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食欲は転生を乗り越える

 私が、それ──いわゆる“前世の記憶”を取り戻したのは、幼馴染(おさななじ)みのアルフレッドによって脳天を地面に叩きつけられた瞬間のことでした。


 見事な弧を描くジャーマンスープレックスで地面とこんにちはした私の頭は、内部で激しく火花を散らし、瞬間的に、繋がっていないはずの過去を呼び覚ましてしまったのです。


 そこに見えたのは、コンクリートの町並み、空を飛ぶ飛行機、テレビやスマホに、コンビニやファミリーレストラン──。

すべて、私がかつて生きていた“日本”の風景だったのでした。


 そのどれもが、今の私が住むこの世界には存在しないもの。

そう、私はかつて日本で死に、新しくこの世界に生まれ変わっていたのです。


 そう理解した途端、一気に感情が溢れてきて、まだ十歳の私はたまらず大声で泣き出してしまいました。


「そんなっ……そんな、あんまりだわっ! こんな、こんなぁ……!」


 アルフレッドや、驚いて家から飛び出してきた両親が声を掛けてきても、私は返事もできずに泣きじゃくり、そして、こう叫ばずにはいられなかったのです。


「もう……もう、二度と! マックのハンバーガーも、すき家の牛丼も、二郎のラーメンも食べられないなんてええええええええ!!!」


 それは、この世界には決して存在しないお店と食べ物たち。

その事実は、食いしん坊の私にとってあまりにも残酷なものだったのでした。



「駄目よ、シャーリィ。いつまでも落ち込んでいたら。そうよ、なにも諦めることはないわ」


 私がそう気を取り直したのは、自分の部屋に戻って十分ほど泣き続けた後の事でした。

我ながら随分(ずいぶん)と落ち込んだものですが、いつまでも泣いていても仕方がありません。

生まれ変わったものは仕方ない、今の人生を前向きに生きていくしかないのです。


 ちなみに、シャーリィとは私の今生の名前。

シャーリィ・アルブレラが今の私の名前です。ちなみに転生する前の名前は……いや、やめましょう。

過去は過去。もう私にその名前は必要ありません。


「そうよ、記憶が戻っただけ幸運だわ。私には、かつて味わった料理たちの知識がある。だから、ないのなら自分で再現すればいいんだわ。幸い、今生はまあまあお金持ちの家に生まれたんだし!」


 今生の父は叩き上げの商人で、家は結構裕福です。

そしてこの世界も、そんなに住みにくくはないのでした。


 車や飛行機はないけれども、別に異世界だからって化け物はいない。

戦争はあるけれど、この国、エルドリア王国は長い間平和を保っている。


 町並みは石やレンガで出来ていて、中世のヨーロッパに似ている、んでしょうか。

まあ私は前世で中世にもヨーロッパにも行ったことがないので、完全にイメージの産物ですが。


 道は綺麗に舗装(ほそう)されているし、なんと驚いたことに下水道も完備。

西に豊かな海を持ち、東に諸国との交易路を持つこの国には行商人が盛んに訪れ、色々な物で溢れています。


 そしてなにより。この世界には、私がかつて過ごした日本と似たような食材がちゃんと存在していたのでした。

市場を覗けば、前世で見たのとそっくりな野菜に果物、魚に動物の肉などなど。

懐かしい食材と出会うことが出来ます。


 豊かで物に溢れた国。

ただ……そこで出てくる料理の数々は、悪くはないのですが、なんというかこう、前世でさんざん舌の肥えた私にはいささか物足りないものでした。


「なにしろヨーロッパ風なのに、美味しいピザ屋もスパゲッティ屋もないんだもの。そうよ、他人に期待しちゃ駄目。自分で料理を極めて、すべてを楽しみ尽くしてやるわっ!」


 両手をぎゅっと握りしめながら、決意を固める私。

そうよ、私はまだ十歳。人生はまだまだ長いんだから。

生きている間に、すべての料理と再会してみせる。

こうしてこの日から、私の(自分のための)料理道(りょうりどう)が始まったのでした。


そして──五年後。




「……シャーリィ、シャーリィ! あなた、まさかまた料理をしているの!? もう、いい加減にして頂戴!」


 キッチンにいる私のもとに、今生のお母様の怒鳴(どな)り声が響いてきて思わず身を竦めてしまいます。

やべえと思いつつそっと振り返ると、ちょうど怒り顔のマザーがやってきたところでした。


「あなたねえ、本当に一日中キッチンに籠もってて飽きないの? それに、あなたそれ、また揚げ物をしてるの!? 油は高いから控えなさいと何回も言ってるでしょう! 薪だって高いんだから!」


 そんなお母様の視線の先には、私が自作した菜箸(さいばし)でつついている、パチパチと音を立てる油がありました。

我が家には、いやおそらくこの世界にはガスコンロなど存在しないので、料理は基本、かまどに薪のオールドスタイル。

料理するたびに薪を焼くので、なかなかコストがかかります。


「そうは言うけどお母様、今はおやつの時間です。可愛い娘がお腹を空かせてるとあっては、我が家の名折れではございませんか?」

「何回も言ってるでしょう、世の中でおやつなんて食べるのは、貴族様や王族の皆様だけなの! うちはただの庶民、お父さんは毎日汗水たらしてどうにかお金を稼いでるだけの商人なのよ! いつまでも親の家でスネをかじっている娘に浪費(ろうひ)されちゃたまらないわ! あと、その変な喋り方はやめてって何回も言ってるでしょう!」


 私の必死の抗弁に、お母様が怒りをぶちまけてきます。

そう、私は花嫁修業という建前を盾に絶賛親元でスネをガジガジかじり中。

働きもせず、毎日毎日料理の研究に明け暮れていたのでした。


 しかしいつも口うるさいお母様ですが、今日は特にご機嫌斜めのご様子。

私は油の温度が上がりすぎないように注意しつつも、黙ってお説教を聞いているしかありません。


「そもそもあなたはなんなの、毎日毎日家に引きこもっては料理料理……。あなたは年頃の娘なのよ、シャーリィ。そろそろ嫁入りしてもいい時期でしょう? 料理はもういいわ、外に出てお婿(むこ)さんでも探してきなさい! あんた、器量(きりょう)だけはまあまあなんだから!」


 器量とは、つまり女性的な見た目のことです。

私、シャーリィ十五歳。自分ではよくわからないですが、黙って立っていれば、ほっそりとして可憐な花のようだと褒められることもなきにしもあらず。


 親譲りの銀色の髪とヘーゼルの瞳を、まるで輝く宝石のようだと表現されたこともありました。

ただ両親に連れ出されてどこかにお邪魔する時には、喋るとボロがでるから黙って笑っていろと言われる始末でございます。


 ……あとついでに言えば、胸の前面部がまるで張り出してこなかったのはなにかの呪いでしょうか神様。


「そうは言いますがお母様、私に結婚はまだ早すぎます。まだまだ子供、それにお母様だって私の手料理を美味しい美味しいと食べているではありませんか」

「馬鹿おっしゃい、十五ならとっくに嫁いでいても不思議じゃないわよ! お隣の子なんて、二年も前に嫁いでいったじゃないの。あなたもいい加減どこかのお金持ちをひっかけて、お父様に育てていただいたご恩をお返ししてはどうなの?」


 ひっかける、とはまた俗なおっしゃりよう。

でもそのとおり、この国には結婚の年齢制限などございません。女は子犬でもあげるようにどこかに嫁がされていきますし、十五でお母さんなんてことも決して珍しくもなし。


 だけど私はお嫁になんか行く気がありませんので、そういったお話が来ましてもやれ病気だとかなんだとかで、のらりくらりとかわし続けております。

だって。もしお嫁になんか行ってしまったら、大好きな料理の研究ができなくなってしまうじゃないですか。


(ごめんなさい、お母様。私、まだまだ再現できていないお料理がたくさんあるの。私が満足するまで、この家であと十年……いや、二十年……いやいや)


 たしかこの国の平均寿命は四十歳から五十歳の間ぐらいのはず。

日本と比べれば半分ぐらいですが、この世界的には長い方でしょう。つまり私は何事もなければあと三十年以上は生きられるはず。


 私はこの五年の歳月(さいげつ)で、色んな料理や調味料の再現に成功しましたが、いやいやまだまだ足りません。

まだ食べていないもの、満足のゆく味に仕上がっていないものがたくさんあるのです。味の探求に果ては無し。


 なので、できれば私はその三十年間をずっと親のスネをかじって……もとい、両親のお側でぬくぬくと過ごしたいのです。

そういうわけですので、どうか可愛い娘の親を思う気持ちを尊重くださいませ。


 などと私が勝手なことを考えながら聞き流している間にも、お母様のお説教は続いておりました。


「それに、あなた幼馴染みのアルフレッドに告白された時もあの子の股間を蹴り上げてボコボコにしたんでしょう!? どうしてあなたはそうなの? 第一……」

「まあまあ、おまえ。それぐらいでいいだろう。そんなに言わなくたってシャーリィもわかってるさ」


 そこでまたもやキッチンの外から声がかかり、今生のお父様がのっそりとやってきました。

さすが愛しのマイダディ、盲目的(もうもくてき)に娘の味方をしてくださいます。


「もう、あなた! あなたはすぐそうやってシャーリィを甘やかすんだから!」

「そう言うなよ。結婚結婚と言うが、料理が上手いのはいいことだ。これは花嫁修業というやつだよ。可愛い娘がやりたいのなら料理の費用ぐらい私がいくらでも稼いでくるさ」


 そう言って、髭面(ひげづら)のお父様は私にウィンクを一つ飛ばし、自分の膨らんだお腹を叩きながら続けます。


「それに、シャーリィの作る料理は毎日の楽しみなんだ。いなくなっちゃ寂しくてたまらんよ。シャーリィ、居たいならいつまででも居ていいんだぞ」

「さすがお父様! ありがとう、私ずっとここにいます!」


 言い合って、二人して「ねー」と首を傾げつつ通じ合う。

お父様は、とてもチョロい。私がお願いすれば、大体のことは許してくれます。


 そしてなにより、お父様の胃袋は我が料理によって既に掌握済み。

さらにさらに「お父様大好き!」だとか「お父様の側にずっと居たいの!」だとか、甘い言葉をささやき続けた結果、お父様の脳は既にドロドロに()けておりました。


 ですが、お母様がそれを許すわけもありません。


「あなた、いい加減にして! それじゃこの子のためにならないってどうしてわからないの! 近所の人に、この家がなんて呼ばれてるかわかる? 魔女(まじょ)の家……そう、魔女の家よ! この子がつくる妙ちくりんな調味料のせいで、妙な匂いがするってしょっちゅう苦情がくるんだから!」


 それは事実です。私が料理を研究するにあたって一番苦心したこと、それはこの世界に前の世界の調味料がまるでないことなのでした。

塩や砂糖に胡椒はありますが、醤油やたれにみりんなど、日本の料理の基本となるあれこれがまるで見当たらないのでございます。


 ですので、それらを手に入れるには自作するしか道がなく、とはいえ前世でそれらを作った経験はほとんどなく。

原料となる品々もなかなか手には入りません。

ゆえに、うろ覚えの知識と代用品でそれらを再現すべく試行錯誤するうちに、この世のものとは思えぬ物体が出来上がることもしばしば。


 それでもいくつもの調味料を満足行くレベルで生み出しはしましたが、その過程で()()()()()()悪臭が発生して、ご近所様にいい顔をされなかったのは事実。

「あの家には魔女が住んでいる」などと噂されるのも致し方なしというものでございましょう。


 ちなみにですが、この世界にはファンタジックなことに魔女が普通にいます。

いや、いるらしいです。少なくともいることにはなっています。私は見たことがないですが。

まあ、もしかしたらインチキのたぐいかもしれませんけども。


「その度に、私がどれほど頭を下げて回ったか……! 大体あなたは!」

「ま、まあまあ……」


 お母様の攻撃対象がお父様に変わり、私はそっと素知らぬ顔でお料理に戻ります。

いくらお父様が私の味方でも、この家のヒエラルキーの頂点はお母様。

私は油の中をプカプカと浮いてくるおやつをつつきながら、じっと気配を殺しているしかありません。


 しかしその時、都合(つごう)よく玄関の方からノックの音が響いてきました。


「おっ、なんだ、お客様かな? お迎えしてくるよ、この話の続きはまたいつかやろうじゃないか」


 露骨(ろこつ)安堵(あんど)した表情のお父様が玄関に向かい、苦虫を噛み潰したような表情のお母様がそれに続きます。

やっと静かになった、などと私が喜んでいると、玄関の方から戸を開ける音が聞こえ、続いてお父様の驚いたような声が響いてきました。


「あっ、これは……よ、ようこそいらっしゃいました。ご無沙汰(ぶさた)しております!」


 緊張(きんちょう)をはらんだ声。それはお父様がかなり目上の方と話す時の声色でした。

それに続いて、ややしわがれた、老齢(ろうれい)の女性の声が聞こえてきます。


「いきなりお邪魔して悪いですね。少し(よろ)しいかしら?」

「え、ええ、もちろんでございます! ささ、どうぞ、お通しするにはみすぼらしい家でございますが!」


 そのまま両親はお客様を居間にお通ししたようです。

ややあってお母様が緊張した顔で飲み物を入れに来て、私は気になって居間をそっと覗き込みました。


 するとそこには、威厳ある様子のおばあさんが座っていました。

顔にはシワが寄っていて、髪の毛も真っ白。ですが背筋はピンと伸びていて、動作には気品が満ち溢れています。


(わあ、なんだか身分の高そうな方……。お城の方かしら?)


 この国、エルドリア王国の王宮は我が家から徒歩で三十分ほどの距離にあります。

お城はなかなかに羽振りがよく、うちの父も高級な品をいつも買ってもらっているのだとか。


 噂では、まだとてもお若い王子様がすこぶる有能で、病に倒れた王様に代わって国政(こくせい)を取り仕切っていらっしゃるそう。

もしかしたらまた何かを買ってくださるのかしらん、儲かったならお父様にまた香辛料(こうしんりょう)でもおねだりしようかしら。


 などと思いつつおやつを仕上げていると、そこで困った顔をしたお母様がやってきて私に言いました。


「シャーリィ。お客様が、お前に話があるそうよ。来てちょうだい」

「えっ? なんで私に? お父様のお客様なんじゃ……」

「いいから、ほら。失礼のないようにするのよ」


 困惑する私をお母様が居間へと引きずっていきます。

そしてキッチンという自分の王国から、知らないおばあさんがいる居間という戦場に引っ張り出された私。

その場に漂う緊張感に、いやがおうにも顔が引きつります。


「クレア様。こちらが我が娘の、シャーリィにございます」


 わざわざ席を立ったお父様が、頭を下げながら私を紹介します。

すると、クレアと呼ばれたおばあさんは、私を上から下まで舐め回すように見つめてきました。


 そこで気づきます。しまった、人に会うつもりなんてなかったから、いつもの野暮ったい部屋着のままでした。

髪も適当にといただけ、顔は……洗ったはず。うん。多分。


 お客様の前にこんな格好で出て大丈夫かしら、などと他人事みたいに思っていると、おばあさんが重々しい口調で言いました。


「こんにちは、シャーリィ。私は王宮でメイド長を務めるクレア・チャールトンと申します。クレアと呼んで頂戴。どうぞよしなに」

「あ、はい、これはご丁寧に。シャーリィでございます。この度はムサ苦しい我が家にようこそ、クレア様」


 やっぱり偉い人だったクレア様に、スカートをつまんでお辞儀しながら答えます。

お城に勤めるメイドともなれば、そこらの庶民よりずっと偉いのです。

更にその長となれば、父より偉いのは明白でございました。


「こら、シャーリィ、ムサ苦しいは余計よ……!」


 などと考えていると、お母様が慌てて私に耳打ちを。

しまった。つい余計なことを言ってしまうのも私の欠点です。


 気を悪くしたかしら、と思って見てみると、クレア様はニコリともせずに私を見つめていました。


「面白い性格をしているとは聞いていましたが、本当のようですね」

「お褒めに預かり、光栄です」

「褒めてはいません」

「も、申し訳ありませんクレア様! この子ったら、もう……!」


 などと小粋な会話を交えつつ、青い顔をしたお母様に椅子へと座らせられます。

両側を両親にがっちりと固められ、正面に気難しそうなクレア様がいる様は、さながらお受験の面接のようでもあり。

……あれ、もしかしてですけど。これって、私がメインのなにかです?


「さて、本題に参りましょう。シャーリィ、あなた、なにやら奇妙(きみょう)な料理をするらしいですね」

「奇妙な料理、ですか? たしかにあまり他では見られない料理を、両親やご近所に振る舞ったりはしております」


 そう、私は日本での味を一つでも多く再現すべく日々努力を重ねております。

ですが、悲しいかな私のつつましい胃袋一つでは作ったすべてを消費するのはとても難しい。

ですので、皆様に実験台……もとい、新しいお料理の試食係をお願いすることが多いのです。


 もちろん人様に出すのですから最低限の味は確保していますが、やはり我が遠き理想郷(りそうきょう)、日本の人々とこの国の人々では味覚が違います。

イカの塩辛(しおから)を作って出した時なんかはそれはもう不評で、皆様この世の終わりのような顔をしてらっしゃいました。


(イカの塩辛は、イカと塩だけで作れるから再現が簡単なんですけどねえ)


 ですがやはり日本でも好き嫌いがある料理。簡単には受け入れてもらえません。

私的にも、パンが主食のこの国では壮絶(そうぜつ)に持て余してしまいました。


 そうそう。私が料理を再現する上での大きな問題点として、なんとこの国ではお米が手に入らないのでした。

行く度に市場を隅から隅まで探して回り、父に入ってきたら教えてくれと何度もお願いし、どれほど恋い焦がれても、この国のどこにもお米は存在しないのです。


 それが、この国に入ってきていないだけなのか、それとも(考えたくもないですが)この世界にお米そのものが存在しないのかはわかりません。

ですが、お米がないと私の大好きな料理たちのかなりの数が再現不可能になってしまいます。


 ああ、愛しいお米、あなたはどこにいるの。いつか会えると、私、信じてるわ。

などと私がお米に対する切ない気持ちを感じていると、そこでクレア様が小さく頷き、とんでもないことを言い出したのでございます。


「そうですか。では、厚かましいお願いですが、あなたの料理をなにか私に振る舞ってはくれませんか」

「えっ、今からでございますか!?」


 それは……それは、とても困る。

私の料理は、自分が楽しむためだけに作ってきた料理です。

お城に勤めてらっしゃるような偉い方にお出しするようなものでは決してありません。


 それに、口に合わなかったらなんだかややこしそうですし。

そう私が困っていると、クレア様が言いました。


「なにも気負ったものを作れとは言っておりません。茶請けのようなもので結構です」

「ああ、お菓子でいい、ということですか……。いや、でもあの、実は今丁度切らしておりまして……」

「シャーリィ、嘘おっしゃい! あなた、さっきからせっせとなにか作っていたでしょう!」


 すっとぼけようとした私に、お母様が鋭いツッコミをいれてきます。


「でもでも、お母様、あれは私が三時のおやつに食べるためにっ……」

「また作ればいいでしょう! いいから早くもってきなさい!」


 必死の抵抗も実らず、私は渋々と丹精(たんせい)込めて作ったおやつを他人に差し出すべくキッチンに向かいました。

すると、そんな私の背中にお母様がなおも言葉を投げかけてきます。


「言っておくけど、裏の井戸で冷やしてるやつもよ」


 ちっ。



「どうぞ。つまらなくない、美味しいものですが」

「……」


 そう言って私が並べた二種類のおやつをじっと見つめ、クレア様は固まってしまいました。

そしてややあってその片方、皿に盛られた“それ”を手に取り、掲げて見ながら私に尋ねます。


「これは……なんという料理ですか?」

「そちらは、ポテトチップスでございます」


 ポテトチップス。

じゃがいもを薄くスライスして、食塩水に浸し、さらに乾燥させて水分をちゃんと抜いてから揚げたもの。

それに塩を振った、たったそれだけのシンプルなお菓子でございます。


 ですが、実は乾燥のさせ方や、揚げ時間及びスライスする厚みによって食感などが大きく変わってしまうため、かなり繊細なお菓子とも言えるのです。


 カルビーのポテトチップスに近い! と、私自身が満足できるまで、どれほどの試行回数を経たことか。

これも、お父様のお腹を膨らませた要因の一つでございます。


「……これは、どう食べるのが作法なのかしら?」

「そのまま、手づかみでぱりっとお食べください。ぱりっと」


 私に言われるままに、クレア様がポテトチップスを口に運びます。

すると口の中で本当にぱりっと割れて、クレア様は驚いたような顔で何度も噛み締めました。


「……不思議な食感だわ。これは……じゃがいもですね。だけど、今まで食べたものとはまるで違う味わい……見た目も、こんなものは初めて」

「ですよねー。この国では、じゃがいもといえば蒸して出すか煮込むぐらいが普通ですし。バリエーションが乏しいんですよねえ」


 じゃがいもにはたくさんの可能性が眠っているのに、この国ではそんな使われ方しかしていません。

実に惜しい。まあ、私の前世の世界が料理というものに対して探究心旺盛すぎたのかもしれませんが。


 私がそんな事を考えていると、クレア様が訝しげな表情で聞いてきました。


「この国……? あなたは、どこか他所の国に行ったことがあるのですか?」


 あっ……しまった。口が滑った。

この世界において、他国は気軽に行けるところではありません。

何しろ車も電車もないですから、行くとなると徒歩か馬車。それでは移動にかなりの時間がかかってしまいますし、山賊とか人さらいとか危ない人もいます。


 つまり女の身で旅をするのは非常に危険で、ほとんどの人は自分の国から出ることなく生涯を終えるのです。他国のことなど知る由もないままに。

だから、この国では、なんて言い方をする私はクレア様にはとても奇妙に見えたことでしょう。


 かと言って、ここで前世の話をするわけにはいきません。

なにしろ私の前世のお話は、親にも秘密にしているのですから!


 だって、考えてみてください。

実は私は前世を覚えていて、そこでは鉄でできた機械が走り回り、人の何百倍も高い建物が立ち並んでいて、二十四時間いつでも美味しいスイーツが楽しめたのです! 

……なーんてことを言い出したりしたら、痛い子認定間違いなしなのです。


 いや、痛い子だけで済めばいいのですが、逆に信じられてしまい、その世界での知識をすべて教えろなんて言われて、監禁されたり拷問されたり……なんてことが、ないとは言えません。

余計なことは言わないに限ります。


 なので、ここは私的に、必死にごまかすしかないのでした。


「いっ……いえ、そうではなくてですねっ。他の国では、こういう珍しい料理があるなんて話を父親が商人であるからして、こう、小耳に挟んだりしちゃったりしてまして、そういう意味です、はい!」

「ああ、なるほど。あなたの料理は、そういうところから着想(ちゃくそう)を得ているのね」


 妙に感心したようにクレア様がおっしゃって、ほっと胸を撫で下ろします。

スケープゴートに使われたお父様が、えっ? なに言ってるんだ、お前俺の職場になんてよりつきもしないだろ、みたいな顔でこちらを見ていますが気にしません。

娘の盾になれるなら、本望でしょう。


「なんにしろ、このポテトチップスというのは、とても面白い料理ですね。それで、こちらは?」


 そんな私たちはそっちのけで、クレア様がそう言って、ポテチの横に並んでいる陶器に目を向けます。

その中には、黄色くてプルプルと震える、とっても甘いアレが詰まっておりました。


 そう、おやつと言えば、あれ。


「おやつの王様、プリンにございます」


 プリン。プルプル食感のにくいやつ。

溶いた卵に砂糖や牛乳を合わせ蒸したものでございます。


 これはこの世界でも再現が簡単で、私的に最高なのですが、ただ卵も砂糖も牛乳も、この世界では少々値が張るのが困りものです。


 また、冷蔵庫なんて便利なものはありませんので、冷やすにしても限界があり、食材が手に入ったらすぐに消費しないといけないのも大変な所。


 前世での生活がどれほど贅沢なものであったのかと、過去に思いを馳せずにはいられません。

ああ……コンビニに、甘いスイーツを買いにいきたい。


「プリン。また奇妙な名前ですね。これもあなたが発案を?」

「えっ……。あ、まあ……いろいろ聞きかじった知識を元に、自分なりに再現した、みたいな……そんな感じです、はい」


 嘘です。本当は、前世の世界のどなた様かが考えたものでございます。

私はそれを忠実に真似ているだけなのです。


 ですが、どこの国の料理なのかとか、調べてみようとか、具体的に話を詰められたらとても困ってしまう。

なので話をぼかすしかなく、流れでどこか自分の手柄のように言う羽目になってしまいました。


 ごめんなさい、前世の世界でプリンを考えた方……多分、プリン男爵とかそんな感じの人。


「そうですか。これは卵を固めたものかしら。同じような料理はありますが、こんなにプルプルとしたものは初めて見ました」


 スプーンでプリンを掬い、じっくりと観察しながらクレア様が言います。

私もこの世界で似たものは食べたことがありますが、それはがっちりと固めに焼いたもので、食感はパサパサとしていて、甘くもなく。私の好みではありませんでした。


 そしてプリンを口に運び、じっくりと味わった後、クレア様が驚いた声を上げます。


「……これも美味しい。口の中で溶けていって、気持ちのいい甘みだけが残る。歯のない方でも味わえそうですね」

「ええ、それはもう。あと、底にカラメルソースが仕込んでありますので、そちらとも合わせて味わいください」


 カラメルソース。砂糖を水に溶かして、加熱して作るもの。

プリンのお供として、よく天辺に載っているあれです。


 私に言われるままにプリンを掘って、カラメルを見つけ出したクレア様。そのまま絡ませて口に運ぶと、またもや驚いた顔をなさいました。


「また味が変わって美味しい。なるほど、これは工夫が行き届いていますね」


 気に入ったのか、そのまま感心したようにプリンをパクパクと食べていくクレア様。

それを見ている私の思いは、ただ一つでした。


(あああああっ、私のおやつなのにいいい! そんなに美味しそうに食べてえええ! きいいっ、残してくれればいいのに!)


 そう、今日のおやつは私的に会心の出来。残してくれさえすれば、この際、他人の食いかけであろうとも食べる所存でございました。

それを遠慮なく食べていくその姿は、鬼か悪魔か。


 やがてプリンを綺麗に平らげると、クレア様は再びポテトチップスに目を向けて私に尋ねました。


「しかし、どうしてこの組み合わせなのですか? 甘いプリンと、塩っ気の強いこのポテトチップスとやらは合わないと思うのですが」

「いえいえ、とんでもない。これこそがおやつの究極系ですわ、クレア様」


 甘いプリンとしょっぱいポテチ。これを交互に食べること、それが淑女のたしなみ。

柔らかなプリンを味わい、続いてパリッとしたポテチを頬張る。

甘みを味わい、しょっぱさを味わう。


 このサイクルこそが至福の時間を作り上げるための重要な部分であり、ポテチとプリンは相棒でなければいけないのである。以上、証明終了。


「ですので、プリンを先に食べてしまったのは失敗ですわ、クレア様。次からはそうなさってください」

「はあ。私の好みではありませんが、作法だというのならば次はそうしてみましょう。……さて」


 そこで、ハンカチで口元を拭ったクレア様が、元からしっかりとしていた姿勢を更に正し、威厳のある声でおっしゃいました。


「噂の通り、面白い料理を作りますね、シャーリィ。では……いいですか、アラン・アルブレラ」


 アラン、とはお父様の名前です。

そう声を掛けられた瞬間、お父様はびくりと体を震わせ、やがて汗を滲ませながら答えます。


「ク、クレア様、うちの娘は粗忽者(そこつもの)でございます。とてもではありませんが、お役に立てるとは……」

「そ、そうでございます、うちの娘など……。いえ、もちろんご判断に逆らうわけではございません。ですが、もしやご迷惑になるのではないかと、どうしても考えてしまいまして……!」


 それに続いて、お母様も頭を深々と下げながらおっしゃいます。

その真ん中で、私は左右をキョロキョロ。

え、何の話ですこれ? もしかして、私になにか関係あります?


「いいえ、私は決めました。この子がどうしても欲しい」


 そして、クレア様は私の目をじっと見つめておっしゃいました。


「シャーリィ。あなた……王宮に勤めて、王子様にお菓子をお出ししなさい」


 真面目な、とても真面目なお顔のクレア様。

それに対し、私は真っ直ぐに見つめ返し、こう答えたのでした。


「えっ……。嫌ですけど」

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