「犬と呼ばれた魔獣」
習作で犬も飼った事の無い奴の書き物です。
ガチケモナーさんとの内輪ネタから出てきたものです。
転生前のヒロイン?の名前は「光」(あきら)か「命」(みこと)で悩んだため、修正出来てない所があると思います。
そこは血の臭いで満たされていた。
薄暗く、そしてむせ返るような空気。
物心ついたとき、意識があるときからそこにいた。
そして、殺し合いをさせらていた。
何も解らぬまま、耳障りな観衆の声が響く。
目の前には獰猛な生き物。
だがこれだけは解った。
殺さなければ殺される。
相手を殺し、生き延びればその日の糧にありつける。
そんな日々が何日も何年も続いた。
だがそんな日常も突然終わりを告げる。
いつも通り、殺し合いを始める。
強固な檻の中でその時を待つ。
相手は種類こそ違うが同じ「犬」が多いが
時に別の猛獣とも殺し合いをさせられる。
だが「彼」は特別に作られた個体。
傷を負いながらもその過酷な戦いを数年生き抜いてきた。
やがて周囲に耳障りな歓声が上がる。いつも通りだ。
そこは地下の違法闘犬会場。
ある者は一攫千金の為、ある者は散財の娯楽の為にここにいる。
そして檻の扉が開けられた。
「彼」はいつも通りゆっくりとそこから出る。
汚れた白と蒼黒い毛並みの、犬と呼ぶにはあまりに大きい。
躰の数カ所に歴戦の証である傷が見え、そして目のあった者を凍てつかせる鋭い眼光。
まさに『魔獣』といった出で立ちである。
その魔獣の目の前には己の何倍もの体を持つ猛獣がいた。
そして場内にアナウンスが入る。
「さて、本日、人の作りし最強の『魔獣』が対峙するは何人もの人を喰らった殺人熊、特別に捕獲して参りました!」
そう、最強の猛獣と言われる熊だ。元々獰猛な上に飢餓と薬物で更に凶暴化している。涎を垂らし、周囲を見回している。そしてその熊は目の前の獲物へ視線を向けた。
「さぁ、魔獣の武運もここまでか!?いざ、この死闘をお楽しみください!」
そのアナウンスと共に熊は目の前の獲物へ襲いかかる。巨体とは裏腹にその攻撃速度はかなり速く、避けられる生物は皆無だろう。
だが、その『魔獣』は避けた。
熊の背後に立つと同時に熊の脇腹の肉は抉れていた。
回避と同時に『魔獣』はこの熊の肉を食い千切っていたのだ。
たが、熊は怯む事も無く瞬く間に次の攻撃を繰り出す。だが魔獣はその攻撃を紙一重で躱し、熊の肉を抉り続けた。
次第に熊の体毛や地面が熊の血で染まる。
流石にこのこの凶暴化した人食い熊の攻撃は完全に避けきれなかっのか、魔狼も傷を負っている。
だが、息一つ切らさない魔狼に対して、熊はかなり消耗していた。
熊と狼、もしくは訓練された犬
その戦闘力は説明するまでもなく圧倒的に熊の方が上だ。
だが、熊にも弱点はある。動きこそ素早いが、巨体故に小回りが効かない。
主人を熊から守るため、この特性を活かして熊を撃退した犬がいたという実話もある。
この魔狼と呼ばれた彼はその特性を最大限に活かしたのだ。
熊は呼吸を乱し、息も絶え絶えで徐々に動きも鈍くなっていく。
そしてとどめを刺すかのように熊の首が抉れた。
血が吹き出し、熊は血溜まりの上に倒れた。
彼は油断なく振り返るとその最後を見届けた。
(生きる為だ。許しは請わない。恨むなら恨め。)
人の言葉を持たぬ彼だがそう言ってるようだった。
そして、下品な感性が巻き起こった。
どうやら熊が優勢と観られた賭けだったようだ。
彼に賭けた者は一攫千金である。
だが、その一攫千金は幻と消える事となる。
「警察だ!動くな!」
突如、初老の刑事が大勢の部下を引き連れ現れた。
「罪状は言うまでもあるまい?」
初老だがその顔つき、瞳は鋭く、まさに獣の様である。
「何でだ?ここは大丈夫な筈だろ!?」
一発あてて喜んでた客の一人が騒ぎ出す。
「残念だが大丈夫じゃなくなった。大人しくしていれば罪は軽いぞ。」
奥の方でこの闘犬場を仕切っている男が何やら指図をすると屈強な男が数人、初老の刑事の前に立ちはだかる。
「爺さん、残りの余生を安定して過ごしたければここの事は忘れて大人しく帰るんだな。」
屈強な男の一人が警告するように初老の刑事に語りかける。
「頭が筋肉の奴らか。冷やかしに来たんじゃない。オマエらが腹を括らなきゃならんのは鶏でも解るぞ。」
初老の刑事が挑発的な言葉を発すると屈強な男の一人の拳が初老の男めがけて放たれる。
だが初老の刑事はそれを巧みにさばき、いなすと瞬く間に自分の一回り以上の大きな男を取り押さえた。
「全員しょっぴけ!一人も逃すな。」
その声と共に刑事の部下達は一斉に向かっていく。
会場は乱闘状態だ。
だがそこにいる警察官達は精鋭揃いなのか、次々に会場にいた者達は取り押さえられていく。
「クソ!こんな事してただで済むと思うなよ!俺の親父はな…」
この闘犬賭博会場を仕切ってる男が初老の刑事に向かって吠える。だが初老の刑事は
「知らんな。お前は罪を犯したんだ。そんな簡単な事も解らぬ息子を持ったお前の親父さんは苦労するだろうよ。」
と言い放ち、男を睨みつける。
その眼光の鋭さ、その迫力に威勢の良かった男は黙り込んでしまった。
会場の観客席から戦いに勝った勝者、『魔獣』を狙うライフルがあった。
だが、魔獣もそれに気づいているのか、スコープから除く狙撃手とは目が合っていた。
「やめておけ。撃つな。」
初老の刑事が狙撃手にそう言い、銃を下ろすよう指示した。
「狗走さん、アレはいったい…?」
狙撃手は恐れ警戒しながらその魔狼を見つめながら初老の刑事に尋ねる。
「…犬だろ。闘犬場だしな。」
狗走と言われた初老の刑事は適当にそう答える。
「あれはまるで狼…、いや、別の何か…。」
狙撃手は疑問を持っている。
「何でも構わん。保護するぞ。大人しくしてるなら麻酔銃はいらんだろ。」
狗走刑事は何の疑問も恐れもなく、その魔狼の元へ向かっていった。
やがて、その初老の刑事と魔狼はかなり近くまで行って対峙し、互いを見つめ合った。
「…警戒は解かぬが落ち着いている。歴戦の猛者のようだがコイツ、強いだけでなく賢いな。」
狗走刑事はそう呟く。
(この人間、かなり強いな…。そして、引き連れて来た連中も含め、今まで見てきた人間とは何かが違う気がする…。)
言葉を持たぬ動物だが魔獣はそう言ってるようであった。
「来い。戦いの日々は終わった。…今後はどうなるか解らんがな…。」
そう言うと狗走刑事は手で招く仕草をする。すると魔狼は狗走刑事の後に付いて歩いて来た。
「狗走さん!危険です!離れて!」
さっきの狙撃手を始め、部下達は魔獣めがけて銃を構える。
「大丈夫だ。銃を下ろせ。」
警戒する部下達を差し置いて狗走刑事は落ち付いてそう指示する。だが部下達は銃を下ろさない。下ろせない。
得体の知れない生物を前に警戒を解くことは出来なかった。
「………俺の勘だが解る。この犬は賢い。そこら辺の馬鹿な人間よりもな。」
狗走刑事は語りかける。
「コイツを恐れるなら銃口を向けるのも仕方ない。だが絶対撃つなよ。」
狗走刑事の眼光と言葉が鋭くなる。
「その時はお前らが死ぬ。」
ベテランとしての勘か。狗走刑事は初対面でこの魔獣の強さを悟っていた。
ベテラン刑事の言葉に部下達は息を飲み、そしてこの闘犬場にいた無法者達よりもその一匹を恐れた。
この刑事の名は狗走一。通称『野獣刑事』
徹底して勧善懲悪を貫く男だ。
だがそれ故敵も多いが義理人情に厚く、味方も多い。
闘犬場の大捕物から数日後、魔狼はとある施設にいた。
ここに来たばかりの頃はあの闘犬場にいた他の犬や動物の鳴き声が響いていたが今は静かになっている。
静寂と微かな薬品の臭いがある。
食事も健康志向なのか、闘犬場にいた頃よりも良いものなのだろうが今ひとつ食い応えが無い。
何やら色々調べられたがそれももう終わった。
平穏で退屈な日々が続いている。
ガチャ、ギィ…
檻の向こうの扉が開く。
そこにはこの施設の人間とあの初老の刑事、狗走がいた。
「あまりに大人しくて驚いています。検査の時も暴れるどころかまるでこちらの意図が解るかのように従ってくれてて…。まるで見透かされてるかのようも…。」
「そうかもしれんな。彼奴はその辺とバカな人間よりは確実に賢い。」
二人は保護したこの動物について話している。
「他の奴らは?」
「全部駄目でした。薬物投与でもうどうにも…。安楽死処分です。この一頭を除いて…。」
二人は『彼』を見つめた。
「コイツはこれこらどうなる?」
狗走が尋ねると施設の者は
「研究所送りですね。一見すると狼のようですが遺伝子を創作されてるようで異常なまでに様々な能力が発達しています。」
と、複雑な表情で説明をする。
「種類は何だ?」
「ベースはタイリクオオカミのようですがそれにしてもこの大きさは異常です。他にも様々な犬や絶滅した筈のニホンオオカミの…」
「つまり、要は雑種の犬って事だな?」
「っえ?…違うと思いますが…」
走刑事の言葉に施設の者は戸惑うが
「犬の血が入ってるなら犬だ。見た目も犬だ。」
「言われてみれば…。」
強引に言いくるめられた感じで施設の者も話を合わせると
「そうか。なら一つ頼まれてくれるか?」
「…どんな無茶を…?まぁ…狗走さんの頼みなら最善は尽くしますが…。」
「…そうか。悪いな。手間をかけさせる」
「ただいま。今帰ったぞ。光はどうしてる?」
豪邸とはいかないが庭付きの二階建て一軒家。狗走の家だ。玄関では狗走と同年くらいの初老の妻とその影に隠れる幼児が迎える。
「光、いい子にしていたか?」
厳しい顔つきだった狗走は一変して笑顔を浮かべ、幼児に優しく語りかける。
「………」
幼児は数回、狗走に視線を向けたりそらしたりするも何もしゃべらない。
「…いい子にしてたわ。…でもやっぱり元気は出ないわね…。」
優しい顔つきの狗走の妻は悲しそうに話す。
「…そうか。それと、今日は凄い奴を連れてきたぞ。」
狗走は手招きすると、その巨体の四足歩行の生物が現れた。
「今日から新しい「家族」だ。どうだ?カッコいいだろ?」
その姿に妻は驚愕し、光と呼ばれた幼児は怯えて妻の影に完全に隠れてしまった。
「なんて大きな犬…流石に怖いですよ!?どうしたんです?」
妻は驚きと怒り、呆れが同時に来たようだった。
「…動物セラピー?ってやつかな?保護したのを貰ってきた。」
だが狗走は変に得意気である。
「動物セラピーならもっと小さくて可愛いのでしょうに…。」
妻は呆れて溜息混じりに話した。
「デカいだけしゃなくてコイツは強くて賢いぞ。命、どおだ?」
「…」
狗走の問いかけに相変わらず黙り込む光だったが
「………わいくない…」
「?」
小さな声で囁く。
「なんだ?光?」
狗走はもう一度聞くと
「かわいくないっ!!」
そう叫ぶと光は奥の部屋に駆け込んで行ってしまった。
「むぅ…気に入らなかったか…」
「当たり前ですよ…。こんなに大きいと…。」
狗走の妻が『彼』を見つめると…
「でもよく見ると可愛い顔してるわ。」
そう言うとかがみ込んで目を合わせる。
「ごめんなさいね。あの子、光は本当はいい子なのよ?その…ちょっと恥ずかしがり屋さんなのよ。」
申し訳無さそうに『彼』語りかける。
「これからよろしくね。名前はもうあるの?」
「リキマルだ。どうだ?強そうだろ?」
狗走が得意気に語る。
「もっと可愛いの無かったんですか?」
「ポチやタロウって感じでも無かろう…。」
リキマルと名付けられた『彼』は思った。
(これが新しい主達か。まぁ主人が変わったという事だな。さて、俺はどんな扱いを受けるのか?あの小さい人間の対応がいいもので無いのは解る。………だがコイツらは俺の知ってる人間とは違う…。そして、この中で一番強いのは俺を連れて来たこの♂では無い。この目の前にいる♀だ…。)
リキマルは家の庭に連れて来られた。
決して広いとは言えないが不自由は無さそうだ。
「犬小屋は少し待ってくれ。まぁほとんど家の中で飼う事になるが。」
狗走がそう言うと手をかざし
「お座り。」
リキマルは即座に反応し、腰を下ろし、待機する。
こういった芸は組織で飼育されてる時に雑にだが仕込まれている。最も出来なかったり逆らえば鞭で打たれたが、一度隙を見て虐待する飼育員を噛み殺した事もある。金がかかってるので殺処分どころかその件から見込まれ、恐れられた。
事がスムーズなので「待て」や「お座り」には従いはする。
「賢いな。…いや、仕込まれたか?待ては出来るか?」
狗走はそう言いながらドッグフードの入った皿を出す。
(これは…地下で出されたものより遙かにいいものだ…!…だが「待て」だ…。)
リキマルは食べずに待つ。
「よしっ!!」
狗走の声と共にリキマルは出されたドッグフードを貪る。
「いい食いっぷりだ。体が大きいからもっと食うだろ?おかわりもあるぞ?」
狗走はやさしく語りかける。
「…なぁリキマルよ…。光には気を悪くせんでくれ…。あの子は事故で両親を亡くしてな…。」
豪胆で威勢の良かった狗走の声が落ちた感じになる。
「つまり俺の息子とその嫁、俺の義理の娘を亡くした…。事故の犯人は何やら偉い奴だそうだが明らかな過失だ。容赦なく刑務所にぶち込んでやった。おかげでこれ以上の出世は無さそうだ。」
悲劇の話だが最後に狗走は不適に、そして誇らしげに微笑んだ。無念さはあるが悔いは無いようだ。
「光は幼い…。野獣のように生きてきた俺とは違ってあの子は繊細だ。仲良くなれるかは解らんが、そばにいて光、孫娘の寂しさや悲しみを癒してやってくれんか?」
狗走は優しくリキマルの背中を撫でる。
「まぁ、そんなわけでよろしくな。リキマル!」
狗走は軽くリキマルの背中を叩いた。
犬にとっては乱暴な扱いだがリキマルは巨大故にビクともしない。
「光!リキマルの散歩に行くぞ!」
狗走は威勢良く光に声をかける。
「…行きたくない…」
光は不機嫌そうに姿を現す。
「まぁそう言うな。ジュース買ってやるぞ!」
半ば強制的に狗は散歩に連れていかれた。
「光、持ってみろ。」
犬走は光にリードを渡す。
光は震える小さな手でしっかりリードを握りしめた。
リキマル程の巨大であれば光は簡単に引きずられてしまうだろう。
だが、リキマルは光に合わせて歩みを進める。
「公園まで行くぞ」
公園の場所はリキマルにはわからない。この二人の案内に任せるしかない。
リキマルは光を引きずらないように細心の注意を払いながら歩く。
光が小さな手で引っ張る素振りを見せればそっちの報告へ進んだ。
大した距離では無いがリキマルには長く感じた。
(道は覚えられたか?これが最初で最後の散歩ではあるまい…)
リキマルは今後の散歩の事を考えている。
「散歩のコースはこれでいいか…?」
狗走のこの言葉はリキマルに語りかけたのかそれとも己への問いかけか
(これが散歩か…大して歩いて無いとは思うがなんかやけに消耗するな…まさか今後はこの小さい人間とするのか…?)
リキマルも色々考えているようだ。
「よし、ジュースを買ってこよう。光、リキマルと此処で待ってなさい。」
リキマルと光は二人きりで待つ事になった。
だが、光はリードを離し、リキマルから離れる。
やはりリキマルが怖いらしい。
(まぁ一緒に散歩したからといって仲良くなれる訳でもないか…怖がらせる気も無いしこのままじっとしてよう…)
リキマルはお座りの状態で待機。
少しすると肥え太った厳つい犬を連れたガラの悪い男が現れた。
犬の首輪は金属の刺が付いている。
その男と犬は公園に現れて辺りを威嚇する。
「何みてんだコラ?!」
「ガゥ!」
その理不尽で横暴、傍若無人の態度に公園にいた人々は嫌悪し、恐れ、距離を置き、足早に去っていった。
「へっ!雑魚共め。俺とジャクソンは最強だな。」
まさにイキり立ったチンピラといった風体である。
そして不運にも一人でいた光はそのチンピラと犬の目に留まってしまう。
「おっ、弱そうなガキがいるな。ちょっと遊んでやるか。」
チンピラは不気味な笑みを浮かべた。
その姿を見た光は恐怖に怯える。
「おっと…」
チンピラはわざとらしく、リードを離した。
すると見るからに肥え太った猛犬は本性を現し、光に向かって吠え、駆け出す。
「ガウッ!ガウッ!」
「…っ!」
光は走って逃げるが猛犬は追ってくる。
ドサッ!
光は焦って逃げ回るあまり、転んでしまった。
起き上がろうとするも眼前には猛犬が迫る。
「グルルルル…」
猛犬は下品に涎を垂らし、威嚇する。
「………ふえええ…。」
光は目に涙を浮かべ泣き叫びそうになる。
「?!」
その時、一迅の風が駆け巡り
光と猛犬の間に静に、そして素早く割って入った者がいた。
蒼黒い毛と白い毛の混ざった、荒々し毛並みの巨体。
幾つもの死闘を生き延びた証である体中の傷。
リキマルだ。
(ジジイには大人しく待ってろと言われたが………)
リキマルの心情はこういったとこか。
その姿を目にした猛犬とチンピラは驚き、硬直し
「何だ!?コイツ…?」
と疑問を投げかけるが
「ヘッ、体はデカいがどうせ大した事ねぇ。ジャクソンの敵じゃねえよ!やれっ!ジャクソン!」
「ガウッ!ガウッ!ガウッ!」
チンピラの指示と共に猛犬は激しく吠え、威嚇する。
だが、リキマルは微動だにしない。
(威勢はいいようだがそれだけだ。コイツ、おそらくは戦った事は無い。すべてこの威嚇で済ませて来たのだろう…。)
リキマルは瞬時に猛犬の実態を見抜いた。
「グルルルルル………!?」
猛犬は違和感に気付いた。その違和感はやがて恐怖となる。
目の前にいる者、図体だけではない。これから獲物を仕留めようとする大型の肉食獣、まさに猛獣、いや魔獣だ。
「おい?どうした?ジャクソン…?」
飼い主のチンピラは声をかけるが猛犬は硬直している。恐怖で動けない。
「どうした?こんな奴見た目だけで………ヴッ!!」
チンピラはリキマルと目が合ってしまった。
その瞳は鋭いなんてものでは無い。
清んでいて美しく、静かなようだが見るものを底知れぬ恐怖へと陥れる。
まるでこの世の生物とは思えないようであった。
その瞳はまさに静かに獲物を仕留めようとする獣だ。
途端にチンピラは腰を抜かし、倒れ込む。
脚は震えて自由が効かない。
「………何だよ…コイツ…何なんだよ…!?」
頭の悪いチンピラだがそれ故、本能の趣くままに生きてきただけに動物的本能が危険を察知したのである。
―――――殺される!
この目の前にいる魔獣が飛びかかって来た瞬間、その身は引き千切られ、肉塊と化すであろう。
「…あ………あああ……」
チンピラはリキマルの威圧感からの恐怖で目に涙を浮かべ、失禁してしまった。
「キャン!キャン!キャン!」
そしてさっきまで威勢のよかった猛犬の姿は無く、情けなく走り去る犬。
「おい!待ってくれ!ジャクソン!!置いてかないでくれ!」
そしてその走り去る犬を追い掛けるように逃げる飼い主。
「フンヌーーーーッ!」
(逃げたか。まぁ正しい判断だが口ほどにも無い奴らだ。)
リキマルは自慢げに鼻息を強く吐く姿はその様に言ってる風体だ。
「弱い犬ほどよく吠えるとはよく言ったものだ。」
一部始終を見ていた様子の狗走が戻ってきた。
「光、怪我は無いか?」
「………」
転倒した事で少し膝を擦りむいたようである。
「水で洗うぞ。少ししみるぞ?そしたら今日はもう帰ろう。」
「………」
狗走りは自分のペットボトルの水の蓋を開けるとその水で光の傷を洗い流した。
「待っていろとは言ったが…光を助けてくれた事は感謝せねばなるまい。」
そう言うと狗走はもう一本のペットボトルの蓋を開けるとリキマルの前に置いた。
「よし、飲んでいいぞっ…とは言ったものの、犬はどうやって飲むんだ?」
だが次の瞬間、リキマルはペットボトルを加え一気に中の水を飲み干した。
「ほう、大したもんだ。やはりお前は賢いな。」
狗走と光は驚き、感心した様子である。
(まったく…人間ってのはろくなもんじゃ無いな。だが、コイツらは何か違うかもしれん。死闘の日々とは違い退屈な日常になるかもしれんが付き合ってやるか…。しかし、このチビには好かれんだろう。あんなモノを見せたのだ。もう近寄って来ないだろう。まぁ、それはそれで構わんが。)
帰宅するとリキマルは庭で犬らしく休んでいた。
(いい匂いだ。飯か?)
リキマルの嗅覚は近づいてくるそれを察知する。
(持ってくる人間の匂い。だがこれはあのジジイやその相方の♀とは違う。…これはあのチビ…?)
目の前にはリキマルの食事を持った光がいた。
光はリキマルの前にそれを置くと
「………まて…」
小さな声でそう言った。
リキマルは起き上がり、座った姿勢で待機する。
「………あのね………あたし、『あきら』っていうの……その……これからよろしくね……」
命はリキマルの方をちらちらと見ながら辿々しくも小さな声でリキマルに語りかける。
(……まぁこのチビが光って名前なのは解るが……何だ?改まって?)
「……あの…今日は…助けてくれて…ありがとう…」
そう言うと光はリキマルの頭を撫でた。
(あの姿を見てコイツは俺を恐れんのか?もしかしてコイツ強いのか?…いや、とんでもなく鈍いのかもしれん…。)
光はリキマルを見つめ、少し微笑んだ。
髪の毛を降ろして隠してはいるが光の右の額には事故で負ったのか、傷跡が見える。
(コイツ、鈍くて危なっかしいな。飯と寝床の為だ。気にかけてやるか…。まったく人間てのは面倒だな。)
そして光が立ち去ろうとすると
「ワンッ!」
(おい!「よし」の指示よこせ!飯が食えんだろが!)
リキマルは軽く吠えて光を呼び止めた。
「あ…そうだった…またねリキマル。」
そう言う光の顔には微笑みがあったが
「ワンッ!ワンッ!ワンッ!」
(違うっ!「よし」だ!「よし」と言え!まったく人間って奴は…!)
それからリキマルは狗走家の犬として日常を過ごす事となる。
「リキマル、これ投げるから取って来てね」
とある日にはリキマルと光、そして狗走とで河川敷に来ていた。
ボールを拾ってくる遊びをやろうという事だ。
(まったく、こんな玉拾いなんて何が面白いのだ?人間てのは解らねぇな。)
光が投げたボールを追い掛け、それをリキマルが拾ってくる。それを何回も繰り返している。
リキマルが玉を拾い、戻ってくる度に光は少し喜んでいる。
「リキマル、次、行くよ」
光が再び投げる素振りを見せる。
(飽きもせずによくやるもんだ。よし、次は玉が地面に落ちる前に取ってやるか)
光の投げたボールが宙に舞った瞬間、リキマルは跳躍した。そして空気でボールを加え、着地した。
「わぁ!すごい!すごい!リキマルすごーい!」
光は喜び、拍手を贈る。
「フンヌーーーーッ!」
リキマルは得意気に鼻息を鳴らす。
「ほう、なかなか出来るようだな。次は俺が投げよう。」
それまで眺めていた狗走がボールを手に取る。
「…いくぞ。」
そう呟くと狗走はプロ野球の投手のような、見応えのあるフォームでボールを投げた。
(ジジイッ!)
リキマルは心の中でこう叫んだ。
狗走の投げたボールは150㎞はある速度で、飛んでいく。そのボールは失速する事無く一直線に、レーザービームのように飛んでいった。それをリキマルは瞬足で追い掛ける。
「ほう、戻ってきたか。早いな。やりおる。」
狗走の顔はしてやったりの笑みがあった。
(このジジイ、いつか〇す)
リキマルは少し息を切らしながらも狗走を睨みつけた。
(なんだかんだでコイツらとの暮らしは悪くないかもな…)
狗走達と暮らしていく中、ふとリキマルは思う。
人間に対する不信感は変わらない。だがリキマルの中で何かが変わりつつあった。
…それはとある日の真夜中だった。
「………ひっく…ううぅ………」
子供のすすり泣く声が聞こえる。
屋内で休む事のあるリキマルはそれに気付いた。
(…なんだ?光、どうした…?)
疑問に思ったリキマルは足音を立てず、静かに光の部屋のある二階へ上がる。そしてドアの前で耳を澄ます。
「………パパ……ママ……」
両親を亡くした光は夜中によく孤独と寂しさ、不安に苛まれる。よく光の祖母が一緒に寝ることで対応していたが子供なりに気を使い、一人で寝ようと頑張っていたがやはり子供にはそれを乗り越えるには過酷だった。
(何だ?何かヤバいモンでも出るのか?)
光の不安に満ちた泣き声の意味は犬であるリキマルには解りにくいのかもしれない。
だがこの事態、捨て置く訳にもいかない。優れた聴覚
を持つリキマルにとっては気になって仕方ないのだ。
(これは…こうやって引けばいいのか?)
リキマルは器用に光のドアをそっと開けた。
静かにドアが開くとそれに気付いた光と目が合う。
(どうした光?何かいるのか?)
目の前にいるのは闇夜で目が輝く大型の獣。普通ならとてつもなく恐ろしいものだが光にとっては頼もしく見えたようだ。リキマルの姿を見た光は泣き止んだ。
(もう大丈夫だ。側にいてやる。さっさと寝ろ。)
そんな言葉を発するかのように、リキマルは静かに命に近づいていく。
その姿に安心したのか光の表情は安らいでいく。
命はリキマルに手を延ばすとそのまま抱きついた。
(やれやれ…これじゃ動けん…)
安心したのかリキマルに抱きついたまま、命は眠りに入った。
(動けん……)
また別の夜には
「…リキマル………あのね……」
暗闇に、不安げな命の顔があった。
リキマルが視線を命に向けると
「………おしっこ…」
(人間の言うところの小便だな)
元より、夜は光は不安と恐怖でまだ一人でトイレに行けない。
「フゥ………」
リキマルはやれやれと言った感じで溜息をつくが光に付き合う。
「リキマル、終わるまでそこにいてね。絶対だよ!」
光は外で待つリキマルを見ながらトイレの扉を開けたまま用を足す。
(…やれやれ…。しかし、この人間の便所は凄いな。臭くないし妙だが心地いい匂いがする)
犬なりに人間のトイレ技術には関心していた。
こういった事が何度かあった。
「私ね、大きくなったらリキマルのお嫁さんになる!!」
「っ!?」
光の言葉に狗走は衝撃を受けた。
最初に比べて明らかにリキマルと光の距離は親密になっていた。
「ずっと一緒。約束っ!」
光はリキマルの眼を見つめ、笑顔でそう言った。
「……まぁ子供の戯れ言であろう……。本気にはしないが……。」
不安げな顔で狗走はリキマルと戯れる命を見つめる。
「だがその気持ちが変わらぬままその時が来たらリキマルよ、お前とは決着をつけねばなるまい…」
「!!」
リキマルは一瞬、狗走の発した殺意のようなものを感じ取った。
リキマルが来て一年、命は小学生になった。
祖父母と一緒に学校まで行き、桜の木と一緒に写真を撮った。その時、勿論周囲からの好奇心や恐怖の視線を浴びるが後に「賢い」や「利口」の賞賛の声を浴びた。
「うぃ~~~~~!命!入学おめっと~~~~~~!」
強い♀の匂いを放つがそれ以上に酒臭い♀がその日、日も暮れぬ内に現れた。
狗走の娘、命の叔母の弥夜だ。
美人で豊満だが酒癖が恐ろしく悪い。
「………命、ああはなるなよ…」
狗走は自分の娘の姿を見ながらそう呟いたのであった。
夏の暑い日だった。
それは毎年行われる。
命の両親の墓参りだ。
夏の日は地面が焼けるほど熱い。
だが、リキマルにとってはどうという事は無いが
その季節になると散歩は早朝や夕方に行われる。
墓参りも早朝だった。だがこの墓地の地面は熱くない。木が生い茂りそれが日陰となっているのだ。
「………。」
墓の掃除をし、花を供え、命とその祖父母、叔母も一緒となって手を合わせる。
そして、一同で命が小学校に上がった事や近況を報告するのだ。
リキマルは死者がここへ来るというのはなんとなく悟った。ペット用の墓もある。
死ねばそれまで。
獣故にそういう考えではあるが静な場所故にこの場所は悪くないと思っていた。
ある時からだった。
散歩の時間に光が来ない。
「リキマルちゃん、今日は私といこうか。」
光の祖母がリキマルの元へ来る。
いつも通り優しい笑顔だがどこか気まずそうだ。
そして、ここ最近の散歩は祖母や祖父の手で行われる事が多くなった。
「光の奴、最近は『ゲーム』ばっかりだな。もう犬には飽きてしまったか…」
「何かに夢中になるのはいいと思うけど…ちょっと心配になってきたわ…」
祖父母は心配そうにこういった会話を始める。
「リキマルは俺が勝手に連れてきたからな。世話だの散歩しろだのは言いにくいし、何か夢中になれるのは悪い事ではないが…」
「宿題もちゃんとやってるし勉強はそつなくこなせても元々運動は苦手な子ですからね…でも目が悪くないか心配で…」
(割としっかり散歩はしていてくれたのだがな…。散歩は誰でも構わんが少々気になるな…どれ、見に行ってやるか…)
光は熱中すると回りが見えなくなる事がある。
何度かアニメに夢中になりすぎて至近距離で視聴してるとこをリキマルが咥えて後ろに下がらせた事がある。
2階へ上がり、命の部屋に行くと光はテレビゲームに夢中だった。
ジャンルは異世界ファンタジーRPGだ。
「ワンッ!」
「………」
返事がない。どうやら夢中なようだ。
(また夢中になってるな。だがそろそろ飯の時間だ)
リキマルは光の袖を咥えて引っ張る。
「リキマル、ちょっと待って!」
命は不機嫌そうに言う。
(これは…一区切りつくまで待った方がいいな。邪魔すると怒らせる事になる。俺だって飯の邪魔をされたら殺意が沸く。勿論、この家族意外の人間にだが)
リキマルは傍らに座り、様子を見る。
(しかし、光も随分変わった。会った頃より随分と笑うようになった。お前が楽しければそれでいい。)
その後、光はゲームやアニメの世界にハマっていった。その筋で良い友人にも恵まれた。
光がその世界に夢中になる事には多少はリキマルも嫉妬心や寂しさを感じてはいたが。
だが、彼女が幸せならそれでいい。
たまに相手をしてくれるようにもなった。
リキマルは平穏で優しい日々を過ごした。
だが、光が中学生になると、リキマルは家族との別れを知る。
「ごめんね。リキマルちゃん。二人を宜しくね。」
光の祖母が優しく声をかける。
その時は悲しげだった。
家からタクシーで出掛ける祖母を見送る。
リキマルはもうこの優しい光の祖母とは会えない気がした。
その別れの後、数ヶ月後、祖母は病院で亡くなった。
葬儀の時、安らかな顔を見たが祖母の魂はもうそこには無い。
光や祖父達からは悲しい匂いがする。
闘技場にいた頃、幾つもの死を見てきた。
だが、この死は見てきた死とは違う。
リキマルは光の祖母がいなくなった事に、悲しみと寂しさを感じていた。
「よう!リキマル!今日から一緒に暮らすぞ!」
豪快で肉付きのいい女がリキマルをハグする。
光の叔母の弥夜だ。
度々遊びに来ていたがリキマルはこの叔母が少々苦手だ。
豊満な身体でメスの匂いが強そうだがそれ以上に酒臭い。
おまけに元自衛官なので力も強い。
闘技場で凶悪な元軍人と戦った事もあるが
彼女の戦闘力は侮れない。
流石は『野獣』と呼ばれた狗走一の娘だ。
光やその祖母は穏やかなのに祖父や叔母はとんでもなく武闘派だ。
だがリキマルの心配をよそに叔母は家事をこなし、関係も良好だ。叔母の飯も美味い。たまに祖母の優しい味付けが恋しくもなるが。
祖父と同じく体力に溢れてるので次第に年老いていくリキマルにとって叔母とのマラソンのような散歩は段々とキツくなっていった。そして以前より量は減ったがたまに酒臭い。
時は流れ、光は高校生となった。
叔母に似て、肉付きのいい豊満な体型。
少女ながらも魅力的な女性へとなっていた。
「…ハァ…ハァ…」
すっかり年老いたリキマル。
もはや『魔獣』と呼ばれた面影は無い。
少しの散歩でも息が切れる。
「そろそろ帰ろうか。リキマル。」
心配そうに光が声をかけた。
「どう?」
「だめ、リキマル、全然食べてない。」
叔母が光に尋ねる。
更には高齢の犬用の餌があるがほとんど減ってない。
「もうかなりの高齢だ。歩けるのが奇跡だと医者は言っていた。」
祖父は深刻な顔つきで告げる。
「大丈夫だよ。リキマル。ずっと一緒にいるからね。」
光は優しくリキマルを撫でた。
それは曇った日だった。
まだ日中なのに雲のせいで不気味な程に暗い。
「リキマル…明日はいい天気だといいね。」
家には今、光とリキマルだけだった。
家の近くには不審な黒いワゴン車があった。
「あの家で間違い無いな。」
「ああ、厄介なジジイと娘は今はいない。」
「手早く済ませるぞ。」
車の中で怪しい男達の会話があった。
インターホンが鳴ると光が出る。
「イタチ便です。狗走さんに荷物です。玄関までお願いします。」
有名な運送業者だ。だがしかし
「今日、荷物がくる予定は無いですが?」
「え?」
刑事の孫だけあってそういった警戒は染みついている。予定の無い訪問や荷物は受け取らないよう教育されていた。
「!?」
何やら物音がして、光は思わずその方向を見た。
「後ほど確認しますので今はお引き取りください。」
そう言うと光は戻り、祖父に電話を掛けようとする。
「!!」
だがその時だった。
屈強な大男が光の口を押さえ、羽交い締めにした。
不審な男達の一人だ。光が運送業者に成り済ました男の対応をしている間に忍び込んだのだ。
忍び込んだというより無理矢理窓を破壊して侵入した。ガラスは強化ガラス。割ることも出来ず、力で壁ごと窓枠をぶち抜いていた。
不意を突かれたのもあるが光には祖父や叔母のような体力や力は無い。藻掻くも即座に光は拘束された。
年のせいでリキマルは反応が遅れた。だが、力を振り絞り立ち上がると大男目掛けて飛びかかる。
だが、大男の腕力にリキマルは振り払われる。
「なんだ、デカいだけか。驚かせやがって。」
大男は光を抱えるとその場を後にする。
(光…!クソ…この…)
リキマルはダメージと老いた身体は思うように動かない。何も出来ないまま光を連れ去った黒いワゴン車は走り去る。
(残りの寿命はいらん!光を助けるまででいい!動け!)
リキマルは全神経、全筋肉に力を入れて立ちあがる。
老いた身体にそれは負担が大きすぎる。
だが、今のリキマルにはそんな事は関係無い。
力を振り絞り、リキマルは飛び出す。
その姿は老犬ではない。
『魔獣』と呼ばれた頃の風格と姿だ。
匂いを辿り、風の速さで追い掛ける。
「意外と簡単だったじゃないか」
黒ワゴンの中で男達のリーダーらしき男が拘束した光の隣に偉そうに座っている。
「とんでも無い。警戒心が強すぎるぜ。」
運送業者に成り済ました男が帽子を取り車を運転する。法的速度を超えてかなり飛ばしている。
「まるで要塞じゃねえか。俺じゃなきゃ窓は壊せ無かった。高くつくぜ?」
「解ってるさ。分け前ははずんでやる。」
彼らは狗走刑事に逮捕された者達だ。
根回しをして何とか仮釈放までこぎつけていた。
特にリーダーの男はリキマルの闘技場のオーナーだった男だ。
「あいつのせいで俺の10年の青春は豚箱だった!親父の援助も回らないようにしやがって!地獄だったぜ!」
リーダーの男は権力者の息子だがこの事は公になってない。
本来なら軽い罪に出来る程だが狗走の人望人脈はそれを許さなかった。
それでもこの男の懲役は軽すぎる位だったが。
彼らは報復の為に孫娘の光を攫った。
ドライバーの父親は光の両親を事故で死なせた権力者だ。だが、狗走の奮闘によりその父親は処罰をしっかり受け、彼の家は没落し、父親はショックとストレスで獄中死した。
やさぐれた彼、ドライバーも軽犯罪で捉えられチンピラである。
「だが、予想外の収穫だ。これは楽しめそうだな。」
そう言うとリーダーの男は光の豊満な胸に手を伸ばすと鷲づかみにした。
「飽きたらオマエらにも回してやる。」
「俺の好みじゃない。」
屈強な大男は不機嫌そうに答える。
彼は女児を何人も監禁し、暴行した凶悪犯である。
黒いワゴン車の隣を疾風のように駆け抜ける物があった。
リキマルだ。
「なっ!」
ドライバーが驚くより先にリキマルは身体を切り返し、飛びかかるとフロントガラスに日々を入れる。
視界を失った車は壁に激突し、停止する。
「クソ…!」
頭を押さえ、ドライバーの男が運転席から出てくる。
だがその時、ドライバーの喉元は抉られた。
一瞬の内にリキマルが飛びかかり、喉元を噛み千切った。
何が起こったのか解らず、ドライバーの男は倒れ、絶命した。
「なんだ?もう一匹いやがったのか?大した忠誠心だ。」
多少、頭から血を流すも殆ど負傷してない大男が現れた。
彼の巨体の剛力は野獣や熊であっても倒すと思われる。
だが、闘技場で何度も薬で強化された虎や熊と戦ってきたリキマルにとって、『魔獣』にとって最早それは敵では無かった。
物凄い速さで何度も飛びつき離れ、大男の体中の肉を抉っていく。
大男は抵抗を試みるがその『魔獣』は捕らえられない。
「何だよ…何なんだよコイツ…!」
体中の肉を抉られながも大男はまだ立っており、意識もある。
だが大男は恐怖に満ちた顔に涙を浮かべ、逃げたくても抉られた体の痛みと恐怖で動けなかった。
リキマルは大男の首に飛びかかり、噛みつくとその勢いのまま回り、大男の首を捻ってその生命を終わらせた。
「………お前、『魔獣』か!?まさかそんな?!生きてる筈は……!」
リーダーの男の震える声がした。
だがその手にはナイフが握られ光に突きつけられた。
「お前はケダモノにしちゃ賢い。だからこの状況解るよな?」
所謂人質だ。即座にこの行動が出来る男の下劣さ具合を現している。
もちろん、リキマルは瞬時に理解する。
相手が慈悲深い人間なら通用する手段だ。
だがリキマルは人間ではない。
勿論、光も見捨てる気は無い。
「!?」
リキマルが男の視界から消えた。
いや消えたのはリキマルだけではなく、ナイフを握ってる手も消えた。
人間の眼では捉えられない速度で飛びかかり、男の腕を噛み千切ったのである。
「うああああああ!!腕が!俺の腕が!!」
男はわめき散らすと共に、光を放した。
すかさずリキマルは飛びかかり、今度は片方の脚を噛み千切った。
「ぎゃああああああ!!今度は足があああああ!」
まるで男を嬲り殺すようである。
リキマルの精神は怒りで闘争本能がむき出しとなり、
『魔獣』の頃に戻っていた。
いや、人間と暮らし、知識を得た分、獲物を嬲り殺す事を覚えたリキマルは正真正銘手のつけられない『怪物』となっていた。
「助けて…俺が悪かった…許して…」
男は泣きながら、欠損した身体を引きずりながら命乞いをする。
(コイツはほっといても死ぬかもしれんが、生き延びられてもつまらん。トドメを刺しておくか。)
リキマルはゆっくりと男に近付く。
「ひィ!!」
男は思わず悲鳴をあげる。
だがリキマルは間近にまで迫る。
だが、男不気味な笑みを浮かべた。
「かかったなアホが!」
そう叫ぶと懐に忍ばせていたもう1本のナイフを残ってる腕でリキマルの背中に突き立てた。
「所詮はケダモノだ!人間様に敵うわけねぇんだよ!」
ナイフをリキマルから抜くと男は勝ち誇ったように叫ぶ。
(油断した。やはり年には勝てないか…。)
刺された箇所から血が噴き出すもリキマルは冷静だ。
戦いにおいて負傷のリスクは常にある。強化された身なれど五体満足で闘技場を生き延びたのは奇跡だと解っていた。
そして力を振り絞り、男の顔面に噛みつく。
(そろそろ時間切れか。身体が言うことを効かない。だが、コイツだけは始末する。)
男の頭を顎で締めていく。
「ゴアあああああ!」
男は叫びながら何度もリキマルにナイフを突き立てる。
骨が砕ける音がし、やがて男の頭は潰れて肉片が飛び散った。
(………終わった……)
リキマルがそう言った感じがした。
力無く振り返るとそこには光の姿があった。
恐怖に怯えた顔だった。
(すまんな光…怖がらせてしまった…)
リキマルは力を振り絞り、ゆっくりと光とは反対方向へ歩いていく。
(これが俺の本性だ。生命を奪う殺し合いでしか生きていけない『魔獣』だ。穏やかに暮らすなんておこがましい事なんだ。)
よろめきながらもリキマルは歩いていく。
(俺は此処にいるべきじゃ無い。お前達の前から消える。俺の事は、嫌な事は忘れて幸せに暮らせ…。)
「光……!なんだ……!………これは!?」
(ジジイと酒臭い女が来た。もう大丈夫だ…。)
祖父と叔母が駆けつけた。
リキマルは振り返らず歩いていく。
(全く、ろくなもんじゃ無いな…人間なんて……。欲深でそのくせ臆病で傲慢で卑怯だ。)
リキマルの視界は既に無い。五感が薄れていく。
雨が降り出した。だがその事をリキマルはわからなくなってきた。
(遠くへ……こんなバケモノに居場所なんて無い……せめてアイツらの、光達の目に入らないとこで……)
「リキマル!!行かないで!!」
光の叫び声が聞こえた。
そして、光はリキマルに抱きついた。
(相変わらず弱々しいな。そんな力じゃ死にかけの俺すら止められんぞ……。でも……暖かい……。)
「行かないで!リキマル!ずっと一緒にいるって約束したじゃない!行っちゃやだ!」
まるで子供のように光は泣きじゃくった。
(そうじゃ無いだろ………やめろ……そんな事されると……死ににくい……まったく……)
リキマルは足を止めた。
「リキマル…」
命は呟くように声をかける。
「リキマル…お前……」
呆然と立ち尽くすリキマルに狗走は何かを悟った様だった。
降りしきる雨の中、リキマルは思う。
(全く……人間てのはろくなもんじゃねぇな………)
(だが…人間も悪く無いな…)
長く眠っていた感じがする。
知らない場所の臭い。
外にいるようだ。
眼を開けると、辺りは薄暗い。
夜明け前のようだ。
(ここは『あの世』ってやつか?行くなら『地獄』という所だが…。)
周辺には植物の臭いがする。
(ここは山の中か?しかし、俺はこんなに感覚は鮮明だったか?身体が軽い。これはまるで闘技場にいた頃、いや、その時以上に力がみなぎる感じだ)
リキマルは場所や身体に違和感を感じる。
(水の匂いと音だ。少し喉が渇いた。とりあえず水場へ行こう)
歩きながら状況を確認し、整理する。
知らない場所、そして身体の違和感。
かなり怪我をしたはずなのに痛みも無く、血の臭いもしない。
元々夜目の効くリキマルは難無く水場へ付き、喉を潤す。
(美味い。生水は飲まない方がいいらしいがそういや何やら俺の身体は色々いじくり回されていて、寄生虫やら菌だのに抵抗力があるとかそんな話をしていな。)
リキマルは水を飲んだ口を拭う。
「!?!」
だがリキマルはその行動に違和感を感じた。
(おかしい、俺はこんな動きはできんはずだ…)
さらにリキマルは自分の前脚を見る。
暗いが解る。面影はあるがそれは自分の前脚とは違う。まるで人間の手のようであった。
ぎこちなく、指を動かしてみる。
(おかしい…俺の身体はどうなってる?そもそも俺は死んだはずだが…?)
考えてる内に夜が明け、日が昇る。
(日の出か…。いいもんだ。光達とキャンプとやらに行った時、眺めたな)
思い出に浸ると水面に反射したリキマル自身が映り込む。
「!!」
だがそれは知っている己の姿では無かった。
「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」
リキマルの咆哮ような叫びが水面を揺らし、木々を揺らし、鳥たちがざわめき一斉に飛び立つ。
犬として、獣としての原型は留めている。
だが、それは犬や獣の姿では無い。
顔や体毛は獣でありながらも
まるで『人間』のようでもあった。
次回はいつになるかは解りませんが出てくるのは主人公意外はケモ耳です(苦笑)