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「ううっ……」
空から降りてくる光は明るいのに、森を飛び回る少年の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。少し伸びた黒髪に、返り血で汚れたフェアリー族の伝統衣装。彼は必死の形相で何かから逃げていた様子だったが、きれいな小川のほとりでようやく地に足を付けた。泥にまみれた素足から、柔らかい草の感触がする。
「父さん……。みんな……」
……先ほどの映像が、頭からこびりついて離れない。人間によって無残に殺されていく自分の父親。母親が病気で亡くなった後、男手一つで兄と自分を育ててくれたのに、あっけなく死んでしまった。先日行方不明になってしまった兄をずっと待っていたのだが、ついには再び顔を見ることもなくなってしまった。
森に住んでいた仲間も、全員残らず人間の餌食になった。彼らが人間相手に必死に懇願する姿を思い出すだけで、生き延びた自分がひどく惨めに思える。願いも虚しく、彼らは殺された。たった一人逃れたのは、無我夢中に飛び回った自分だけ。
川に足を入れると、冷たい反動を感じる。それ冷たさが少年の心を刺激し、返って彼を苛立たせた。
「どうしてっ……!?」
羽を乱暴に動かして、彼は叫ぶ。人間に殺される運命など、認めたくなかった。
……本当は、理由などとうに分かり切っていた。ただ単に、フェアリー族の保有するスキルが邪魔だったのだ。フェアリーはスキルを無効化するという非常に特殊なスキルを持っている。対して人間は高確率でスキルを所持しており、だから優勢を誇る上では、フェアリーという存在は目障り以外の何物でもない。徐々に大きくなっていった冷遇が、とうとう真の形を帯びただけだ。
「……っ!」
水面に映る、自分の姿。フェアリー族とは思えないほどの高身長に、エルフのような尖った耳。そう、背中に付いている羽さえなければ、自分はエルフに擬態することもできたのかもしれない。
「こんな羽っ……!!」
彼は思わず背中に手を回し、無理やり羽を引き千切った。激痛とともに二枚の羽が取れ、彼の手中に収まる。
「……っ! くそっ……!」
彼は腕を大きく振り上げ、自分がもいだ羽を力任せに水流に叩き付けた。フェアリー族の誇りは、あっという間に下流へと流れてしまう。彼の気持ちなど、何一つ知らずに。
「うっ、ううっ……」
魔力さえ高ければ、フェアリー族は人間に抗えたのかもしれない。だがそのような希望、抱くだけ無駄なことだった。繁栄を争う淘汰の中、少年は薄汚れた姿で、ただひたすら泣き喚いた。




