特別な夜のハンバーグセット2
ヒゲをピンと伸ばして、悲鳴のような声を上げるローマンさん。
相変わらずのリアクション、ありがとうございます。
「馬鹿な! 普段おぼっちゃまが口になさる、最上級の新鮮な肉など、どうやっても手に入らなかったはずっ……。ええい、どこの肉だ!」
グギギと歯ぎしりするローマンさん。
ですが、それは間違いです。
これはあくまで、普段王宮に入ってくるお肉。
ただ、違う点が一点。
それは……このお肉を、きちんと処理して冷蔵庫で数日寝かせておいた、という点なのでした。
この時代、肉は新鮮なほど良いとされています。
それはもちろん、お肉というものが、常温ではあっという間に腐るから。
だから、それを避けるためにお肉はその日のうちに食べるか、乾燥肉にするか。
だいたいその二択で、ステーキなどに使用すべきなのはもちろん新鮮なもの。
ではなぜ今回ハンバーグを出すにあたり、私はその材料となる牛の赤身肉を、新鮮な状態で使うのではなく、冷蔵庫で少し寝かせたのか。
それは、前世の日本で買っていたお肉と違い、王宮のお肉は、加工したら即座に届けられていたからなのでした。
前世で聞いた話では、日本で流通しているお肉は、加工後に業者さんがある程度の日数低温で保管し、美味しくなった状態で出していたのだとか。
日本で生きていた時は気にもしませんでしたが、こちらで食べるお肉にはなにか物足りなさを感じてしまい、やがて私はそれが理由なのだと気づいたのでした。
肉は腐りかけがうまい、なんて話があります。
ですがこれは間違いで、それは腐りかけだから美味しいのではなく、腐っていくと同時に、肉の中から酵素が出てきて、それで美味しく感じるようになるのだそうです。
そもそも、腐るという現象は、食べ物の表面に細菌が取り付いて勝手に食べてしまい、人間にとって毒となるものを出してしまうということ。
それに対して、酵素が増えればお肉は柔らかくなり、旨味も増すのだとか。
つまり、細菌をあまり寄せ付けず保存できれば、美味しさだけを増すことができる……という理屈だそうです。
なので私は冷蔵庫を使い、どれぐらいの日数が一番美味しいかをずっと研究し続けてきたのでした。
細菌や酵素なんて当然知らず、降って湧いた冷蔵庫を、ただの保管庫としてしか理解していないローマンさんにはその発想がなかったのでしょう。
……まあ、私も前世の知識がなければ、きっと思いつきもしませんでしたが。
そして当日、たっぷり美味しくなった赤身肉。
その少し悪くなった表面を(もったいないけど)切り離し、残った分をひき肉にして、様々な食材と混ぜてハンバーグのタネとし、さらに冷蔵庫で一時間ほど寝かせる。
それを綺麗に整形し、フライパンで焼き目をつけ、さらにじっくりオーブンで焼いたもの。
それがこの、噛めば肉の旨味が味わえ、肉汁もたっぷりな濃厚ハンバーグ。
ビーフ100%の、とびきりハンバーグなのでございます!
「おっ、美味しいっ……美味しすぎる! このソースも、とてつもなくうまい! 最高だ!」
夢中になってハンバーグを食べ進めるおぼっちゃま。
それを見て、私はウンウンと頷きました。
やはり子供には、ハンバーグ。正しく鉄板メニューです。
ですがそこで、おぼっちゃまが不思議そうな声で言いました。
「うん? シャーリィよ。これはなんだ?」
言われて見てみると、おぼっちゃまの視線の先には、鉄板についた丸いでっぱりが。
ふふっと笑って、私は説明を入れました。
「おぼっちゃま、そちらはペレットと言いまして、特に熱くなっている部分ですわ。ハンバーグの焼き加減がもしも足りない場合は、そちらに押し当てていただきますと、お好きな加減に焼けるようになっております!」
「ほう、どれどれ!」
言って、ハンバーグの一切れにたっぷりソースをかけて、ペレットの上に載せるおぼっちゃま。
すると、ジュウ~と音がして、ハンバーグがまた美味しそうな匂いを上げました。
「おおー……。た、楽しい……。しかも、美味しいぞ!」
言いながら、ハンバーグをもりもり食べ進められるおぼっちゃま。
そう、鉄板ハンバーグはただ美味しいだけでなく、こういったお楽しみ要素もある、食のエンターテイナーなのでございます。
そして、ハンバーグをあらかたやっつけたところで、ふとおぼっちゃまの目が横に添えられたエビフライへ。
しげしげと見つめながら、「シャーリィ、これはなんという料理だ?」とおっしゃるので、私は元気にこう答えました。
「おぼっちゃま、そちらはエビフライにございます! どうぞ、頭を取って、かかっているタルタルソースと一緒にお召し上がりください!」
とびきりのエビを使った今日のエビフライは、なんと頭付き。
こんがりボディから、大きな海老の頭が飛び出しています。
大した意味はなくとも、頭が付いてるとなんだか豪勢に見えますよねっ。
荒めのパン粉をたっぷりまぶした、特大エビフライはカラッと揚がって金色に輝き、おいしそうの具現化のような存在感を放っています。
それをおぼっちゃまがナイフで切り分けると、みっちりプリプリのエビと、こんがり衣の断面が姿を現わしました。
「なんだ……。初めて見るのに、凄まじく美味しそうな断面に見える……」
ごくり、と喉を鳴らし、たっぷりタルタルソースをつけて、そっとお口に運ぶおぼっちゃま。
すると、噛んだ瞬間、カリッ!と気持ちいい音がして、おぼっちゃまの目がとろんと蕩けました。




