魔女の家のクリスマスパーティ1
「ふんふんふーん……♪」
メイドキッチンの窓を磨いているお姉さまが、機嫌良さそうに鼻歌を歌っているのが聞こえてきます。
床を掃いているお姉さまも、シンクを磨いているお姉さまも、皆なんだかニコニコと上機嫌。
どこか浮かれた様子のお姉さまたち、それもそのはず、時期は年末。
エルドリアの王宮では、年末に盛大な舞踏会が催されるのでした。
そう、前世の世界で言えば、クリスマスぐらいの時期に。
そして、なんとそんなパーティに、私たちメイドも参加できちゃうのです!
……もちろん、もてなす側として、ですが。
「楽しみだわ、今年はどんな素敵な貴公子様がいらっしゃるのかしら!」
「大貴族様に見初められたりしたら、玉の輿よ、玉の輿! 私の先輩がそれで嫁いでいって、今じゃとってもリッチな生活を送ってるの! 羨ましいわあ~!」
「それだけじゃなくて、王宮のあちこちがそれはもう豪華に飾り立てられるんだから! ああもう、楽しみね、楽しみね!」
なんてなんて、はしゃぎまくるお姉さまたち。
なので、私もニコニコ笑顔でそれに混ざったのでした。
「本当に楽しみですねえ! ああ、どんな素敵な食事が出てくるんでしょう! 残った品は私たちで食べていいんですよねっ、ねっねっ!」
「……」
ですが、私がそう言ったとたん、お姉さまたちはスンッと静まり返ってしまいました。
なんででしょう。こちらは、最高にテンションの上がる話をしたつもりなんですが。
「ほんと、あんたは色気より食い気と言うか……」
「国中の貴族たちが集まってくるのよ? 自分を売り込むチャンスなのに、なんであなたは食い気のほうが勝るの?」
「どうして殿方の顔面より、食い物への興味が出てくるの? 理解ができないわ」
なんで、冷たい顔でボロカスに言ってくださるお姉さまたち。
はい、すみません。どうせ私はそういう女です。
「それに、どうせ作るのはあの嫌らしいローマンとかじゃない! あんた勝負に勝ったんだから、別にいいでしょ!」
「いえいえ、一発勝負ならインパクトで有利だっただけで、料理人として勝ったとは言い切れませんし。それにあのヒゲも、今では気持ちを入れ替えて真面目に頑張ってるんですよ」
そう、あのヒゲことローマンさんはあれからすっかり真面目になり、私やマルセルさんと一緒に日々研鑽を積んでいるのです。
私たちはおぼっちゃまのためと協定を結び、私がソースや料理のアイデアを提供し、その対価として二人から料理の技術を学んでいるのでした。
それに、舞踏会に出される食事は特別も特別。
大物貴族の皆様が威厳を示すために、最高を超えた最高の食材を提供し、マルセルさんたち以外にも、各地の名シェフが集まって、とてつもなく豪華な料理が出るのだとか。
エルドリア料理は地方によって個性があり、まだまだ私も食べたことのないものがたくさん。
この機会にそれを口にできたなら、どれほど素敵なことでしょう!
それに、珍しい食材や香辛料と出会えるかもしれないですし、その中にもしかしたらお米だってあるかもしれない!
私的にも、このパーティはドキドキワクワクの、期待大のイベントなのでございます!
「ま、それは置いといて。とにかく、私たちも最高に楽しむチャンスよ! 服はいつものメイド服でも、髪とメイクだけはバッチリ決めるわよ!」
「声をかけられた時用に、着替えの用意も忘れちゃ駄目よ! ドレス、新しいの買っちゃおうかしら!」
気を取り直して、またはしゃぎだすお姉さまたち。
ですが、その時、誰かがボソっと呟きました。
「でも……今年の“お役目”は誰になるのかしらね……」
「っ……!!」
その瞬間。
私を除く、メイド全員がビクリと身を震わせました。
場に不穏な空気が流れ、みんな青い顔をして、その話題から逃げるようにサッと視線をそらします。
……え、なんでしょうこれ。
何の話です? “お役目”って。
「ねえ、お姉さま、お役目って……」
疑問に感じた私が、そう尋ねようとした瞬間。
いつもどおりしかめっ面のメイド長がやってきて、号令をかけました。
「全員、集合なさい」
「はい、メイド長!」
作業をいったん置き、綺麗に整列する私たち。
その素早い動きにメイド長は満足した様子で頷き、そしてこうおっしゃったのでした。
「いよいよ、年末の舞踏会が迫ってきました。お前たちにとっても特別な場ではありますが、浮かれて粗相をすることのないように、十分に気を引き締めること」
「はい、メイド長!」
どうやら私たちが浮かれるのは承知の上のようで、釘を刺しにきたようです。
さすが目ざとい。
ですが、メイド長の次なる一言が、場を一気に凍りつかせることとなってしまいました。
「さて、では今年の“お役目”を誰に務めてもらうかですが」
「っ…………!」
その言葉が出たとたん、ヒュッと息を呑むお姉さま。
そして両手をギュッと握ったり、メイド服の裾を掴んだり、さらには「私に来るな私に来るな私に来るな」と呪文のように呟くお姉さままで。
ええっ、だからそのお役目ってなんなんですか!
たまりかねた私は、バッと手を上げて言ったのでした。
「メイド長、質問があります! そのお役目とは、なんでしょうか!」




