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異世界転生犬リキマル  作者: アンサングのフレンズ
5/6

猫耳商人とは遭わない犬

 長くなりましたw

長いですwキャラ増えますw

バトルほとんど無いです。

そして不要なシーンも多いですw

 この話書き始めた頃、表現がどうこうみたいな話あったので無理矢理入浴シーン入れたりなんかよくわからんエグいシーン入れたりしました。

無駄に長い感じもしますし一気に風呂敷広げてしまった感じですw

 素人なのでご容赦をw

 早朝、霧の晴れぬ深い山中の森。

そこに陣取り、野営する行商の一団、そこへと飛び向かう一人の人鳥の姿があった。

腕が翼となっているこの世界の、通常の人鳥とは異なり

背中に翼の生えた人鳥だ。

フードを被った姿、衣服からは梟のような印象を受ける。

野営する行商のテント群の中に、一際大きく派手なテントがある。行商の主の物であろう。

中では紫色の毛並みの耳と尻尾の、猫のような、どこか妖艶さを放つ、女性の人獣が携行してきたのであろうバスタブの中で湯浴みを行っていた。

本来、猫は水を嫌うが彼女は人獣であって『猫』では無い。

「ジュリア様、報告があります」

 浴場の仕切られた布の向こうから声がする。

執事のような姿の、黒い毛並みの人獣の声だ。男性のような姿だが、胸の膨らみが見て取れる。耳と尻尾は猫のようでもあるが、その雰囲気は黒豹といったところか。

「チーフと呼びなさい。何かしら?朝のお風呂で気持ちがいいの。いい話だといいけど」

 と、ジュリアと呼ばれた行商の主の人獣は上機嫌に答える。

「失礼します」

 執事はそう言うと静かに浴場に入る。

そして執事は耳うちで報告する。

「…あら、それは残念…」

 しかし、ジュリアは少し考えると

「…でも、そうとは言い切れないかもしれないわね…」

 と呟くと、浴槽から立ち上がる。

惜しげもなくその濡れた豊満な身体を晒すと

執事がバスタオルを掛け、その身体を拭く。

更に執事はバスローブを着せると何やら『アーティファクト』ととも呼ばれる魔導器具のような物を取り出し、熱風でジュリアの紫の髪を乾かす。

ジュリアは眼鏡を掛け、何やら台帳のような物に目を通す。

「オーク砦…常連の『お客様』は失いましたが…『反乱軍』………なかなか良い『お客様』になるかもしれないわね…』

 髪を乾かし終わり、後ろに束ね、ジュリアは高価そうなスーツのような服に着替える。

テントの外に出ると背の高い、濃いめの褐色肌の牛の角を生やした大剣を背負うビキニアーマー状の鎧を纏った女戦士、執事を従えて一際高価そうな装飾が施された馬車へと歩いて行く。

「さぁて、『お仕事』と行きますか。稼がせて貰うわよ」

そう呟くとジュリアは馬車へと乗り込む。




「くたばれ!バケモン!」

 ティグルはそう叫ぶと大剣からは想像出来ない速さで連続の斬撃を繰り出す。

リキマルはそれを躱し、受け流したりして捌いていく。

ティグルは再び飛び退き、剣を構え、呟く。

「この俺が…仕留めきれねぇだと?コイツ…遊んでやがるのか…?」

 ティグルはリキマルに違和感を感じた。

どうにも手加減されてるような、そんな感じがする。

「待て!リキマル殿は敵では無い!」

 ルナがティグルに向け叫ぶ。

「リキマル殿は…!………ッ?!」

 ルナは疲労からか、膝をつき、屈み込んでしまった。

あれ程の戦闘の後で治癒術も使ったのだろう。

疲労の限界が来ていた。

「離れてろ!」

 ティグルは剣を振りかぶるように構える。

だが、その時リキマルとティグルの間に割って入る者の姿があった。

「双方……停戦……せよ……」

 二刀の剣を抜刀し、それを双方に付きつける。

鼻まで覆う黒の覆面。忍びのような出で立ち。灰色の毛並みの狼の人獣。アッシュだ。

「アッシュ…!どういうつもりだ!?」

 剣を構えたティグルがそのまま問う。

「そこまでだティグル、剣を収めよ」

 歩いて砦に入って来たロッシュが淡々とティグルに告げる。

「ロッシュ!だがよ!コイツ、ハイエルフ共の魔生物だろ!?」

「この状況をみよ。これはその獣頭の御人の仕業では無いか?それに、交戦の意思があるならばその御人は話してる今も襲いかかって来る筈では?」

「そりゃそうだが…」

 ティグルは多少気が抜けた様だが剣は下ろさない。

遅れて他の人獣の仲間と共にシルティアが走って来た。

「貴方達は一体…?」

 息を切らしながらシルティアが問う。

「俺は犬だ。犬のリキマル。他の連中は…」

「やれやれ…騒がしいようだが…」

 そこに騒ぎを聴きつけたガルドがラトと一緒に砦から出てきた。

「……!」

 そして、ロッシュとガルドはお互いの顔を見て驚く。

「お前、ガルドか!?」

「ロッシュか…随分久しいな…」

 どうやら二人は知り合いらしい。

「となると、そこにおられる方は…」

 ロッシュはゆっくりと立ち上がるルナに視線を向ける。

「…私は…月狼の王国の王女、ルナだ」

 疲れと動揺からか、いつもの元気さはないがルナは名乗る。

「お初にお目にかかります。月狼の姫様、私はシルティア。銀狼の民の巫女の血を引き継ぐ者にございます」

シルティアは前に出てくると丁寧にルナに挨拶をする。

「……ああ……」

 シルティアは妙に嬉々とした態度だが、ルナは動揺が言葉に出る。

「ガルド……話してないのか?」

 ロッシュはガルドにそう聞いた。

「話す機会が無かった……何かと面倒な話だからな」

 ガルドは少し申し訳無さそうにそう答える。

「……お聞きでは無いですか?私達、母は違えど、同じ『月狼』の民の血を受け継ぐ者です」

 シルティアはルナに説明をする。

「私は何も聞いていないが……つまりは……」

「私達、姉妹なんですよ」

 そういうとシルティアは笑顔で動揺するルナの手を両手で握り、持ち上げる。

「お会い出来て光栄です!姉様っ!」

「妹がいたというのは初耳だが…そうだな……肉親がいてくれて…私も嬉しい……」

 ルナは笑顔で返すが、その時、ルナはよろけて倒れそうになる。

「姉様、大丈夫ですか?」

「すまんな…、折角会えたというのに…」

 倒れそうなルナをシルティアは懸命に支える。

「水よ刺すようだけど、その人、相当疲れてるみたいだから先ずは休ませ無いとね」

 下半身が白い蛇の少女が蛇のように蛇行しながら素早くルナの側に寄り添う。

「眼帯のおじさんはもう一仕事あると思うけどそこの小さいのも戻って寝なさい。子供は寝なさい」

「小さいっておま…」

 上半身の大きさは自分よりも小さいであろう蛇の少女に言われたのが納得いかないのか、ラトは言い返そうとするが

「少なくとも、『長さ』ならここにいるの殆どに勝ってるわ……寝なさい」

 ラトに告げると蛇の少女はリキマルの元へ行く。

「傷、見せて……」

 ただそう言うと、

「不思議ね……もう塞がり始めてるなんて……再生力はオーク並、それ以上かもね……」

「……一応、薬は使っておくわ……。貴方のおかげでこちらは今回は無傷で済んだわけだし。少なくとも今日はもう安静にしてなさい」

 そう言うと蛇の少女は手早く薬草を練り込んだような、臭いがきつめの軟膏状の傷薬を手早く塗っていく。

「っ!」

 ちなみに結構染みて痛い。

「しかしこの身体は……?……貴方は一体……?」

 しかし、この冷静な蛇の少女も包帯を巻きながら、見たことない、獣比率の高い人型生物に興味と疑問を持った様子だ。

「犬だ。どうもこの世界にはいない生き物らしいがな」

 何度も同じ事を言ったリキマルだが『犬のいない世界』という事を受け入れ始めたようだ。

「イッヌだかなんだか知らないけど貴方も私達と変わらない生き物よ」

 蛇の少女は淡々と手際良く、包帯を巻いて行く。

「……人蛇のお嬢さん、中にオークに手籠めにされた女達がいるんで見てもらえるか?」

 リキマルの治療の終わった蛇の少女にガルドは声を掛ける。

「私はロロ。そのつもりよ、案内して」

 ガルドはロロと名乗った蛇の少女と共に砦の中へと入っていく。

「互いに再開を喜んでる暇は無さそうだ」

「相変わらず状況の呑み込みが早いな……」

 ガルドとロッシュはすれ違い様に言葉を交わした。




 燃え盛る城塞都市。

逃げ惑うアルマジロのような甲殻を持つ人獣達。

しかしその甲殻もオークの膂力やハイエルフの魔法は防げず、瞬く間に殺戮されていく。

しかし、そのオークやハイエルフの攻撃を回転しながらの体当たりでオークやハイエルフ諸共弾き飛ばしていく数体の球体があった。

「我らが纏甲テンコウの民に刃を向けた事!冥府にて悔いよ!」

球体ではなく、全身に鎧を纏ったこの城塞都市の、纏甲の民の王とその配下の精鋭だ。

球体状態を解除し、侵略者達に威圧するように叫ぶ。

「人獣一とも謳われるこの防御力!貴様の剣も魔力も通さぬわっ!」

オークもハイエルフもこの王と精鋭にはたじろぐ。

「久々にマシな奴が出てきたか。退屈しないで済みそうだ」

気怠そうなダークエルフの戦士が姿を表す。

ハイエルフに雇われたダークエルフの戦士、ザイラスだ。

「来いよ。遊ぼうぜ」

ザイラスは剣を抜き、挑発する仕草で王達を煽る。

「ひしゃげて潰れよ!アーマード・ローリング・アターック!」

王とその親衛隊は再び球体状に丸まると、回転しながら突撃してくる。

「ひゃっほい!こっちだぜ?」

だが、ザイラスはそれを見切り、軽々と躱す。

「こっちだこっち!」

ザイラスは躱しながら再び挑発する。

「おのれ!だがその余裕もここまでだ!」

「円周陣形!」

回転する王達はザイラスを囲むように取り囲んだ。

「エンチャント、オン……ヒートブレイド……」

ザイラスは呟くように詠唱する。

すると剣が赤く染まる。炎系の付呪だ。

「いくら身軽といえどこれは躱せまい!」

王が叫ぶと纏甲の王と親衛隊は一斉に回転しながら飛びかかる。

「サークル・デッド・エンド!」

包囲された中で一斉に飛びかかる高速の球体は最早回避不可能である。

瞬間転移マータ・ステイシス

ザイラスがそう唱えると取り囲まれる中央にいた筈のザイラスは姿を消す。

一瞬にして包囲の外側に移動したのだ。

幻影影分身シャドウ・オブ・ミラージュ

次にザイラスは数体に分身した。

超加速ハイアクセル

更にザイラスは分身達と超高速で移動。

重鎧の完全武装の纏甲の王や親衛隊を灼熱の刃で刻んで行く。

付呪は堅牢なこの防御を破る為であろう。

最も、シンプルにザイラスの桁外れの魔力や剣技による実力のものであるのだが。

「馬鹿なっ!」

「剣も魔法も使える奴には弱いみたいだな」

刻まれた王と親衛隊は空中分解し、地面に肉片や鎧の金属片が降り注ぐ。

「まあ、退屈凌ぎにはなったわ。褒めてやんよ」

それを振り返る事もなく言ったザイラスは周囲を見渡す。

「さぁて………」

ザイラスは残党を探している様子だ。

突如、空を斬るようにザイラスは剣を振るう。

すると衝撃でその周辺の建造物は吹き飛んだ。

すると、隠れていたであろう纏甲の王の王妃やその子供達、側室、侍女達が姿を表す。

甲殻に覆われていようといえど、戦士で無い物は逃げ隠れねばいとも簡単にオークやハイエルフに虐殺されてしまうのだ。

「失せな……雑魚散らしには飽きた……」

興が乗らない、そういった様子でザイラスは告げた。

怯えながらも王妃やその子供、側室や侍女達は走って逃げ出す。

しかしその後、

「ひぎぃ!」

「うぐっ!」

ザイラスの後ろからいくつもの悲鳴が聞こえる。

「なぁにをちんたらとやっている…!手間を取らせおって!私に面倒をかけさせるな!」

不機嫌さが明らかなハイエルフの指揮官が次々と逃げ惑う王妃や側室、侍女や子供に至るまでを斬り捨てていく。

それでも剣から逃げ伸びた者はハイエルフの指揮官の火球の魔法によって焼かれた。

「……木っ端の雑魚以下なんぞにいちいち構ってられるかよ……」

ザイラスは呆れたようにハイエルフの指揮官に言った。

「多少は腕が立つからと大目に見てやってるが…調子に乗るなよ……『雑種』!」

信仰する神のような存在の『真なる人』の直系だと信じるハイエルフにとって同盟関係であっても多種の亜人は劣等種の雑種でしかない。

ちなみに血統に拘るハイエルフの価値観では近親相姦は一般的な、普通の価値観である。

このハイエルフの価値観は人獣や同盟関係の亜人達からしてもハイエルフのこれは非常に理解し難い不快なものである。根源の種族がハイエルフと近いとも言われる閉鎖的なウッドエルフでも婚姻は親戚関係からである。

「ラディウス指揮官、ご報告があります」

睨み合う二人に割って入るように参謀のハイエルフの女性が現れる。

「聞こう……フン、命拾いしたな…」

ラディウス指揮官は吐き捨てるようにそう言った。

「ブリザイア様がリザドリアを陥落させたとの事」

「なんだと!?あのトカゲ共の城塞をか!?」

 その報告にラディウスは動揺を隠せない様子だ。

「馬鹿な………この私が叱責を受ける程の損害を出しても攻略出来なかったトカゲ共の根城だぞ…」

 ラディウスは幾度となく、リザドリア攻略を行ったが失敗していた。それをブリザイア将軍はいとも簡単にやってのけたのだ。

「『氷の魔女』め…ハイエルフの名を駆る成り上がりの雑種風情が私の手柄を横取りしおって…」

 ブリザイアは表立っては人獣侵攻の指揮官であるラディウスの部下になるが実質的には別働隊であり、競争相手でもある。ブリザイアが難攻したリザドリアを迅速に陥落させた事はラディウスにとって非常に面白くないのであった。




戦鱗せんりんの民の拠点、城塞都市リザドリア。

ラディウス指揮官が多大な損害を出しつつも攻略出来なかった人獣の国の一つ。

トカゲの様な皮膚と尻尾を持つ、戦闘に長けた人獣達である。そして、反乱軍とも同盟関係にあったという。

しかし、その無敵に思われた城塞もハイエルフのとある騎士団団長によって落とされた。

戦鱗の王は抵抗も虚しく、満身創痍の状態で拘束されていた。

「此処にある古代魔導遺物ロストテクノロジーは転移門だけか?」

 威厳あるハイエルフの女将軍が戦鱗の王に問う。

「そうだ……我々はお前達ハイエルフが躍起になって求める神機を所有していない……。だが反乱軍は所持してると聞いた……」

 満身創痍の戦鱗の王は答える。

「反乱軍の本拠地はどこだ?『神機』は作動、『覚醒』しているのか?」

 ブリザイアは続けて問う。

「そこまではわからぬ……『神機』がいかようなものなのかも……」

 誤魔化しているようでもあるが満身創痍ながらも王たる風格を保つ戦鱗の王は嘘を言ってるようには思えない。

「本当か!?まだ隠している事があるのではなかろな!?」

 補佐官の側近の騎士は威圧し、戦鱗の王を問い詰める。

「……知りうる事は全て話した……以上だ………ケジメをつけさせてくれ……」

将軍は戦鱗の王の前に剣を差し出す。

元々はこの戦鱗の王の剣のようだ。

「同胞を裏切り、誇りを捨てて恥を晒したのだ……約束は守れよ……ネージュ・ブリザイア……」

将軍を見て、戦鱗の王は剣を手に取る。

「我が名誉にかけて、貴殿の一族、及び民達の身元は保証しよう」

女将軍は戦鱗の王に対して告げる。

そして、戦鱗の王は己の喉元をその剣で自ら貫き、自決した。

「…まさか、トカゲ共相手に約束を…?」

補佐官の側近の騎士は将軍に問う。

「奴は精神操作の魔法にも抗った。それなりに王らしき威厳はあった。多少は報いねばな。それに、信用無くして我が立身もあらぬであろう?」

その行動を疑問視する補佐官のハイエルフを横目に女将軍は淡々と答える。

「……反乱軍、神機……些細な事でも噂でも構わぬ。徹底的に情報を集めろ」

「はっ!」

将軍が補佐官の側近の騎士にに指示を出す。

返事の後、補佐官は急ぎ、去っていく。

「………反乱軍……、今回のは一筋縄では行かぬやもしれぬな…」

 王の玉座を背に女将軍はそう呟いた。




あきら氏よ、遊びに来たぞ」

独特の喋り方と口調、光の友人、斑目多摩緒だ。

「たまちゃん…?どうしたの…それ?」

多摩緒の姿に驚く光。

「良い帽子であろう?でもこれは帽子ではないぞ?」

多摩緒の頭にはよく肥えた、大きな黒い猫が肩車されてるように乗っかっている。

「紹介しよう!我が家の猫公!デュークだ!」

「………」

いつもながら妙なテンションだがその猫、デュークは全く動じる事はない。

堂々たる静かな佇まいで威厳すら感じる。

「光氏のご家族には猫アレルギーはいないと聞いてな!ゲームしてる間はわんこ君も寂しかろうと連れて、いや、御足労願ったのだ!」

「ずっとその格好で来たの……?」

「デューク公は気位が高い。歩かせると機嫌が悪くなるのだ」

とても猫に遠慮してる姿とは思えぬが多摩緒なりにデュークの性質を理解してるのだろう。

「……まぁデューク公も連れてけって行動だったからね……。ハマってるゲームがあると構ってやれんのだ……」

そう言うと多摩緒はデュークを頭から下ろし、抱きかかえる。

「こんにちは、デュークちゃん」

光はデュークに笑顔で挨拶する。

「吾輩はオスである。小娘、デューク公と呼びたまえ」

「多摩緒ちゃん…?何それ?」

突然、多摩緒が妙な(いつもおかしな事は言ってる)事を言い出したので光は気になった。

「デューク公の言葉の翻訳」

もちろん適当であろう。が、妙にそう言ってるようにも思えてしまう。

「えーと…デューク公……ゆっくりしていってね」

「うむ。良かろう。褒美に撫でる事を許す」

光はそっとデュークを撫でる。

特に嫌がる様子もない。

「えーっと……リキマルと会わせても大丈夫かな?」

「この吾輩を誰と心得る!多少デカい程度の犬コロなど恐れはせぬ!」

多摩緒の翻訳は適当だろうが妙にそれっぽく聞こえるのであった。


リキマルは庭の犬小屋に繋がれていた。

リキマルは身体が大きいので特別に大きな小屋だ。

暑さや寒さが厳しくない時はこの小屋で過ごす。

(この臭いは…。猫か…?珍しいな。俺の近くにくる猫がいるなんて)

リキマルは飼い犬といえど巨大な獣である。

その威圧感を恐れ、近所の動物は恐れて近寄ってくる事は無い。

リキマルが気配を察知すると目の前に光と猫を抱いた多摩緒が現れる。

即座にリキマルとデュークは目が合う。

しかし、デュークは嫌がる事も恐れる事も無かった。

(あの猫…始めて見るが………出来る奴だな…)

実際、デュークはこの周囲のボス猫であった。

この付近で彼に逆らう猫はいない。

静かで威厳ある佇まいは伊達では無かった。

「おや?デューク公もリキマルわんこもお互い気に入ったようであるぞ」

(んな訳あるか)

多摩緒の適当な解釈にリキマルは思わず言葉にできない思いをツッコむ。

多摩緒はデュークを下に降ろした。

「………」

「………」

互いに睨み合ってるのか

リキマルもデュークも座ったまま動かない。

「…えっとこれは…大丈夫なの…かな?」

その様子を見て光は心配する。

「デューク公は嫌なら何かしらのそれらしい反応をするさ。さて、光氏の進捗を確認するとしよう」

多摩緒がそう言うと二人は去って行った。

部屋に行ったのだろう。

先に動いたのはデュークだ。

リキマルに背を向け、距離を取ると

縁側に登り、丸まった。

別にお前の縄張りを侵す気は無い。

連れて来られたからちょっとお邪魔させて貰う。

と行った具合だ。

しかし、デュークは首輪はあっても繋がれていないので自由に動き回れるが

どうやら多摩緒が帰るまで此処で待つつもりだ。

リキマルはなんとなく悟った。

この猫、デュークもまた、自分と同じような役割を持っているのだと。

互いに気に入った訳でも無いが特に争う理由も無い。

この二匹の腐れ縁の始まりである。

そして、この二匹は後に

『獣ヶ原四天王』

と呼ばれるこの獣ヶ原市の最強と言われる動物に数えられる事となる。




「……!」

リキマルが目覚めるとそこは砦の中だった。

(最近は元の世界での夢ばかり見るな…)

あまり気にはならないが外は少々騒がしい。

反乱軍が砦の整理や補修を行ってるようだ。

どうやらこのまま砦を貰い受ける様だ。

「起きられたか。リキマル殿」

声を掛けてきたのはルナだ。

彼女も寝起きなのか、身体を伸ばしたり動かしたりしてほぐしている。

(あのまますぐ寝ちまったみたいだが…俺はもしかしてルナと寝てたのか…?)

妙な疑問がリキマルの頭を巡ったが考えても仕方ないので直ぐに切り替える事にした。

「腹が減ったな……とりあえず外に出よう」


砦はやはり反乱軍が拠点として使うために補修と整理が行われていた。

「起きたか。昼を過ぎたところだ」

 白い毛並みの狼の耳と尻尾の中年の人獣、ロッシュがリキマル達に声を掛けて来た。

「貴殿らが『反乱軍』…」

 ルナそういうとロッシュが

「そういう事になる。今更ではあるがそちらが落とした砦ではあるが我々が使わせて貰っても構わぬか?」

 と改めてルナに問う。

「元より私達の目的は救出だ。砦は好きにしてくれればいい。むしろ、同胞たり得る反乱軍の力に慣れたなら喜ばしい」

 ルナはそう答えた。

「このロッシュ、反乱軍の盟主たるシルティア様に代わり、感謝する」

 ロッシュはそう言いながら頭を下げ、一礼をする。

「…シルティア……妹か………今ひとつ実感が無いな……」

 妹の事は初耳だったルナはその事を受け入れられない様子だ。

「似てなかったな……色々と……」

 リキマルは思わずそう呟いた。

「助けた霊羊の婦人だが我々の薬師、ロロの話では多少の衰弱はあるが問題は無いとの事だ。すぐに回復するだろうと。霊羊の里にもガルドの書状付きの伝令を出した。文字が読める者がいれば良いのだが…」

 ガルドに頼まれてなのか、ロッシュは色々と手配してくれたようでその事を話す。

「すまん、世話を掛けたな。助かる。しかし、文字か…苦手だったな…」

 ルナは何か思い出した様子だ。文字の学習は苦手だったようだ。

(文字な…色々種類があって難しくて面倒くさかったな…。読めると後々楽だったが…)

 リキマルは元の世界にいた時、人間の言葉だけでなく人間の使う文字もある程度は理解していたのであった。

「粗末だが食事の用意も出来ている」

 ロッシュは淡々と告げる。

「色々とすまんな。ロッシュ殿」

「ロッシュで構わない」

「そうか、ロッシュ。ありがとう」

 ルナは微笑みながらロッシュに礼を言う。

無愛想な印象を受けるロッシュだが優秀な者だと解る。

「ところでロッシュ、ガルドとは知り合いのようだが…」

「………」

 しかし、ロッシュは答えなかった。どうも話しにくい様子である。

「ちょっとそこの貴方、いい?」

 その間を割り込むように、白人蛇の少女が這い寄って来てルナに声を掛ける。

「そう、貴方、月狼の姫様」

 己の事かと自分を指差すルナに対して人蛇の少女、ロロはそう応えた。

「貴方、『治癒術』が使えるのよね?手伝って欲しい事があるのよ」

 ロロも淡々と表情を変えずに要件を述べる。

「ロロ…ルナ姫は起きたばかりで食事もまだだ。控えよ」

 ロッシュはロロに注意するように言った。

「別に食事の後でも構わないけど、食事は後にする事をお勧めするわ」

ロロは何やら意味深そうな事を言う。

「ロロ、そんなに急ぎで必要か?」

「必要よ。一刻を争うわ。男の貴方には解らない事だけど」

 ロッシュの問も一蹴するかのようにロロはあしらう。

「私は構わぬ。霊力も回復したようだ。負傷者か?」

「こっちよ」

 ルナはロロの頼みを承諾し、ロロの案内について行った。


 砦の裏手のはずれ、そこには簡易的なテントが貼られ、中にはオーク達のテーブル等から簡易的に作られた寝台が並び、そこにはオークに捕まっていたであろう人獣の女達が並べられている。

 まるで野戦病院のような場所だった。

「あの地下だと不衛生かと思ってね。ここまで運ばせて貰ったわ」

今ひとつ状況がわからなさそうなルナにロロはそう言った。

「姉様、来てくださったのですね」

 そこにはシルティアもいた。

しかし、今は会った時より深刻な顔つきである。

「姉様は……私達と共に歩むおつもりですよね……?」

 何の意図があるかはわからないが、シルティアはルナにそう問う。

「問われるまでも無い。我が故郷を……父と母、兵や民の為に戦う事を誓う」

 ルナの声は決意を感じられるものだった。

短い間にそれだけの経験はしてきた事も自他共に認めるだろう。

「戦う覚悟は既にあると存じております。…しかし亜人達との戦いがいかなるものか…お解りでしょうか…?」

シルティアは意味ありげに話す。

「時間が惜しいわ。口で言うより見たほうがいいわね」

 順序立てて話そうとするシルティアにロロが口を挟む。

言葉を選びつつ話していたシルティアだったかロロの言うとおりこれからする事の仕度を始める。

 そしてロロ、シルティアは顔半分をまるでマスクをするかのように布で覆う。

ルナもそれに従い、布で顔を覆った。

「っ……ううっ……」

 寝台で横たわる人獣の娘が苦しみ出す。

よく見るとその娘の腹部は膨れ上がっていた。

「動かないように押さえて」

 ロロの言葉にシルティアは苦しむ娘を仰向けにすると

口に猿轡のような布を丸めた物を咥えさせ、左腕をその小さめの身体で全体重をかけるように抑え込んだ。

「姉様も!」

 シルティアがルナに声を掛けると少し遅れてルナはもう片方の同じように抑え込んだ。

「…やるよ…」

 ロロがそう言うと、細い右手を構える。

すると関節が外れたようにその腕はグニャリと垂れ下がった次の瞬間、しなるように、そして瞬時に苦しむ人娘の股の下から入って行く。

「…!」

人獣の娘は声にならない声をあげる。

ルナもまた、驚愕の表情を浮かべる。

「姉様!しっかり押さえて!」

「…あ、ああ…」

 戸惑いながらもルナは押さえる事に力を込める。

ロロは人獣の娘の腹の中を弄るようにしている。

人娘は叫びと悲鳴をあげる。

そして、ロロの腕が引き抜かれた。

「これが何かわかる?」

 ロロの手には不気味な胎児のようなものが握られ、蠢いている。

「オークの幼体ね…これを………」

 そう言うとロロはオークの幼体を握り潰す。

周囲にはその体液と肉片が飛び散った。

「う゛ぐっ!」

それを見たルナはかがみ込み、えずく。

「これが…ハイエルフが従えるオークの実態です…」

 シルティアは呟くようにそう言った。

「苗床、孕み雌、孕み袋とも言われるわね……」

 ロロの言うとおり、これがオークに捕まった大抵の女の結末である。

「姉様……酷いものをみせてしまった事は誤ります……でも……」

 シルティアは突如、こういう惨状を見せることになった事を謝罪する。

「……いや……構わぬ………こういう事は目にしておかねばならぬ……目を背けるつもりも無い……」

「………」

 だがルナは気丈に振る舞おうとする。

「苗床……オークに攫われた者がどうなるか……聞いてはいた………」

 ルナも実際に目にするのは始めてだが知ってはいたようだ。

「戦う事を決めたなら……知らねばならぬ……覚悟を決めねばならぬ……自らがこうなる覚悟もな……」

 ルナは動揺しながらもそう言い放つ。

「オークの幼体は成長も早い分、それだけ母体の生命力は早く失われていくわ。数体産めば命は無いし、運が悪いと身体を破って這い出てくる事もあるの。だからこの処置が必要なのよ」

 動揺を隠せないルナを前にロロは慣れたように説明する。

「オークの幼体を産み落とし、運良く生き延び、機能は失って無くとも、二度と子を生む気になれないといいます……」

 シルティアはオークの幼体を宿した者達の結末を語る。

「せめて彼女達の尊厳を守る為、殿方の目の届かぬ場所でこの処置を……」

 砦から外れの野戦病院のような場所にあるのはこの為だった。せめてもの配慮なのだろう。

「それで……何をすればいい……ロロ……」

 ルナは静かにロロの指示を問う。

「体内に治癒術をかける事はできる?」

「…やってみよう…」

 オークの幼体を引き摺り出されたショックからか、気を失っている人獣の娘の腹部に治癒術を掛ける。

「……ごめんなさい……姉様……こんな……」

「構わぬ……すまんが集中したい……」

 外傷のみだった治癒術を今度は体内に掛けるルナはいつもと違った難しさを感じている。

「……ふぅ……」

「結果的に嫌がらせになったけど……どう? やれそう?」

ロロは具合をルナに聞く。

「……問われるまでもない……やってみせるさ……」

 いつもより大きな声では無いがルナの答えは確かなものだと思える。

「大丈夫?信じるわよ?」

 ロロは再度確認するようにルナに声をかけるとルナは首を軽く縦に振り、うなずく。

「最善を尽くしても必ずしも全員救える訳じゃないわ…無理なものは無理…いちいち気にしない。…いい?」

「……わかっている……」

 更にロロはこの処置に関する説明を釘を刺すようにする。ルナはそれにも納得した様子である。

「ロロ…貴殿の覚悟に敬意を払う……」

「私は私の役割を果たしてるだけ。そこに善意も誉れも慈悲も無いわ……。………でもありがとう」

 ルナの言葉にロロはそう答えると次の処置の為に再び右手を構える……。




「フゥ……結構食ったな…しかし大丈夫か?こんなに食っちまって……?」

 リキマルは満足気に食事を終えた。数枚の皿や器が重ねられている。

「保存が効かないもんばっかだからだろ。オークなら平気だが」

 ラトがゆっくりと食事をしながら話す。

「しかし、オークもオークなりに頭使ってんだな。攫った女達も食わせなきゃならねぇ。でもこの辺の狩りや採取で手に入りそうにねぇもんも入ってやがった。どうなってんだ?」

 ラトは食べてる食事を見ながら疑問を口にする。

「ここの主のオーク、マローネは男爵だ。最下級とはいえ曲りなりにも貴族。入手方法はいくらでもある。とはいえ略奪が主な収入源だろう」

 するとロッシュが脚を止め、考察を語る。

「ダークエルフの商人も絡んでそうだな。奴隷商から女達を買ってたのかも」

 ラトも予測できる事を話した。


 器用万能とも言われるダークエルフは商才にも長ける者がいる。種族間での交易を行うダークエルフの商人の存在は亜人達の関係のパイプともなってるのだ。


「それなら取引先を失ったダークエルフ商人も警戒せねばならんな…。一枚岩とは言えぬがダークエルフもオークもエルフの類だ。オークと協働で報復に来るやもしれん。男爵が倒されたとなるとハイエルフの連中が動くやもしれんな」

 ロッシュは懸念を口にする。

「……難しくてよくわからんが………連中がこれしきでしっかり手を組むもんかね…?オークはハイエルフ連中からの扱いは低いんだろ?」

 ティグルは強気な姿勢を崩さない。

「警戒するに越した事は無い」

 だが、ロッシュは慎重な姿勢だ。

「あんちゃん、こんな事もわかんねぇのかよ?」

 少し呆れた様子でラトはティグルにそう言った。

「俺は戦士だぜ?おチビさんよ。せこい事考えるのはガラじゃねぇんだよ」

 だがティグルはラトに向かってそう言い放つ。

「無闇やたらに戦うだけでは無駄死にするだけだ。ティグル、お前も少しは考えたらどうだ?」

「んだとぉ!?」

 ロッシュの言葉に気を悪くしたのか、ティグルが立ち上がり、食って掛かかりそうになった時、

「相変わらず辛辣だな、ロッシュ」

 それを遮るようにガルドが食堂に姿を表す。

「ガルドか。ようやく起きたか」

 ロッシュはガルドに向かって挨拶かのようにそう言った。

「まだちっと眠いがな。飯は他に用事があるからそこで食うわ」

 ガルドは軽くあくびをしながらそう言った。

「坊主はとりあえず余計な事は考えず、言われた通り暴れてりゃいいさ」

 なだめる為なのか、ガルドはティグルに向かってそう声をかける。

「俺の名はティグル!猛虎の戦士だ!だが、おっさんわかるじゃねぇか!」

(余計な事は考えず戦うか…)

 リキマルはガルドの言葉で地下闘技場の記憶を呼び覚ます。戦い、負ければ死に、勝てば今日を生きられる。

先輩にあたる闘犬もそのような事を語ってるようだった。


 何かしら用事があるのか、ロッシュとガルドが去り、皆が食事を終えた頃、ルナが寝起きとは違い、気の沈んだ様子で現れた。

「姉御…どうした…?」

様子のおかしいルナにラトが声を掛ける。

「大丈夫か?」

リキマルも声を掛ける。

「…ああ……大丈夫だ…」

「疲れが取れてねぇんじゃねぇか?飯食って寝ろよ」

ティグルらしいシンプルな言葉だった。

「………」

「ルナ様、何か召し上がられますか?」

毛色は違うがルナ達と似た、狼型の人獣の女性がルナに声を掛ける。

「私もロロさんに助けられた者です。あの苦しみは私も知っています」

「だからこそ、ルナ様のご助力は偉大だと解ります。どうかそれはお忘れなく…」

「そなた…名は…?」

「リゼットと申します。婚約者をハイエルフに殺され、この身が凌辱されようとも、私は彼の仇を撃つために戦っております」

 リゼットの言葉にルナは何かしら感じ取った様子である。彼女もまた、犠牲者でもあるが、悲嘆にくれず、立ち上がった戦士なのだ。

「………食べるぞ……」

 ルナはそう呟く。

「私も食べるぞ! まだ残りはあるか?」

 すると残り物とはいい難い程の量がルナの前に運ばれて来た。

「腹が減っては戦はできぬ! うおおおおお!」

 ルナはそれをかきこむ。

「ルナ、何があったか知らんが無理にかきこむな……」

 リキマルはルナに注意するが聞こえてるかは定かではない。

ただ、それを想定してか、偶然か、料理は汁物になっていた。




「……何じゃ此処は!?地下牢!?ワシは一体どうなっとるのじゃ?」

 オークの執事が目覚めるとそこは地下牢だった。

簀巻きにされ、身動きが出来ない。

「さぁて、オーク、お前に聞きたいことが山程ある」

 オークの執事の目の前には見下ろすガルドとロッシュがいた。

「わしを自由にせい! でなければ何も喋らん!」

 オークの執事は悪足掻きか、そう叫んだ。

「……そうか……。しかし、汚いオークの下っ端をいたぶっても面白くも何ともないな」

 ガルドは後ろへ下がり、オークの執事から離れる。

「そこでだ。こういう方法もある」

 ガルドがそう言い、手招きすると、鈍器を持った人獣の女達が入ってくる。

「お、お前らはまさか!」

 そう、オーク達が嬲って犯した女達だ。

「やめろ!ワシはそいつら全員をやった訳じゃ無い!」

 オークの執事は必死で弁解を叫ぶ。

「女達は何処から買ってきた? 略奪だけであるまい」

 ガルドはオークの執事に問う。

「買う……?何の話だ……?」

オークの執事は惚けてるのか、それとも解らないのか、

そう答える。

「よし、いいぞ。心臓と頭だけは潰さないようにしろ」

 ガルドの言葉が号令となって人獣の女達はオークの執事を袋叩きにする。

「ぎゃあッ! 痛いッ! やめろッ! ぐえっ!」

 オークの執事は苦痛の声をあげる。

「そこまで。どうだ? 思い出したか?」

 ガルドは女達の手を止めさせると再び問う。

「……ダークエルフの奴隷商だ……そこから買い付ける事もある……」

 全身に打撲痕を負ったオークの執事は答える。

「そいつの名は? どういう繋がりで知った?」

「名前までは知らん……」

「ほう…」

 ガルドは合図と言わんばかりに手をかざす。すると

「本当だ!買い付けの繋がりだけで名前までは知らん!あの『雌猫』の紹介なんだ!」

「『雌猫』……?」

 オークの執事は必死で知ってる事を叫ぶように喋る。

「人獣の……行商だ……たまに此処にやって来る……。何かと妖しいが……いい女だ……ジュリアとかいう名前だ……」

 全ての人獣が必ずしも亜人達と敵対するとは言えない。

稀にダークエルフやオーク等と取引をするしたたかな人獣も存在するのだ。

「その『雌猫』、ジュリアについての情報は?」

 ガルドはその行商についてたずねる。

「そいつ自身は……奴隷を扱って無い……。だがそいつとの取引でなら金次第で何でも手に入る……かなりふんだくられるがな……」

 オークの執事の話ではかなりしたたかな相手なようだ。

「ほう……長い間、一国に留まったていたとはいえ……そいつの名は知らんな。行商は月の王国にも来たが……」

 ガルドは記憶に残る情報を辿る。

「そいつの商会、もしかして『ケット・シー・トレーダー』って名前か?」

 何かを思い出した様子でガルドはオークの執事に聞いた。

「そうだ……何故知ってる……?」

 オークの執事はそう答える。

「国に来た行商の話で小耳に挟んだ。最近勢力を伸ばしてきて人獣の商人ギルドの実質的なトップと言う話だ……」

 ガルドは記憶を整理し、まとめるかのように言葉にした。そして。直様、次の質問をする。

「そういえばハイエルフ共の国『アルヘイム公国』から何かしらの指示はあったのか?」

「使いの者が来て人獣への侵攻への要請があった。もっと積極的に略奪に行けという話だ……。『ロストテクノロジー』だの『アーティファクト』や『神機』以外の奪った物は好きにしていいという……」

 オークの執事はよっぽど堪えたのか、ガルドの質問に従順に答え、詳しく話すようになっていた。

「……しかし妙な話だな。ハイエルフ共への本国への『上納金』が無いってのも……」

「……とりあえず、今回はここまでだ」

 入って来たロッシュがガルドに声をかける。

「相変わらずこういうのは苦手か?」

「……」

 尋問の後とは思えない程、ガルドは飄々としている。

「話せる事は話した!自由にしろ」

 オークの執事はそう叫んだ。

「そうだな。『自由』にさせるか」

 それに応えるようにガルドが呟く。

「さっき言った通り、頭と心臓は潰すな。気の済むまで殴っていいぞ」

 ガルドが女達にそう言うとその場を去っていく。

「やめろぉ!ワシが悪かった!ヤメロォ!グギャア!」

 地下牢に打撲する音とオークの悲鳴が響き渡る。




「コイツ……俺より食うな……」

 リキマルはルナの大食いぶりに驚き、呟く。

リキマルも身体が大きいので大量に食べる事を自覚していたが、ルナはリキマルが以前、テレビで見た大食いチャンピオンレベルだった。




「何者だ!?ここに何をしに来た?」

 砦の見張りの兵が現れた行商キャラバンを制止する。

「情報通りです……オークの砦は落ちました」

 黒豹型の人獣の執事が派手で豪華な馬車の中にいるジュリアに向かって話す。

「『ケット・シー・トレーダー』の行商だ。取引に来た。この砦の代表と話がしたい」

 執事は見張り向かって告げる。主以外には尊大で威圧的なようである。

「いいわ。アズリ、下がって」

 馬車の中から声が掛かるとアズリと呼ばれた黒豹型の女人獣の執事は一礼し、下がる。

「この度の戦いの勝利、まことにおめでとうございます」

 一際豪華な馬車から降りて来て、そう言ったのは

猫型の人獣の商人、ジュリアだ。

「ひいてはこの『ケット・シー・トレーダー』お祝いとして特別価格でサービスさせて頂きます。代表の方はおられますか?」

 執事のアズリとは違い、腰の低い態度だ。

「どうする?」

「……とりあえず、ロッシュさんとシルティア様に報告だ」

 応えた見張りの一人が砦の中へと報告に入って行く。


「行商……?」

 ロッシュは意外な報告に驚いた様子である。

「話に出た『ケット・シー・トレーダー』か……まさかこんなに早く嗅ぎつけるとはな……」

 ガルドはその情報網に感心した様子だ。

「しかし、物資は常に足りません。ここにある食料も保存が効かないものが多いとの事……」

 シルティアは行商と遭遇した事を僥倖だと捉えた様子だ。

「話だけでも聞いてみましょう。役に立つ薬もあるかもしれません。ロロも呼んでおいてください」

 シルティアは行商との取引の準備に入る。

「リキマル殿の事は秘密にしておきたい。姫と坊主共は話の席にいない方がいい」

 ガルドは得体の知れない行商に対して警戒も怠らない。

「周辺の哨戒や採取、砦の警護をお願いしてみましょう」

 シルティア達は得体の知れない行商と関わらせない為にリキマル達を砦から離すという手段をとる。


 砦の中庭。そこには行商と反乱軍の主だったメンバーが対峙するように並んでいる。

「始めまして。わたくし、ジュリア・レイディアと申します。以後、お見知り置きを。ご依頼頂ければ何でもご用意致します。勿論、人身売買は取り扱っておりませんが」

 ジュリアは改めてシルティア達に挨拶をする。

護衛の為か、執事のアズリともう一人、褐色の肌を持ち、ビキニアーマーから解りやすい豊満ながらも逞しい身体を持つ、ティグル以上の上背もある牛型の人獣の女戦士が傍らにいる。

「人身売買以外?この砦のオーク達には奴隷商を紹介していたのでは?」

 ガルドが腹を探る為なのか、いきなりから悪態をつくような発言をする。

「よくご存知で。流石です。ですが、我々は人身売買は扱っておりません」

 しかし、ジュリアはそれを軽くあしらい、更にその情報を得たことをお世辞の為か、称賛する。

「『情報』も商品ですので」

 ジュリアはそう言うと、毛皮で装飾された派手な扇子を開き、それで口元を隠す。

「とりあえず、先ずは商品をご覧ください。一流の品をサービス価格で提供致します」

 そしてジュリアはそう言い放つと部下の人獣達が荷馬車から荷物を降ろし、砦の中庭に広げる。

 そこには高価そうな装飾品や置物が並べられる。

「我々がいかなるものか、解ってるのか?」

 ロッシュの言うとうり、確かに反乱軍には実用性の無い物である。

「これは失礼。しかし、戦いの場といえど、彩りのあるもの、芸術を愛する心は必要かと」

 その傍らで、反乱軍の女達は綺羅びやかな装飾品に目を奪われている様子だ。

「御託はいい。必要なのは食料、装備や薬だ」

 ジュリアの言葉を否定し、ロッシュは今必要な物を求める。

「……相変わらず、無粋だな」

 ガルドは呆れたように呟く。

ケット・シー・トレーダーの商品は次々に荷馬車から降ろされ、広げられていくる。

「これは我々が作った最新の保存食です。味も良く、栄養価も高く、そして保存もしやすい。おすすめですよ?」

 ジュリアは商品を手に取り、宣伝を始めた。

「こちらはハイエルフの方達と同じ、オリハルコン製の装備になります。魔力伝導率が高く、魔法力増強や付呪装備に絶大な力を発揮します」

 次にジュリアは鎧兜、武器の紹介を始める。

「しかし、我々で魔法を使えるのは……」

 シルティアがそう言いかけた時、ロッシュがシルティアの口の前に遮るように手を添える。

 戦力等、ちょっとした事でも知られるのはまずいと思っての事だろう。

「顧客情報は必要以上に漏らしませんよ? お客様ですので」

 ジュリアは胡散臭くそう言った。

「ここにある薬草は取り扱ってる?」

 ロロは紙に書かれた薬草のリストを差し出す。

「全部ございます。特別価格でご提供いたしますよ?」

 ジュリアはリストに目を通すと笑顔でそう言った。

「マルルの花はいくら?」

「そうですね。この量でアルヘイム銅貨、三十枚といったところですかね?」

「マルルの花はこの辺りに自生してるわ……ぼったくりね……」

 ロロは鎌をかけたようだったがジュリアは

「ケット・シー・トレーダーのマルルの花は栽培による良質な物です。乾燥等の処置もしてこの量、十分妥当なお値段かと……」

「……やるわね」

 と、商人らしく言いくるめてしまう。

「リストにあるものが揃うなら頼んでおくわ」

 ロロはそう言うとその場から去っていく。

「しかし、欲しいものはあっても金はあるのか?」

 ガルドはシルティアやロッシュに資金の事を問うが

「現金が望ましいですが、何か相応の価値のあるものでも構いませんよ?……例えばその刀剣やそちらの方の腰の物とか……」

 ジュリアがすかさず話に入ってくる。

「俺の剣は渡せねぇな。ロッシュのはどうだ?」

 ガルドの言葉にロッシュは腰の短刀をジュリアに差し出す。

「……鑑定してみろ」

「それでは少し失礼して……」

 差し出された短刀をジュリアは丁寧に受け取ると鞘からゆっくりと引き抜く。まだ鞘から抜けきらぬ、少し刀身を見たところでジュリアは少し驚く。

「これは……『シリウス鋼』……」

「なるほど、『シリウス鋼』ね。ハイエルフ共は自分達が採掘権を保有する上質の金属、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトを三大金属とほざくがそれに匹敵する金属と言われる『シリウス鋼』……」

「この短刀一つで望まれる商品の半分は補えるかと……これをどこで?」

「……」

 ジュリアの質問にロッシュは口を閉ざす。

「そうでしょうね。お見事です」

 だが、不用意に喋らなかったロッシュをジュリアは多少なりとも評価した。

「しかし、それ程貴重な物なら、半分でなく全て補えるのでは無いか?」

「手間賃、管理費、その他諸々経費が掛かりますので」

 ガルドは多少なりとも値切ろうとしてか、そう言ってはみたがジュリアにあしらわれてしまう。

「ほほう、商人だ」

 ガルドはジュリアの商魂の逞しさに思わず感心する。

「さて、お嬢さん。コイツの鑑定は出来るか?」

 ガルドはルナより預かった神機をジュリアに見せる。

「!! ……それは……もしや……」

 ジュリアもそれがいかような物かは察したようだ。


 砦の中の一室。

ジュリアはテーブルに置かれた『神機』を前に、付呪の施された手袋を付け、ゆっくりと丁寧に封印の布を外していく。

「ガルド、いいのか?」

 ロッシュは惜しげも無く、秘宝たる神機をジュリアに鑑定させるガルドに疑問を抱き、問う。

「神機を持ってる事は既にバレてる。それに、アレは絶大な力を秘めるも、何をするための道具かは王も王妃も解らぬ様子だったからな……」

「これは……」

 ジュリアは封印を少し外したところで驚く。

付けていた魔導器の眼鏡に表示される文字が異常を起こしている。

エラーのメッセージと警告音が響く。

そして眼鏡は煙をあげ、レンズにひびが入る。

「これは……間違いなく……本物ですね……」

 そう言ったジュリアは慎重に再び封印を戻し、替えの眼鏡を着ける。

「その眼鏡、弁償せねばなるまい?幾らだ?」

「いえ、これは私の責任ですので結構です」

 ロッシュがジュリアを気遣ってか、それとも商人としての恐ろしさを知ってか、弁償の話をするが意外にもそれをジュリアは断った。

「最も、そちらに払える金額では無い。その神機と交換なら別だが」

 執事のアズリが威圧的な態度でそう言った。

「神機はその程度の物じゃ無いわ。この神機一つでハイエルフならアルヘイムの元老院の議席が貰える程の価値があるとも言われますもの」

 ジュリアはアズリを制止するようにそう言った。

「それにしても、この眼鏡、いいでしょう?お安くしておきますよ?」

「確かに鑑定能力があれば便利ですね」

 シルティアはジュリアが着けている魔導器の眼鏡に興味を示す。

「それがどうやってくっついてるのかが気になる」

ガルドはずっと気になっていた疑問を口にする。

眼鏡といっても人間のもののように耳にかける部分が無いのだ。

「魔導器なので魔力でくっついておりまーーーす!大きく動いても外れる事はありませんよ!」

 ビジネスチャンスと捉えたのか、ジュリアの声のトーンが上がる。

「ほら、こんな風に!」

 ジュリアは派手に動いて、その眼鏡が外れない事をアピールする。

「ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら!」

 ジュリアは更に、どこかで見たことのある様なロールダンスを披露する。


「さて、色々とお買い上げ頂けたので、ここで一つ、耳寄り情報を……」

 ある程度、商談はまとまったが、ジュリアは更にもうひと押しするようだ。

「北北東の地に子爵の館があります。そこでは人獣の人身売買が行われてるとか……」

「!」

 その言葉に皆が驚く。

次の攻撃目標が決まったと言っていい。

「荘厳華麗な館でありますが警備は厳重です。ハイエルフだけでなく、ウッドエルフもいるとか……」

 ジュリアは惜しげもも無く、知り得る事を話す。

「子爵ですからね。ハイエルフ以外の亜人でも慣れるといわれる男爵とはその権力、能力は桁違いです……」

 しかし、シルティアは子爵に対し、慎重な様子だ。


 ハイエルフの国、アルヘイムではハイエルフ以外の亜人でも爵位を受け、貴族になる事ができる。

 だが他種族は一番下の男爵まで。そして権限も待遇も子爵からは段違いである。


「ウッドエルフがいると厳しいな……弓の腕や探知能力は正面からぶつかるには危険過ぎる」

 ガルドも子爵の館の攻略には慎重だ。

「防御用の魔導機結界も展開されていますし……、潜入はいかがでしょう?ダークエルフの奴隷商に変装していくのが良いかと。必要な物は特別価格で提供致しますよ?」

 ジュリアは商売の為であろうか、提案をする。

「まんまと乗せられてる気もするがな……」

 ガルドはジュリアの話には興味を示してはいるが同時に疑問も抱く。

「しかし、この話、乗りましょう。人獣の同胞が売買されてる事は見過ごせませんし、いずれはハイエルフの貴族達とも戦うのですから」

 シルティアは勝算があるなら乗るといった様子だ。まだ少女とはいえ、リーダーらしく思い切りのいい決断だ。

「しかし、それは客の情報では無いのか?」

 ガルドは子爵に詳しい様子のジュリアに疑問をぶつける。

「骨董品や貴重品、嗜好品の蒐集もされているようですが……あちらの子爵様とは取引しておりません。お客様ではありませんので……」

 ジュリアはすました顔であっさり答える。

「なるほど……商売敵も潰せるって魂胆か……」

 ガルドはジュリアの強かさに改めて関心する。

「フフ……商人に変装なさるのは貴方がよろしいかもしれませんね……」

 ジュリアは微笑みながらそう言った。




 砦の裏山の山中。

「ひでぇ臭いだ……。オーク共の死骸だけじゃねぇ……糞も混じってる……」

 ラトは反乱軍の人蛇の薬師の少女、ロロと共にそこにいた。

 反乱軍の仲間と共に荷車でオーク達の死骸を運んでいる。

ラトは覆面で顔下半分を覆っていてもその臭いにむせ返る。それくらい酷い臭いだ。

「助けられなかった人達の遺体は埋葬したけど、オーク共の死骸は好きにさせて貰うわ」

「コイツは……」

 ロロの目先にある大穴には大量のオークの死骸がある。それらは糞尿と混ぜられていた。

「うぷっ……何やってんだよコレ……」

「『錬金術』ね。こっちが本業よ」

 ロロは反乱軍の薬師でもあるが本来は錬金術士であった。

「手早くね。長居すると病にかかるわ」

 そう言うとラトや仲間達は急ぎ、オークの死骸をその穴へと落とす。

「こういう力仕事はあの虎のあんちゃんやリキマルの大将の方がいいと思うんだが?」

 オークの身体はオーガ程ではないが大きく重い。ラトは何故、自分がこの肉体労働にあてがわれたか納得がいかない様子だ。

「ティグルは不器用でバカだから下手やって病気になって仕事増やすのよ。あの獣頭の彼もこのやり方は知ってるとは思えないし。キミは暇そうにしてたから」

 本来はラトもロッシュから哨戒を言い渡されていたが、

昨日の疲れからか、そしていつの間にか反乱軍のメンバー扱いが気に入らないのか、サボっているところをロロに釣れて来られたのだ。

「お前も手伝えよ……」

「か弱い乙女なんていうつもりは無いけど、私、力仕事は向かないから」

 人蛇は戦闘、魔力に優れるものは少なくは無い。しかしロロはあくまで薬師なのである。

 だが、握力や身体で締め付ける力は信じられないくらい強い。

「……平面胸……」

「……何か言った?」

「……いや……」

 ラトは合わない力仕事に不満から小さな声だが嫌味を言った。


「よし、いいわ。さっさと戻りましょ。あと、此処へは不要な立ち入りは禁止ね」

そして一行は急ぎ、その場を離れる。

距離を置き、異臭が薄れかかった所に差し掛かると

頭部をガスマスクのような物で覆った者達が現れた。

「シュゴォーーーーー……」

「なんだ?コイツ?」

 ラトを始め、一同は足を止める。

「猫商人の人、よくここがわかったね」

 ロロはそのガスマスク達が服装からジュリアとアズリと解った。

「あまり来るのは気が進みませんでしたが……ビジネスの為ですので……」

 マスクを着けてるせいで、曇った声だが聞き取れる声でジュリアは言った。

「私なら説き伏せるのが簡単だと?」

「とんでもございません。貴方は優秀な錬金術師様と観ました」

 ロロはまた何か押し売りにでも来たのかと言わんばかりだったが、ジュリアの言葉からただ闇雲に押し売りという訳では無さそうというのを察した様子だ。

「硝石丘……なるほど……しかし木炭はともかく、硫黄はリストにありませんでしたね?宛があるという事ですか?」

「………」

 あまり感情を表に出さないロロだがこの時は

『しまった』や『してやられた』

といった雰囲気を出している。

「しかし、錬成促進剤があれば硝石は半年、いや、上質のものなら数日で採取できますよ?」

「まさか……あるの?」

「流石に高価なので今は生憎、今はこれだけしか」

 アズリは持っていたケースから幾つかの小瓶を出す。

それを受け取ったジュリアはそれらをロロに渡す。

「お近づきの印にどうぞ。『一回分』にはなりますよ?」

 全てを見透かしてるようなジュリアの言葉。

「オークから作られたものは毒性が強いですから効果的ですものね」

 ジュリアも商売柄、錬金術の心得や知識はある様子である。

「何を企んでるの?」

「商売ですよ」 

 ロロの質問にジュリアは即答する。

「本来なら豊胸に効く水薬をお渡ししたかったのですが持ち合わせが無くて……」

 ロロに対しての嫌味か冗談なのか、ジュリアはそう一言添える。

「別に気にはして無いけど……あんまり嫌味ったらしくしつこく言うと尻から手を突っ込んで脳みそかきまわすわよ?」

 ロロが言い放った言葉はジュリアの人を喰った態度や嫌味が気に触ったのか、いつもどおり淡々とした口調ながらも言葉からは怒りがはっきりとわかる。

そのロロの言葉にアズリは身構えるが即座にジュリアが制止し、

「失礼しました。おおこわいこわい……」

 と謝罪するも、やはりどこか人を喰った態度である。

ロロ達は気に入らない猫商人達を後にする。

「ちょっと、そこの僕ちゃん」

 しかし最後尾にいたラトをジュリアが呼び止める。

「お姉さんと少しお話、していただけるかしら?」

 ジュリアはマスクを外し、顔を見せる。

「ここはまだ臭いがあります。場所を変えられては?」

 アズリはジュリアにそう告げる。

「そうね。興味があるならおいでなさい。悪いようにはしないから」




 人気の無い、砦から離れた場所にて。

「で、何だよ話っての……おわっ!?」

 アズリはラトに向かって消臭スプレーを浴びせる。

「汚物は消毒!」

 アズリはそう叫びながら大量に消臭スプレーをばら撒く。

「もういいわよアズリ……臭いはしなくなったから……」

 ジュリアは消臭剤をばら撒くアズリを止める。

「……本当だ……すげぇなオバサン……」

 臭いが消えた事にラトは驚く。

「『お姉さん』ね?商談には言葉選びも必要よ?」

 ジュリアは強い口調でラトに釘を刺すように強く言った。

「で、何だよ。消臭剤でも売りつけるのか?」

「いえ、今回は私は買う方ね」

 ジュリアは愛用の派手な扇子を広げる。

「ボクちゃんは反乱軍のメンバーみたいだけど、何で反乱軍に入ったのかしら? 親兄弟の仇討ち? それとも正義の志から?」

「そんなんじゃねぇよ。いつの間にか反乱軍に入れられてた」

 ラトは桁外れの強さと面白そうなので何かしら儲け話が期待できるのではといった経緯からリキマル、ガルド、ルナについて来たのだ。可能性は想定してたかもしれないが元より義勇兵として反乱軍に参加するつもりは無かった。

「いつ何時からかしら?」

 ジュリアは更に詳しく聞く。

「オーク砦を落とした時からだ。元よりガルドのダンナやルナの姉御はそのつもりだったみたいだが……」

「……なるほど……」

 ジュリアのこの言葉からラトは何かを感じ取る。

(しまった!このオバン、俺から情報聞き出そうとしてやがるのか?!ベラベラとしゃべっちまった!)

 ラトは情報を聞き出されてる事を悟った。ロロの態度からこのジュリアは信用でいるとは言い難い。

「それまでには何を?ルナ様とは一体?」

「その情報にいくら払う?」

ジュリアの質問にラトはこう返した。

「質問に質問で返すな!どこでそんな対応を教わった!?」

 ラトの態度にアズリが威圧する態度をとるが

「アズリ、下がって」

「はい、申し訳ありません」

 ジュリアは叱責するような言葉の強さでアズリを制止する。

「『情報は商品』。よく気づいたわね。なかなか見込みのありそうな子。どう?ウチに来ない?」

 ジュリアは情報を聞き出されてる事に気付いたラトを称賛し、勧誘する。

「それよりオーク砦の前の話だ。何が知りたい?いくら出す?」

「この周辺と地理は把握してるわ。時折、『霊羊の里』へも出入りしてるから無理に話さなくてもいいのだけれど?」

 しかしながらやはりジュリアの方が一枚上手だ。

「霊羊の里で戦いがあった。ハイエルフの女が率いるオーガとオークの部隊だった。ハイエルフの女含め、全員倒されたがな」

 言い値は無理だと悟ったラトは見た事を話す。だがリキマルの事は伏せておいた。

「オーク、そしてあのオーガを……?」

「……あのガルドという戦士ならばそれも可能かと……」

 戦士として心得のありそうなアズリは驚くジュリアにそう進言する。

「ルナ……確か、月の王国、月狼の民の姫様が確かそんな名前だったような……」

 ジュリアはラトの言った事を整理しながらそう呟く。

「……で、結局、いい情報は得られたのかよ?」

 不用意な発言があった事も後悔してるのか、やや気は沈みがちだがジュリアが知った情報の価値が気になる様子だ。

「そうね、情報は商品であり、正確かつ、早ければ早いほど良いわ。アズリ」

 そう言うとジュリアは指をパチンと鳴らす。

するとアズリはケースからナイフを取り出した。

シンプルな作りで小さいが何かしらの力を感じる。

「これはミスリル製のナイフよ。でもその真価は武器でなく、その付呪された能力、魔導機アーティファクトとしての能力」

 するとアズリは南京錠を取り出す。この南京錠も魔力の込められた専用の鍵でしか開かない魔導機だ。

 だがアズリはその南京錠の鍵穴にそのナイフを差し込む。するとナイフの刃は変形し、その鍵を開ける。

「これで大抵の魔導機の鍵は開くわ。私達は『マギアピック』と呼んでるのだけれど」

 ジュリアの説明の後、アズリはそのマギアピックをラトに渡す。

「いいのかよ?こんな凄い物を……そもそもタダで聞き出せた話なんじゃ……」

 強かそうなジュリアに対し、ラトは自分の話した事がこの過大な報酬がむしろ疑問であった。

「元より、タダで手に切れようとは思ってないわ。それにタダより高い物は無い事も覚えておくといいわ」

 ジュリアは商人で利益を最優先とするが、その為なら出し渋りはしないといった様子である。

「でも情報としては割に合わなくないか?」

 だが、ラトはこの過大な評価にむしろ疑問を抱く。

「それは君への先行投資でもある。どれだけの付き合いになるかは君次第だ」

 アズリの言い方は期待でもあるが警告でもあるといった感じであった。だが、ジュリアの意図もそうなのだろう。

「さて、何か他には無いかしら?何かとびきりのがあるんじゃない?」

 ジュリアは見透かしてるのか、鎌を掛けたのか、そうラトに問う。

「……一生遊んで暮らさせてくれるか?」

「残念ね。お話はこれまで」

 ラトの言葉にジュリアは少し残念な様子でそう言った。

「流石に無理か」

 ラトは苦笑いしながらそう言う。

「それだけに値する確証が無いもの」

「そうか、だがコイツはありがたく貰ってくぞ。じゃあな」

 ラトはそう言うとジュリア達の前から去っていく。

「チーフ、やはり見込み違いでは?」

「アズリ、貴方、何かと器用にこなすけど商才や人を見る目は無いわね」

「……」

 ジュリアの言葉にアズリは言葉を失う。

「話を切るために無理難題や過大な要求をしてきたのだとすると……あの子、末恐ろしいわね……。つまりはそれ相応の秘密がまだあるという事……」

 ラトの意図は不明だがジュリアはそう評価した。




「退屈な任務だぜ。偵察の敵すら居ねぇ」

 砦の周辺の見回りを指示されたリキマル、ルナ、ティグルだったか暇そうなティグルは不満を漏らす。

「敵と遭わないってのはいい事だ。今は安全だ」

 リキマルはティグルに対してそう告げる。

「なんだよ。そんななりして意外とビビりか?」

 だがティグルが返した言葉は一瞬たりと剣を交えた遺恨もあるのか、リキマルを挑発するようでもある。

「貴様!リキマル殿の強さを知らぬからそんな事が言えるのだ!リキマル殿の『獣神ロアルプス』の如き強さを!」

 リキマルを侮辱した事に腹が立ったのか、ルナがティグルに噛みつくように物申す。

「コイツが獣神?まさか?多少デカイくらいじゃねぇか。オーガの方がデカイぜ」

 ティグルがいきり立った自信満々の様子でリキマルを評する。

「お前は戦う時は怖くないのか?」

 いきり立ってるティグルにリキマルが問う。

「当たり前だ!戦士は戦いを楽しむものだ!」

 ティグルは威勢よくそう言い放つ。

「恐れを知らぬとは豪気だな。たいしたものだ」

 ルナはそんなティグルを戦士としてそう評するが

「しかし、ガルドは『恐れを知らぬは蛮勇』でしかないとも言っていた……」

 と、ガルドの言葉を思い出し、口にする。

「あのおっさんもロッシュみたいな事を言うんだな……」

 

「ただ強い相手に向かって行くだけではそれは強さや勇気では無い。ノミと一緒だって話があったな」

 ガルドは前の世界で犬をやってた時、以前、多摩緒がアニメ、漫画の有名な台詞でそういうのがあるというの言っておたのを思い出していた。

「ノミか。小虫と同等という訳か……」

「ノミはいるのか……」

 ルナの言葉にこの世界にもノミがいることを察するリキマル。

「小さくて血を吸う虫か?」

「そうだ」

 確信の為にリキマルはルナに聞いてみた。

「ノミと一緒にすんなよ!」

 ティグルはもちろんノミと例えられるのが気に入らない。

「だがノミとて、相手が大きかろうが挑まねば糧を得られぬ……」

 ルナの言葉にリキマルは共感する。

地下闘技場にいた頃がまさにそうだった。相手が自分よりも強大であろうが、戦う事を強要された。

「恐怖を我が物とすること。それが勇気だという」

 リキマルが言ったこれも斑目多摩緒が言っていた有名な漫画、アニメの言葉で受け売りだ。

「まさかお前ら、戦う時は怖いってのか?」

「当然だ」

「当然だ」

 ティグルの問にリキマルとルナは同時に答える。


「あれは、反乱軍の仲間の人鳥ではないか?」

 ルナが上空を飛行する姿を見つける。

「リットだな。何やら霊羊の里への伝令に行ったって話だが戻って来たのか」

 ティグルがリットと呼んだ人鳥の女性は伝令から戻って来た様子である。

「ありゃなんだ?でっかいヤギ……」

 リキマルはその人の下を追うように歩く、大きい山羊みたいな動物が目に留まった。

「ギアルダだな。乗ってるのは霊羊の男と子供だ」

 ティグルの目にも留まり、その姿の説明をする。

「リキマル殿、そのヤギというのは……?」

「ギアルダの小さいのだ」

 リキマルはルナの説明にそう答える。

彼なりに徐々にこの世界に適応し始めたのだろう。

「あれはメルと入口の青年ではないか」

 ルナの言った通り、ギアルダと呼ばれる大型の山羊のような生物に乗っていたのはメルと霊羊の里の入口にいた青年である。

「リキマルさーん!ルナさーん!」

入口の青年がギアルダを操りながら大きく手を振り、叫ぶ。

「人鳥の方が村まで伝えに来てくれました!書状を読んだらメルが行きたがったもので……リットさんが案内してくれるというで来てしまいました」

 入口の青年は経緯を笑顔で話した。

「そうか、村には文字を読めるものがいたのか。良かった」

 ルナもそう言うと思わず笑顔になる。

「村長にエイナさん、そして僕が読めます。ババ様も目を悪くする前は読めました」

「頭いいんだな……お前ら……」

 ティグルは霊羊の者に関心する。彼も文字は苦手なようだ。

「エイナというのは?」

「メルのお母さんの名前ですよ。? どうしたメル」

 ルナの質問に入口の青年は答えるが、メルの様子が気になったようだ。

 何故かメルはうつむき、下を向いている。

「ごめんなさい……待ってるって言ったのに来ちゃった……」

「ハハッ!気にすんな。よく来てくれたな。まぁ元気とは言えねぇが母ちゃん待ってるからよ」

 リキマルはそう言うとメルの頭を軽く撫でる。

「砦はすぐそこだ。待ちきれんなら俺がすぐ飛んで連れて行ってやる」

 リキマルはそう言うとメルを肩車する。

「しっかり捕まってな!」

 リキマルがそう言うとメルは言われた通りリキマルの頭にしがみつく。

「犬、ジャンプ!」

 そう叫ぶとリキマルは大きく跳躍し、飛び上がった。

「!!?」

 それはメル達を案内した人鳥と同じ高さまで達し、人鳥は驚く。

「何もんだよアイツ……」

砦の方へ飛んでいくリキマルを見つめ、ティグルはそう呟く。


 砦にて。

「完全に信用は出来んがいい取引はできたかもしれんな」

 ガルドはジュリアとの取引をそう捉えた。

「とにかく今、利用できるものは何でも利用しましょう。 今後の物資供給の要になる相手かもしれません」

 シルティアもジュリアとの取引には前向きな様子である。

「……」

 ロッシュも言葉は発さないが異論は無い様子である。

「……何奴!?」

 砦にて警備をしていた忍者のような灰色の毛並みの人獣、アッシュが上空から迫る者の気配を感じ取る。

そしてそれは、砦の中へと降り立つ。

 その衝撃から砦の者たちは一斉に身構える。だが

「リキマル殿?それにメルも…」

 ガルドが降り立ったのがリキマルと気付く。

ガルドの言葉に砦の者たちは警戒を緩めた。

「メルの母ちゃんいるか?」

 降り立ったリキマルはそう言った。

「……連れてこよう」

 ロッシュはそう言うと砦の中へと入って行く。

「待ってな……すぐ母ちゃん来るからよ」

 リキマルはメルに目線を合わすように屈むとそう言った。

「怖かったか?」

 リキマルはメルを担いで高く飛び上がった時の事を聞く。

「ううん、凄く楽しかったよ」

 メルは子供らしく喜んだようだ。

 

「彼女でいいのだろ?」

 しばらくして、ロッシュが全身を覆うローブに身を包んだメルの母親を連れてくる。

「どうした?メルのとこへ行ってやらないのか?」

 メルの母親の様子が気になったガルドの言葉にメルの母親は口を開く。

「……私はオーク達に何度も……そんな穢れた私があの子の側にいる資格は……」

 どうもメルの母親はメルの所へ行くのを躊躇っている様子だ。

「行ってやりなよ。アイツにとっちゃ母親はあんた一人だけなんだからよ」

 ラトが後ろから現れ、メルの母親にそう告げる。

メルの母親はその言葉に感化されたのか、再びメルの方を向く。

「メル!」

メルの母親、ライナはそう叫び、メルの元へ駆け寄る。

「ママァーーーーー!」

メルも感極まったのか、そう泣き叫びながら母親の元へ駆け寄り、抱きついた。

リキマルは後ろへ下がりながらその姿を見つめる。

(母親か……俺は母親を知らん……)

だが、リキマルにらその大切さはなんとなく解る。両親を失った光、そして息子夫婦を失った光の祖母の悲しみを知ってるからだ。

 するとルナとティグルが砦に到着した。

「はぁ……はぁ……リキマル殿、なんという跳躍力……」

全速力で来たルナは息を切らしている。

「ゼェ……ゼェ……俺の方が速かったぜ……」

ティグルも走って来たが彼は競争のつもりだったらしい。

「メル……母親と逢えたのだな。良かった……」

 そして親子の再開を目にしたルナはその姿に思わず感動したのか、目に涙を浮かべる。

「……泣いてねぇ!俺は泣いてねぇぞ!」

 ティグルも貰い泣きしたのか、顔を上に上げてそう叫んだ。




 砦を離れ、次の目的地へ移動するジュリアの行商団

『ケット・シー・トレーダー』

その中央を走る一際豪華な装飾の馬車にて。

「チーフ、砦の方で何かあったようですが」

 アズリは感じた異変を馬車の中のジュリアに報告する。

「捨て置きなさい。今戻ったら怪しまれるわ。それに、次の『お客様』を待たせる訳には行かないわ」

 ジュリアはそう判断する。

「まだまだ秘密はあるって訳ね」

 そう呟くジュリアも何かしら感じ取った様子である。




 日の暮れた朽ちた遺跡。その中には巨大な魔法陣の模様の描かれた円状の台がある。その中心に、大型の魔導機により形成された『転移門』があった。魔力消費が激しいので今は作動していない。

その転移門の傍らにはそれから転移してきたのか、ハイエルフの将軍、ブリザイアとその補佐官の騎士である側近の姿があった。

「ブリザイア様を待たせるとは……あの雌猫……」

「構わぬ。我らが速く来過ぎたのだ」

 二人の会話からこの場所で何らかの待ちあわせがあるのだろう。

 木陰で物音がする。

「何者!?」

 側近のハイエルフの騎士が身構える。

「ヒィ!?」

 悲鳴をあげたそこには半裸の人獣の青年の姿があった。何処から命からがら逃げてきたという感じだ。

「もしや、ヴィッティの館から逃れて来たのか……?」

 ブリザイアは何かしら察した様子だ。

「ヴィッティ子爵の……!?捕らえねば……」

 ブリザイアの側近は少し慌てた様子だが

「捨て置け。此処は我らの管轄では無い。だが……」

 冷静な姿勢を崩さずにそう言うとブリザイアは青年に向けて手をかざす。

「此処ででお前は何も見ていない。そして、この場には近づくな。いいな?」

「………」

 ブリザイアは精神操作の魔法を使った。簡易な物であっても無詠唱で距離もある位置からなので彼女の魔法力は凄まじいのだと感じる。

 青年はふらふらと歩き、その場から離れていった。

「ケモノごときに甘すぎませんか?」

 側近の騎士は納刀し、ブリザイアにそう問う。

「我らは公にはこの場にいない事になっている。血を流すのも子爵に貸しを作るのも自重せねばならぬ」

 ブリザイアのこの行動も慈悲ではないようだ。『氷の魔女』の異名を持つ彼女は得意かつ使い手が希少な氷の魔法の使い手でもあり、その性格は冷徹冷酷と評される。故に勝つためにはラディウスとは別の意味でありとあらゆる手段を用いる。氷の魔女の異名はそこからである。現に彼女は凛とした表情を崩す事は無い。

「流石はアルヘイムでも名だたるブリザイア様。自らおいでになられるとは光栄にございます」

 その声と共にジュリアが護衛の執事と戦士を連れて現れた。

「この度はリザドリアの制圧、まことにおめでとうございます。心より祝福を……」

「世辞はいい。観た事を教えろ」

 ジュリアの挨拶の言葉を断ち切るようにそう言うとブリザイアは空中に現れた魔法陣から金貨の入った袋を取り出し、それをジュリアに手渡す。

「反乱軍の構成は?」

「大切なお客様になる可能性がありますのであまりお話する事はできませんが……」

 そのジュリアの言葉に不快感からか剣に手をかけた側近を制止するとジュリアは更に金貨の袋を更に取り出した。

「多種多様の人獣の方々で構成されております。オークの砦を落とすには充分かと」

 現金を受け取るとジュリアは見たことを話すが

「それだけか?そんな情報、戦場を知らぬ首都の貴族共でも知ってるぞ」

 ブリザイアは皮肉で返す。

「優秀な錬金術師に魔法の心得のある方がおられるといったところでしょうか?ご愛顧頂けそうです」

 ロロとシルティアのことであろうが、ジュリアにも曲りなりに商人としての責務なのか矜持があるのか、詳細は臥せる。

「反乱軍の指揮を取ってるのは誰だ?」

「さあ?そこまでは解りかねます」

 ジュリアはとぼけるようにも思える返事だったが実際、反乱軍は誰がリーダーかは話していない。

「私見で良い。お前の推測で構わん。話せ」

 ブリザイアは不確かであっても情報を求める。

「それでは私の独断と偏見で。実質的に指揮の要となってるのはナイスミドルの御二方かと。黒い毛並みと白い毛並みの御二方。不確かでありますがあの雰囲気、恐らくは『黒狼』『白狼』の方々では無いでしょうか?」

 ジュリアは言われた通り、己の私見ながら考察を話す。

「アルヘイムの黒歴史だな。『三飢狼』(さんがろう)。数十年前、記憶にも新しく、当時の連中には相当辛酸を舐めさせられたと聴く。アルヘイムが賞金首として名を記している。ガルド、ロッシュ、エナ。で、粗奴らの名は一致したのか?」

「そこまでは存じません」

 ジュリアは本当に知らないのか、それともまだ出し渋って惚けているのかそう答える。

「いくらかすめ取るつもりだ?! 雌猫!」

 ジュリアの回答に側近が激昂し、威圧するが

「請求致しません。そもそも顧客情報ですのでこれ以上は」

 と、ジュリアはあしらう。護衛の牛型の女戦士は視線を側近へと向けるが動きはしない。しかし執事は身構えていた。

「構わん。しかし、粗奴らが『三飢狼』ならばラディウスの手には負えぬな」

 ブリザイアは怒りを表す側近を制止しつつ、状況を整理、分析する。

「では我々が?」

 側近は反乱軍と戦うのかをブリザイアに問う。

「いや、ラディウスや本国の命令がない限りは静観する。本物の『三飢狼』なら容易くはない」

 ブリザイアは優秀故にラディウスのようにむやみに侵略はしない。反乱軍に対しても情報はまだ足りないので命令があるまでは動かないといった様子だ。

「消息を経った部隊の情報はあるか?」

 更にブリザイアは淡々と次の情報をジュリアに聞く。

「ハイエルフの方の隊長が仕切るオーガ、オークの混成の部隊が殲滅されたとの情報があります」

 ジュリアはラトから聞き出した情報を話す。

「間違いない。パトリシアの部隊だ」

 その報告でブリザイアは何があったかを察した。

「……っな!?末席とはいえローゼンスカーレット家の令嬢ではありませんか……」

 側近の騎士は思わずそう叫ぶように言った。

「大公家の令嬢の死ならば本国にて直接メイガス大公に報告せねばならん」

 ブリザイアは動揺する側近の騎士にそう言うとジュリアの方を向き

「ご苦労だった。火急の用故、ここから直接本国へと戻る。『転移門』はこのまま『返却』する」

 と言うと転移門へと歩いていく。


 長距離間を移動する転移門はそれだけ強力な魔力を必要とする。ジュリア達が所有する更に希少な『携行型』といえ例外では無い。魔力装置の生きている遺跡と接続する事によって利用が可能なのだ。


「ご利用ありがとうございます。またのご依頼、お待ちしております」

 転移門へ入るブリザイア達を見送るとジュリアの配下達は直ちに転移門の回収にかかる。

「さぁて、どれだけ稼がせてもらえるかしら?」

 ジュリアは愛用の扇子を口元に当て、そう呟く。




 何処から逃げてきたであろう半裸の青年は砦にて保護されていた。

 青年は手当を受け、水を飲み、落ち着きを取り戻す。

「貴方は……何処から逃げてきたのですか?……一体、何があったというのです」

 落ち着きを取り戻してきた青年にシルティアはゆっくりと話しかける。

「俺は村が襲われた後、奴隷として捕まった。……そして……ハイエルフの子爵に売られた……」

 青年はまだ少し怯えながらも語り始める。

「……その子爵とは……?」

 シルティアは更に詳しく聞く。

「耐えられない……恐ろしい奴だった……少しでも気に入らないと魔法でそれは無惨に……隙を見て必死に抜け出してきた……」

 青年は震えながら館での恐怖を語った。

「子爵……やはりそのクラスになると魔法力は桁違いなようですね……」

 魔術の心得のあるシルティアは子爵の実力を危険視する。


 ハイエルフは元より魔法に優れた種族である。貴族社会でもあるが実力社会でもあり、血統が優秀な子爵以上のハイエルフの魔法力はハイエルフの兵とは桁が違う。


「どうやって逃げたのだ?」

 ガルドは青年が以下用にして逃げおおせたのか問う。

「館は守護結界があって侵入者を拒む。だけど門は商人達を入れる際、出入り口となるから結界が開く。出ていく商人の積荷に紛れ込んだんだ……。途中で荷馬車から降りて……必死に逃げて来た……」

 青年は命からがら逃げてきた事を話す。

「警備の兵の規模は?」

 ロッシュは青年に問う。

「武装したハイエルフと……多分、弓を持っていたから『ウッドエルフ』かもしれない……」

「『ウッドエルフ』か……流石に子爵となるとそれも可能性がある。迂闊に近づけんぞ」

 ガルドは青年が話したウッドエルフについての危険性を危惧する。


ウッドエルフは亜人の同盟『ヒューム・アライアンス』の一角である。大陸の大規模な森林地帯に領土を持ち、小規模ながらもその実力は認められており、実質的な同盟の主導者のハイエルフに次ぐ権限を持っているとも言われる。

 しかしながら領土の守護を第一とする為、侵略行為に関しては消極的であった。何らかの形でハイエルフの守備任務には応じているようだ。

 

「連中の射程距離は我々の比ではない。間違いないなく弓の技術においては最強の種族だ」

 ロッシュもウッドエルフについての驚異を話した。

「それに魔導結界による防御もあります。やはり潜入が得策かと……」

「そうだな。見た目の良い若い衆を数人集めてくれ」

「?」

ガルドの言葉にシルティアは不思議そうな顔をする。

「このあんちゃんから察すると子爵ってのは美男子好みって事だ。高価な骨董品、装身具、雑貨のは無理だろう。商人に化けるならそれらしい商品が必要だからな」

 ガルドらしく察しのいい意見だった。

「それならリキマル様にもご協力をお願いしてもよいですか?『珍獣』の一匹くらいは商品としてあればよりらしくなると思います」

 シルティアも彼女なりに案を出す。

「『珍獣』て……。『獣神』の化身みたいな方だぞ……」

 シルティアの言葉にツッコミを入れるも、『珍獣』という言葉もガルドは完全に否定はできなかった。

 今のリキマルはこの世界では異質の存在であるからだ。


 


 常に動く両陣営の事情。暗躍する商人。

圧倒的物量とパワーで優勢は崩れる事の無い亜人連合側であるが、リキマルという特異点、組織や勢力の様々な介入によって大きく戦況を変える歪みは起こるのであろうか?










 長々とお付き合い頂きありがとうございます。

子爵戦後、一区切りつきそうです。

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