23
「……めるな」
――刹那、ウルカの目に映ったのは、よろよろと立ち上がったシュアンの姿だった。あれほど強い錯乱薬を打ち込んだのに、彼は自我を保っている。
「何……!?」
ウルカは顔に焦りをにじませ、ビルの間を飛び移った。あの人間、常人ではない。
「亜人風情がっ、なめるなぁぁぁっ!!」
シュアンは瞳孔を大きく開き、無限の魔法陣を召喚した。幾重もの魔法陣。縦横無尽に張り巡らされたそれは、ウルカだけでなく他のアーネラ隊員をも驚かせる。
「これは……、まずいぞ!!」
「シュアン様、気を確かに!!」
この焦り具合、何をしようとしているのかは容易に想像できる。
(まさか……。毒の効き方がおかしいのか?)
ウルカはビルの上から、シュアンの様子を確認した。全体攻撃を仕掛ける彼と、それを必死で止める隊員。……思わぬ形だが、上手く足止めに成功したようだ。
(何にせよ、今がチャンスだな)
ウルカは影のようにビルを飛び移り、一気にE棟へと向かった。その後ろから、「おい! 侵入者を逃がすな!」という声が聞こえてくる。
「ラアウ!」
ウルカは攻撃を放ちつつ、全力でE棟へと滑り込んだ。背後に炎の熱を感じたのと、薄暗いE棟に転がり込んだのは、まさにほぼ同時。間一髪、ウルカはアーネラの攻撃を避け切った。
「ぐうっ……」
先ほど受けた傷が痛むが、もたもたしている場合ではない。追っ手が来る前に、さっさと救出しなければ……。
……そのとき、奥から足音が聞こえてきた。五、六人ほどが廊下を蹴る音。その中に、ウルカが聞き慣れたものが混じっていた。
「ヴァニラ!」
ヴァニラと鬼人たちが、ウルカの方へと駆け寄ってくる。どうやら、上手く隊員を撒いたヴァニラが、先にE棟に向かっていたらしい。
「さすがだな」
疲れ切った声でそうつぶやくウルカに、ヴァニラはふっと笑い掛けた。少々荒手ではあったが、後は脱出するだけだ。
「吸血鬼たちは、この棟の奥の壁にいる――」
――扉から、ブーツが廊下を踏む音がする。早くしなければ、ここで追いつかれてしまう。
「ヴァニラ! 奥の壁から脱出するぞ!」
頷くヴァニラとともに、「追え!!」という怒号が流れ込んできた。刻一刻と迫る追っ手。ウルカたちはそれを振り切るように、全力で廊下を走った。




