ、あんなの! 物珍しいだけ!」

「あら、珍しい物をおぼっちゃまが喜ぶのなら、それは良いことよ。おぼっちゃまを喜ばせることが私達の仕事だもの。違う?」

「う、うぐう……」


 エイヴリルお姉様にやりこまれて、ジャクリーンがうめき声をあげます。

あのう、ところでお姉さま方。会話の全部が私に丸聞こえですよ。


「ねえ、シャーリィ。あなた、油でおやつを作るつもりなの? 私、揚げ菓子はあまり経験がないわ」


 そう言いつつ、火にかけたたっぷりの油を見つめているのは、一班のメイド頭であるクリスティーナお姉様。

ちょっと意外なのですが、お姉さまたちはあまりおやつに油を使っていないようなのでした。作っているのは、基本的に焼き菓子や蒸し菓子が主体のよう。


 もちろんこの国に油を使ったお菓子自体はございます。

油というものは、動物の脂肪から作るラードなどの動物油であったり、植物を絞って作る植物油であったりと、古来からとにかく人に馴染み深いもの。


 それを使って、またもや馴染み深い小麦粉を揚げてお菓子を作ろうなんてのも自然な発想なわけです。

ですが、王宮のメイドの間ではあまり浸透していないようですね。


 理由としましては、王族や貴族の皆様に出すおやつとして焼き菓子や蒸し菓子が定番だということ、そして亡くなられた王妃様は揚げ菓子がお嫌いだったとか、そういうことのようでございます。


「はい、お姉さま。では、まず私がやってみせますね」


 言いつつ、冷蔵庫で一時間寝かせておいた生地を丸く型抜きし、油にそっと滑らせます。

メイド全員が興味深げにそれを見守る中、パチパチと音を立てる油の中で生地はどんどん膨らんでいき、驚きの声が上がりました。


「まあ、綺麗に膨らんでいくのね」

「油で揚げるとこうなるのね、知らなかったわ」

「どんな味になるのかしら、想像ができなくてワクワクするわね!」


 そんなことをほぼ全員でやるものですから、狭くてたまりません。

菜箸を握る私も、ここまで見られると「焦がしたらどうしよう」とか不安になってきます。

慎重に揚がり具合を確認し、完璧だと判断したところで、私はそれをパッとすくい上げました。


「よしっ、いい揚げ具合!」


 こんがりときつね色に揚がった、丸く、中央に穴を持つそれ……それはもちろん、皆様たいへん御存知のあれ。

そう、ドーナツです!


「これで、完成なの? どんな味なのかしら」


 アンが興味深げに言います。試食してみたいのでしょう。

周りのお姉様も興味津々。


「いえ、まだやることがあります」


 ですが私はそう答えました。

流石にこの状態では油がきつすぎます。それに、このままでは甘みが足りません。

少し時間を空け、油をよく落として、最終工程へと移ります。


 ある程度熱が落ち着いたら、容器に敷き詰めた、さらさらの砂糖の上にドーナツをどん。

白い粉をたっぷりとまぶしたら、完成です。


「さあ、これがドーナツですわ。どうぞ皆様、ご試食ください」


 言って、ドーナツを小さく切って提供する私。

お姉様方はそれを受け取り、断面をよく確認してから口に運びました。


「……やだ、美味しい!」


 お姉さまたちが一斉に驚きの声を上げます。

大きく膨らんだふかふかのドーナツは、どうやらお口に合ったようです。


「こういう味になるんだ……。面白い。もっと生地をしっとりとさせたほうが美味しいかな」

「揚げることで、膨らんで食感が良くなるのがキモなのかしら。気泡が入ってるのがまた美味しいわ。もったりとさせるより軽いほうがよさそうね」

「罪の味よ、罪の味がするわ。疲れている時には、最高でしょうねこれ!」


 一斉に意見を交わしあうお姉さまたち。

流石に目ざといです。ドーナツのいいところをすぐに理解されたようで。

隅っこでは、こっそりと試食したジャクリーンが目を丸くしていました。


 そう、ドーナツの命はふわふわ食感。パサついたタイプも嫌いではありませんが、やはり私的にはこれがドーナツです。

本当はミスタードーナツ風のバリエーションもたくさん作りたいのですが、今回は量が必要なので一種類。一番オーソドックスなものに絞っていきたいと思います。


「工程はこれだけでございます。特に大事なのは、生地をちゃんと寝かせることと油の温度に揚げ時間。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」


 私がそう言って頭を下げると、お姉様方は一斉に調理に移ってくださいました。

そこには、自分たちでドーナツの製法をモノにしておこうという下心があるとは思いますが、問題なし。

ドーナツがどんどん量産されていく光景は、実に楽しいものでございました。



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