不穏な新学期の幕開け
遂に長い夏休みも終わってしまった。
一真は憂鬱な表情で学園へと向かう。人型イビノム襲撃事件では特に破壊されなかった校舎を見て、一真は思う。
「(どさくさに紛れて俺が破壊してればよかった……)」
本気を出せば周囲一帯を焦土にすることも出来るであろう一真は精神的に疲れ果てた社畜のようなことを妄想するのであった。
教室に辿り着いた一真は鞄を机に掛けると、うつ伏せになる。まだ、暁、太一、幸助の三人が来ていないのだ。
幸助は同じ寮であるのだから、一緒に登校すればよかったのだが、一つも連絡を返してこなかったので一人寂しく登校した。
「(あ~、だるい……。今日は始業式と異能テストの午前だけか。面倒くさいけど、平穏に暮らすには置換を伸ばしとかないとなー)」
本日の予定を確認した一真は自身の目標を再認識する。なるべく、平穏に暮らす。それが一真の目標であるが、今のところ厳しい。
なにせ、人型イビノム襲撃事件から一真は紅蓮の騎士に関する最重要人物として国防軍にマークされている。
監視は今のところないが、一真の住んでいる寮には隠しカメラや盗聴器が仕掛けられているのだ。
おかげで、自家発電も満足にできない。勿論、自然な姿を見せるのであれば可能だが、流石に一真も公開する気はない。恥ずかしいのだから、当たり前だ。
しかも、律儀に国防軍はネットも監視している。一真が検索したワードも筒抜けなのだ。ゆえに、一真は腹いせと言わんばかりにセクシー女優の名前や好きな部位といった下らないワードばかりにしている。
そのおかげで今のところ一真が紅蓮の騎士だということはバレていないが、性癖はバレてしまったようなものだ。もっとも、一真は特殊な性癖など持ち合わせていないので問題はない。
「(二学期から要注意だよな~……)」
恐らく、今後も監視は続くだろう。それこそ、一真が完全に無関係だと分かるまで。
「(しっかし……あの人、俺の事喋らなかったんだな。読心の能力者もいただろうに、どうやって誤魔化したんだろ……)」
あの人というのは、一真を洗脳しようとした初音輝夜である。本名は夢宮桜儚。国家を揺るがす大事件を起こした歴史的犯罪者である。
勿論、一真は彼女の正体を知らない。ただ、もしも、敵対するようなことがあれば間違いなく苦戦を強いられるだろう。
一真は真正面からの戦いなら負けないだろうが、搦手には滅法弱いのだ。彼女のように外堀から攻めてくるような敵は普通に真正面からぶん殴ってぶっ飛ばすことが出来ないから、一真は苦手なのだ。
なにせ、バカだから。
「よーっす、一真!」
「いて! 何すんだよ、幸助。てか、お前、連絡したのに一切返事ないってどういうことだよ」
うつ伏せに寝ていた一真に元気よく挨拶すると、同時に頭を叩いた幸助。頭を叩かれて少しだけイラついた一真が振り返りながら、連絡を無視していた幸助に文句を言う。
「ああ、すまん。実はギリギリまで課題やってたんだよ」
「あー、それなら、まあ、許す」
「やったぜ!」
「ただし、一発は一発だ」
頭ではなく鳩尾に拳を叩き込む一真。不意打ちの一撃を貰った幸助はその場に崩れ落ちて、お腹を抱えている。
「うごぉ……割と痛い……」
「ふッ……鳩尾だからな」
異世界で培った技術を遺憾なく発揮する一真。どう見てもチンピラである。魔王を倒し、世界を救った勇者とは思えないムーブであった。
と、二人がじゃれ合っているところへ、暁と太一が登校してくる。彼等は二人に軽く手を挙げて挨拶をすると、一旦、鞄を下ろしに自身の席へと向かった。
「うっす、久しぶり」
「久しぶりだね、二人共。ところで、なんで幸助は蹲ってるの?」
「あまりの感動に嗚咽してるんだ……」
久しぶりの再会に暁が喜んでいる横で太一が、何故幸助は蹲っているのかと一真に問いかけた。その理由を知っている一真は適当な嘘をでっちあげるのだった。
「それ、嘘ぉ……」
蹲っている幸助は必死に抗議しているが彼等に届くことはなかった。
それから、四人は夏休みの思い出をそれぞれ語っていく。くだらない話で盛り上がり、鉄板ネタで滑り、朝のHRが始まるまで談笑を続けるのであった。
「お~い、お前等席に着け~」
朝の鐘が鳴って入って来たのは一真達の担任である田中。まだ眠たそうに欠伸を噛み締めた彼は涙目を擦ってから持っていたタブレットで出欠を確認した。
「おし、全員いるな。これから始業式だから体育館に行くぞ~。面倒だからってサボるなよ。あと、夏休み明けでまだ眠たいかもしれんが、ちゃんと起きておくように」
一応、注意してから田中はクラスメイトを引き連れて始業式が行われる体育館へと向かう。
体育館へと着いた田中はクラスメイト達を指定の場所に向かわせて、自身は教員の指定されている場所へと向かった。
出席番号順に並んでいる一真は周りに話せる人がいないので、ボケっとした顔で壇上を見ていた。
早く始まって、早く終わってくれと心の中で愚痴りながら欠伸をかいている一真であった。
それから、十数分後、ようやく始業式が始まる。
学園長の無駄に長い挨拶から始まり、生徒会長の簡単な挨拶と続き、連絡事項。
興味のない一真は全て聞き流していたが、新しい教員が入って来たという事で挨拶することになる。それを聞いた一真は少しだけ耳を傾けた。
「初めまして。先程、紹介された小野田雅文と言います。本日から第七異能学園戦闘科の教師として赴任することになりました。皆さん、よろしくお願いします」
特にこれといった面白みもない挨拶であったが、一真は僅かばかりに眉を上げた。
「(二学期だから新しい教師ってのは分かるけど……妙に気になるな)」
壇上にいるのはビシッとスーツを着込んだ、如何にも真面目そうな顔をしている雅文が立っている。一真は訝しんだが、戦闘科の教師という事でそれ以上気にすることをやめた。
雅文が壇上から降りると、もう一人入って来た新しい教員が入れ替わるように上がった。新しい教員に男子生徒が色めき立つ。それは一真も例外ではない。
「皆さん、初めまして! 本日から第七異能学園支援科に配属されました。相葉麻奈美と言います。教師になってから、まだ日が浅いのでご迷惑をお掛けしますが、精一杯頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします!」
壇上で元気よく挨拶をしているのは可愛らしいボブカットの女性教員、相葉真奈美。綺麗というよりは可愛らしい容姿をしている彼女に男子生徒は興奮していた。
新任教師の挨拶も終わり、これで始業式は終わる。サプライズというかどうかは分からないが、二人の新任教員のおかげで生徒達も居眠りすることなく、最後まで起きていた。現金なものである。
教室へと戻ってきた一真達は担任の田中が戻ってくるまで雑談を始める。当然、その会話内容は新任教師の片方、相葉真奈美である。男子高校生なのだから男性教員よりも女性教員の話をするのは当たり前であろう。
「なあ! 新しく入って来た相葉ちゃん! めっちゃ可愛くないか!」
「そうだな! なんか守ってあげたくなる感じ!」
興奮気味に話す幸助に一真も賛同する。
「確かにな~。何の担当になるんだろ?」
「見た感じ、文系とかじゃない?」
同じ意見である暁は彼女が何の教科を担当するのが気になっている。
それに対して太一が見た目で判断したように文系だと答えた。もしかしたら、理系なのかもしれないのだから見た目で判断するのは少々早いだろう。
「なんでもいいよ。とにかく、相葉ちゃんとお近づきになりたい!」
彼女とお近づきになりさえすれば、幸助は何でもよかった。
「ハハハ。まあ、アレだけ可愛いなら彼氏くらい、いそうだけどな」
「一真! そんな夢のないことを言うなよ~」
「幸助……。お前も、わかってるだろ?」
「うぐぅ……。確かに、あんだけ可愛いんだ。彼氏の一人や二人くらいはいてもおかしくはない……よな~」
どうしようもない現実に二人はガックリと肩を落とすのであった。
「お~し、お前等、席に着け~。これから大事な話があるから、騒いだりすんなよ」
そう言って教室に入って来たのは田中。少し帰ってくるのが遅かったが、生徒達は気にしていない。むしろ、もっと長くてもよかったくらいだと思っていた。
「さて、俺からは特に連絡することはない。始業式で全部言ってたからな」
静まり返った生徒達を見回して田中はワザとらしく咳ばらいをして本題へと入った。
「ゴホン。では、これから大事な話をするが、野郎共。絶対に騒ぐんじゃないぞ。他の教室に迷惑だからな」
キッと男子生徒を睨みつけて釘を刺す田中に男子生徒は、なんだなんだとワクワクしていた。
「それじゃ、今から転校生を紹介する。入ってきなさい」
「はい」
そして、入って来たのは可憐な少女。凛とした佇まいで教壇の横に立った彼女は頭を下げて自己紹介をする。
「この度、第七異能学園に転校してきた東雲桃子です。よろしくお願いしますね」
ニコッと微笑む桃子に男子生徒は当然の如く大興奮である。勿論、一真もはしゃいでいたが、内心ではかなり焦っていた。
「(寮には監視カメラに盗聴器。そして、新しく赴任してきた二人の教師。極めつけは転校生。自意識過剰じゃなければこれって俺の事を監視するためだよね……!)」
新学期、一真の生活はどうなるか。果たして、望み通り、平穏に暮らすことが出来るのか。それは誰にも分からない。