特別な夜のハンバーグセット4
そんなおぼっちゃまの視線の先には、ワゴンの上に乗った三つの透明な容器が。
その中には色鮮やかな三色の液体が入っていて、容器の下には注ぎ口。
ええ、もうおわかりですね?
こちらは、ファミレスの大人気コーナー。
好きな味のドリンクをいくらでも注げる、魅惑のアレ。
「こちら、ドリンクバーにございます!」
「ドリンク……バー……?」
「はい、おぼっちゃま。こちら、それぞれコーラ、オレンジジュース、そしてグレープジュースとなっております! どうぞ、お好きな飲み物をご自由にお選びください!」
私がそう言うと、なるほどと頷き、三種類をワクワクした様子で見比べるおぼっちゃま。
ですが、そこで思い出したようにこうおっしゃいました。
「……コーラは一杯だけか?」
そう、以前の約束で、コーラは毎食一杯だけと決めていました。
ですが、そこはそれ。
今日は、特別な夜なのですから。
「おぼっちゃま、今夜は外食です。特別なのです。ですから、もちろん……好きなだけ、飲んでくださって大丈夫ですわ! すべて、おぼっちゃまのものです!」
「っ!!」
瞬間、なによりも目を輝かせ、コーラの注ぎ口に手を伸ばすおぼっちゃま。
そして、コップのギリギリ一杯までコーラを注ぐと、ストローでちゅううっと一気に吸い上げたのでした。
「あああっ、これだ! コーラの、なんと美味しいこと! ああ、それにコーラと一緒にハンバーグを食べるとまた美味しい! ああ、たまらぬ! シャーリィ、次を頼む!」
「はい、おぼっちゃま!」
元気に答えて合図を送ると、執事の方々が次々に鉄板ハンバーグを運んできてくれました。
これらは全て、キッチンのアンが一生懸命に調理してくれているもの。
事前の仕込みと調理は一緒にしましたが、それをアツアツで出す作業はアンが一人でやってくれているのでした。
大変だろうけど、アンは「私に任せて」と言ってくれたのです。
そして、その言葉通り、ハンバーグたちは最高の状態でテーブルを飾ってくれました。
しかも、ノーマルハンバーグだけではありません。
デミグラスハンバーグに、チーズハンバーグ。
トマトソースハンバーグに、煮込みハンバーグ。
脇を飾る品だって、カキフライに唐揚げ、カットステーキ。
目玉焼きに、マッシュポテト、大きなウィンナーに綺麗な焼き目の甘々コーン。
食べていて飽きないように、手を変え品を変え、鉄板の上を沢山の食材たちが飾ります。
そして、そのどれもが、ジュワ~と美味しそうな音を立て運ばれてくる喜び!
おぼっちゃまは本当に夢中になって、ディナーを楽しんでくれました。
私が言うまでもなく、ドリンクバーを混ぜてオリジナルブレンドを作ったりしながら。
それを、少し離れて笑顔で見守りながら、私は思ってしまいました。
あの部屋から……たった一人だけのダイニングルームから、おぼっちゃまを連れ出せて本当に良かった、と。
あの部屋は、おぼっちゃまにとって、きっと大事な場所でしょう。
そう、そこはお父さんやお母さんと楽しく食事をした、思い出の場所。
でも、そこで一人で過ごす夕食は、思い出があるほど、きっと辛いものだったのではないでしょうか。
私は、そこからお坊っちゃまを連れ出したかった。
辛いことや悲しいことを、一時でも忘れて、普通の少年として笑って欲しかった。
どうですか、おぼっちゃま。
楽しいでしょうか。嬉しいでしょうか。
夕食を、楽しんでくださっているでしょうか。
私にできるのは、こんなことぐらい。
私は、料理しかできない女です。
でも、いつでも、あなたが笑ってくれるのなら。
きっと、私はこうしましょう。
だから……だから、どうか。
──大好きな食事の時間に、あんな悲しい顔を、しないでくださいまし。
私なら……いつでも、ここにいますから。
◆ ◆ ◆
「ぐぎぎっ……ウィリアム様が、またあんなに楽しそうにっ……! くそう、くそう! なんなのだあの女! どうして、ああまでおぼっちゃまを喜ばせられるのだっ!」
ウィリアム王子とシャーリィを呆然と見ていたローマンが、嫉妬に満ち満ちた声を上げました。
照明に照らされた二人は、キラキラと輝いて見えて、まるで自身が光を放っているようです。
もう自分たちなんて眼中にない、二人だけの世界。
自分たちの料理なんて、忘れてしまっているかのよう。
そしてなにより、ローマンはシャーリィの噴水の仕掛けや、鉄板を使った料理。
それを見て、凄い、と素直に感心してしまっていたのでした。
こんな食事の見せ方、考えたこともなかった。
ただ美味しいだけではない、楽しませ、料理を引き立たせる演出……つまり、エンターテイメント。
その発想が、自分には決して出せないものだと、嫌になるほど思い知らされてしまったのです。
そして、その隣で、マルセルもじっとその光景を見つめていました。
心の底から楽しそうな、ウィリアム王子。
そんな顔を見たのは、本当に、本当に久しぶりのことでした。
「ああ、あれだ。ウィリアム様の、あのお顔。それを、私は……」
そうつぶやき、ぎゅっとコック服を握りしめ、そして。
決意の籠もった表情で、ウィリアム王子の元へと進み出たのでした。




