司令塔が最前線に出るなよ!
信康の前には超巨大イビノムと巨大ロボットが睨み合っていた。
スクリーンの向こう側でしか見られなかった光景が今目の前にある。
この興奮を、この感動を、この情熱を他の誰かと分かち合いたいと思うも今は緊急事態に変わりはない。
出来る事ならば、容器いっぱいのポップコーンを片手に鑑賞していたいくらいだが状況が許さない。
信康は苦渋の思いで決断し、巨大ロボットにイビノムの相手を任せることにした。
「すまないがここを頼む! 私は別の応援に向かう!」
『任された! ここは私達が引き受けよう!』
「よろしく頼む!」
名残惜しいが信康は他の苦戦している戦場へ向かった。
後を任された巨大ロボットは超巨大イビノムに向かって一歩踏み出した。
『ぬうおおおおおお! 受けてみよ、ロケットパーンチ!』
グオンと上半身を回転させて巨大ロボットはロケットパンチを放つ。
ドゴンッとけたたましい音を鳴らせてロケットパンチが炸裂する。
堪らず超巨大イビノムは苦悶の声を上げた。
『効いてるぞ! 次はオーラブレイドだ!』
『合点承知の助! オーラブレイド装填準備完了!』
右腕部分にいたパイロットが操作を行うと、右手には光り輝く長刀が握られていた。
刀身が青白く光を放ち、分厚く、戦艦すら真っ二つに出来そうな刀。
巨大ロボットはオーラブレイドを握り締め、達人のように構えると一気呵成に猿のような雄叫びを上げた。
『キエエエエエエエエエエエエッ!!!』
烈火のごとく、踏み出して、大振りすると超巨大イビノムの固い甲殻を見事に斬り裂いた。
しかし、絶命には至っておらず、イビノムの体から血が噴き出すだけで倒れはしなかった。
『ぬう! 倒しきれなかったか……!』
『攻撃来ます! 防御を!』
『衝撃に備えろ!』
今度はイビノムの番でロボットに対して腕を振り下ろし、ロボットを後ろへ下がらせた。
『ぬうううううッ!』
『なんという衝撃!』
『右腕部、左腕部、被害状況を報告せよ!』
『こちら右腕部! ダメージは軽傷! 戦闘継続可能なり!』
『こちら左腕部! ダメージは微少! 戦闘続行可能であります!』
『ならば、よろしい! 我等の力を示す!』
必死に懸命にそこらかしこで戦っている。
戦っているのだ、命を賭けて、イビノムと。
しかし、どういうわけか彼等の場合はふざけているように思える。
勿論、彼等は至って真面目だ。
脚の付け根から頭の天辺まで彼等は真面目一辺倒に戦っている。
無論、誰もふざけてはいない。
だが、やはり絵面的にふざけているようにしか見えないのだ。
巨大ロボットに搭乗し、真面目にイビノムと戦っているのだがその光景はどこか幼稚さを感じる。
なにせ、スクリーンの向こう側でしか実現されなかった巨大ロボットと怪獣の戦いが行われている。
だから、どうしても脳が幻覚を見ているかのような錯覚に陥ってしまう。
『左腕部、ドリルスマッシャーを展開する!』
『了解! ドリルスマッシャーを装填! いつでも打てますぜ!』
ガシャン、ガションと機械音が響き渡ると左腕部の手が内部に引っ込み、中から出てきたのは大きなドリル。
地面を掘る、削る、抉る、そして敵を穿つことの出来る男達のロマン武器。
ギュイーンとドリルは高速回転をはじめ、今か今かとその力を発揮する瞬間を待ちわびていた。
『フフ、そうか! お前も暴れたいよな!』
ニヒルな笑みを浮かべるとパイロットは左腕を弓のように引き絞り、イビノムに向かって撃ち放った。
『喰らえ、ドリルスマッシャーッ!!!』
鈍重な動きだが超巨大イビノムも大して変わらない。
避けるような素振りも見せず、ドリルスマッシャーはイビノムの腹を抉る。
噴水のように血が噴き出し、イビノムの腹からドリルが突き出した。
『うおおおおおおおおおお!!!』
『効いてます! このまま一気に畳みかけましょう!』
『待て! 何か仕掛けてくるぞ!』
超巨大イビノムは苦痛の悲鳴を上げたが、お返しとばかりにロボットの両肩を掴むと頭部に向かって口から何かを吐きかけた。
『ぬわあああああッ! これは溶解液か!』
『頭部は無事か! どうなっている!』
『ぬう! モニターの接続がおかしい!』
『こちらからでは確認できません! 応答してください!』
イビノムが口から吐いたのは超強力な溶解液。
もろに浴びてしまった頭部は無事かどうかわからない。
各部位のパイロットが応答を求めていた。
『問題ない! 多少、表面が溶けてしまったが想定内のダメージだ。戦闘に支障はない!』
『おお! 流石だ!』
『次のご指示を!』
『よし! 溶解液に注意し、距離を取るぞ! 脚部の両名はスクライドモードに変更せよ!』
『『ラジャー!』』
右足と左足は変形し、ローラーブレードに変わると先程とは打って変わって高速で移動し始めた。
イビノムが続けて溶解液を吐きかけようとしたが、ロボットは高速で後ろへ距離を取り、溶解液を見事に回避したのである。
『この勢いを利用してスパイラルキックだ!』
『なんです、それ!?』
『回し蹴りだ! わかれよ!』
『安直すぎてダサいですね~』
『白鳥のように優雅な舞を見せてやる!』
命令を受けた脚部が氷上を舞うフィギアスケート選手のようにクワトロアクセルを決めると、その回転を利用した上にふくらはぎ部分からジェットで更なる加速。
『受けてみよ! これがスパイラルキックだ~ッ!』
命名は安直であるが威力は計り知れない。
遠心力とジェットの噴射で加速したスパイラルキックはイビノム側面部に直撃すると横っ飛びに倒した。
『どうだ! これがスパイラルキックの力だ!』
『止めを! 今の内に止めを刺してください!』
イビノムが倒れて動けないうちに最後の止めを刺すべきだと主張する。
その言葉通りに倒れているイビノムに向かって止めを刺そうと武器を振り上げた時、横から凄まじい衝撃が走る。
『うわあああああああッ!?』
『なんだ!? 何が起きた!』
『た、大変です! もう一体の超大型イビノムです。しかも、今度は飛行型! ありていに言えば鳥のイビノムです!』
『『『な、なにーーーッ!!!』』』
横から感じた衝撃はどうやら大きな鳥の形をしたイビノムが突っ込んできたようだ。
まさかの二体目の登場に焦るパイロット達。
ロボットの性能は超巨大イビノムに対して有効だということは証明できたが二体同時となると話が変わってくる。
『エマージェンシー! エマージェンシー!』
『ええい! 今度は一体何だ!?』
『日本各地に超巨大イビノムが確認されました! その数、八体!』
『なんとーッ!!! パイロットの数が足りんぞ!』
『ロボットの数は足りてるのに!』
『もっと募集すればよかったんだ!』
『適正者もそうですがここまでの操縦技術は一朝一夕ではつきませんよ!』
『だから言ったんだ。オートパイロット機能を付けましょうって!』
『ロマンがないって外したじゃないか!』
『暴走モードなら取り付けてますよ! 虎柄に囲まれた赤いスイッチを押せば日本を焦土に変える事なんて造作もありませんよ!』
『クソ! 面白いからと言ってそんなもの搭載するんじゃなかった!』
『どうするんです、どうするんです! このままだと日本が蹂躙されますよ!』
『狼狽えるな! こうなったら、訓練生を使うしかないだろ! 本部へ至急連絡を!』
『無茶です! 訓練生は正規兵じゃありません! 彼等に戦う義務はないんですよ!』
『悠長なことを言ってる場合か! このままだと日本が滅んでしまうんだ! いざという時は俺が責任を取る!』
『どうなっても知りませんからね!』
パイロットの一人が連絡を取る。
受け取ったのは慧磨であった。
彼が最終的な決断を下す立場にいるので当然のことである。
『もしもし。この番号からということは緊急事態か?』
「はい! 現在、日本国内に超巨大イビノムが八体出現。各地、対応に追われていますが到底対処しきれません。そこで国防軍最終兵器、巨大ロボの出撃要請を願います!」
『訓練生も出撃させろということか』
「無茶を承知で申し上げています! しかし、このままでは日本はイビノムによって滅びてしまいます! 閣下、どうか賢明なご決断を!」
『…………現場の君達がそこまで言うのだ。状況は緊迫しているのだろう。よろしい! 出撃を許可する!』
「寛大な御心に感謝を!」
間髪入れずに慧磨はとんでもない発言をする。
『無論、私も出る!』
無駄にいい声で素っ頓狂なことを言いだした慧磨に対してパイロットは一瞬呆気に取られたが言葉の意味を理解して頭が沸騰した。
「ボケナス―ッ!!!」
ピッと電話が切れてパイロットは頭を抱える羽目になった。
慧磨は首相であると同時にパイロットとしても一流である。
首相に対してとんでもない発言をしてしまったが、その首相も自分が大分無茶をしていることを理解しているのでパイロットへの言及はなにもなく、お咎め無しであった。




